商品の魅力を伝える相手は人間?AI?

最近は、欲しいものがあると「検索」するより、ChatGPTのような生成AIに「相談」することが増えました。生成AIを意識していなくても、私たちが商品を探したり選んだりする体験は少しずつ変わってきていますよね。

及川

そうですね。生成AIが一般の人にとって一番わかりやすい形で登場したのは、やはりチャットでした。

 

はい。以前は単語を並べて検索していたのに、今は自然な文章で相談できるようになりました。買う側は「便利になった」と感じますが、企業やブランドにはどんな変化が起きているのでしょう。

及川

実は企業側では、チャット以上に大きな変化が起きています。広告配信のように以前からAIが使われていた領域もありますが、2022年11月にChatGPT-3.5が登場して以降は、企画やリサーチ、制作など、企業が価値を提供するプロセス全体に生成AIが入り始めました。

 

消費者が商品を選ぶ前のプロセス全体、ということですか?

及川

はい。価値の選択・創造・伝達から活動の最適化までの一連の仕組みを「バリューデリバリーシステム」と呼びます。バリューデリバリーシステムの前半の方では、「どんなお客様にどんなお役に立てる価値を作ろうか」みたいなところを設計します。そうして商品を開発して、伝えていくプロセスがありますよね。そうした活動全体が、AIによって置き換えられていくみたいなことになってきています。

たとえばどんなお客さまが対象となるかというターゲットセグメントの予測や、それに合わせた提供価値の文章作成などです。事業計画から実装と管理までの人間の業務を一部AIが代替したり、実行したりするところに移ってきています。それによってマーケティングの効率化や連携のスピードが大きく進んだというのが目に見える大きな変化です。

そしてマーケティングに関して言うと、もう一つ大きな変化があります。それは、企業と消費者の関係そのものが変わるかもしれないということです。

 

どういうことでしょう。

AIはどこまで「買い物」を代わるのか

及川

企業が消費者と直接コミュニケーションを取るのではなく、間にAIが入るのではないかということです。

 

つまり、私たちは企業ではなく、AIと相談しながら商品を選ぶようになるということですか。

及川

これまでは企業が広告や店舗、ECサイトなどを通じて消費者に直接情報を届けていました。しかしこれからは、消費者一人ひとりに寄り添うAIエージェントが、その間に立つことが増えると考えています。

AIエージェントは、その人の好みや過去の購買履歴だけでなく、「急いでいる」「予算はこれくらい」といった状況も踏まえながら、商品を探したり比較したり、おすすめしたりします。

たとえばAmazonは2020年に、Alexaと自然に会話しながら買い物をする未来を描いたコンセプト動画を公開しています(*1)。ChatGPTが一般に普及する前のことですが、「ゴミ袋をお願い」「Lサイズを注文しますね」といった自然なやり取りで買い物が進む世界を描いていました。現在は生成AIの進化によって、こうした未来像が現実味を帯び始めています。

 

Lサイズのゴミ袋がおすすめされるということは、その家のゴミ箱のサイズや普段どんな商品を使っているのかまでAIがわかっているということですね。

及川

そうなんです。現在も、自分と隣の人でスマホに表示されるニュースアプリの画面が違うことは当たり前になっていますよね。これまでのパーソナライゼーションは、年齢や性別、購入履歴などから確率論的に「この人にはこれが合いそうだ」と予測するものでした。生成AIではそれに加えて、そのときの状況や目的まで踏まえて提案できるようになります。これを「ハイパーパーソナライゼーション」と呼びます。

 

パーソナライズがレベルアップするということですね。そこまでAIが自分を理解していることで、「ちょっと怖い」と感じる人もいそうですね。

及川

「便利」だと感じるのか「気持ちが悪い」と思うのか意見が分かれるところですが、そういったものが起こってきつつあるということですね。

 

時間をかけたくないとか、それほどこだわらない買い物の場合は「わかってくれていて助かる」と思いそうです。

及川

一般的に、トイレットペーパーのような日用品はそれほど時間をかけずに買いたいものですし、自動車のように頻繁に買い替えないものは、じっくり比較して選びたいといったことがありますよね。人によっても商品によっても、「AIにどこまで任せるか」は違ってきます。

そういった消費者の行動は最近に限ったことではありません。慶應義塾大学名誉教授の池尾恭一先生は1993年の論文(*2)で、「購買を検討する商品のカテゴリーに対する関与度」と「そのカテゴリーの商品に対する品質判断力」を整理しています。

 
及川さん制作の資料を編集部で作図(資料:池尾恭一(1993)「消費者の行動類型と業態選択」『消費者行動研究』1(1)、及川分析)

及川

このように整理してみると、生成AIによって変わるのは情報収集だけではありません。意思決定そのものをAIが代替するようになる、ということなんです。

 

AIは「支援」するのか、それとも「委任」されるのか

ファッションに関心があってシーズンごとに新しい服が欲しい場合は、セル1(購買関与度も品質判断力も高い)ということでしょうか。

及川

そうです。でも「特にこだわりはないけど、新しい服があったほうがいいかな」くらいの場合はセル3(購買関与度も品質判力も低い)になります。

 

購買関与度と品質判断力の違いがよくわからないです。

及川

似ているけど違います。たとえば、車に関心があってくわしい人が車を買う場合は、いろんな情報を集めることが苦になりません。メーカーで実物を見ること自体が楽しいこともありますよね。自分でチェックリストを作って比較するような人は、購買関与度も品質判断力も高いといえます。

ところが、車を購入する必要はあるものの、車についてはくわしくない。そのため自分で比較するのではなく、お店の人や営業担当者のおすすめを参考に選ぶという人もいます。この場合は、購買関与度は高いけれど品質判断力は低いということになります。

 

なるほど。購買関与度も品質判断力も低い場合、「AIに任せる」ことが進みそうですね。両方高い場合はAIに任せる部分はないのでしょうか。

及川

実は案外、AIエージェントは購買関与度が高くて品質判断力が高い人にも効く可能性があると思っています。そういう買い物の場合、消費者はすでに情報をたくさん持っているんですが、情報の1つとして「AIの意見も聞いてみよう」となる可能性があります。AIから情報面で支援を受けたり、「やっぱりAIはわかっていない」と判断したりするものの、選択は自分ベースで行います。

逆に、情報をたくさん比較したいわけではなく、「おすすめを一つだけ教えてほしい」「そのまま任せたい」という人もいます。この場合は、これまで店員に任せていた選択をAIに委任することになるんじゃないでしょうか。

どちらもAIが使われるんですが、関わり方が全く異なります。それが、池尾先生の理論をAI時代に当てはめて私が考えた仮説です。

 

AIが選択まで委任されるようになると、消費者が商品について知る機会そのものも変わってきそうですね。

及川

これまでは企業は消費者に向けて商品の魅力を伝えてきました。しかしAIエージェントが選択に深く関わるようになると、AIが理解しやすい情報の伝え方も重要になってきます。

 

広告を作って、消費者に情報を知ってもらうことも難しくなるのでしょうか。

及川

AIエージェントへの委任が進むことは、企業のマーケティング・コミュニケーション部門の人たちからすると怖いシナリオだと思います。特にセル3ではAIへの置き換えが進むと考えられます。

ただ、人間がまったく商品を知らなくなるわけではありません。ブランドや広告にはこれまでとは別の意味も出てきます。

 
撮影協力:ネットイヤーグループ株式会社

AIエージェントが買い物の代替をする時代、ブランドの価値はどう変わり、人間は何を自分で選び続けるのでしょうか。後編では、AI時代のマーケティングと「選ぶこと」の意味を考えます。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子