【後編】及川 直彦
AI時代、人が「選んで買う」ことの意味
ブランド、ブーム、AIでは代替できない価値
2026.07.30
いくつかの商品を比べて、選ぶ。そんな「買い物」には、どんな意味があるのでしょう。
生成AIが商品選びを「支援」するだけでなく、「AIエージェント」に選択そのものを委ねる未来について、前編で伺いました。短時間で適切な商品を選ぶことができれば、人は時間とお金を節約できます。
しかし、AIが合理的な判断を担うようになることで、選択の多様性が失われる側面もあります。一方で、自分で選んだものを買うという行為には、合理性だけでは説明できない意味があるのだそうです。
後編では、AIエージェント時代のブランドの役割や買い物が持つ心理的な意味、そしてAIでは代替できない人間の「主観」について、早稲田大学ビジネススクールの客員教授であり、ネットイヤーグループ株式会社シニアフェローも務める及川直彦さんに伺いました。
( POINT! )
- AIエージェントへの「委任」が進むほどブランドの価値が重要に
- AIが商品を選ぶ時代にブランド指名される強み
- 買い物は「自分で選ぶ楽しさ」や「自己確認」の役割も
- AI委任が進みすぎると人は自信や意欲を失う可能性
- 価値合理性や感情から生まれるブームや熱狂
- AIは「私はこれが好き」という主観を代替できない
- AIに判断を任せる人と自分の主観を起点にAIを活用する人で差が生まれる

及川 直彦
電通、ネットイヤーグループ(CMO)、マッキンゼー・アンド・カンパニー、電通コンサルティング(代表取締役社長)、アプライド・プレディクティブ・テクノロジーズ(日本代表)、マスターカードアドバイザーズ(日本地区責任者)において、戦略立案や実行、経営を経験。
2019年より早稲田大学ビジネススクールの客員教授として、幅広い業界の実務の最前線に携わる学生に対して学術研究の成果を活用した課題解決を支援。スタートアップ企業の経営戦略の立案と実行、大企業の成長戦略の立案、プライベート・エクイティ・ファンドの投資先の成長戦略の立案などを支援。慶應義塾大学文学部卒、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、博士後期課程満期退学
AIエージェントに選ばれるより、消費者が選びたくなる「ブランド」に
AIエージェントに選択を委任する商品やサービスが増えると、企業はどういう戦略を取ればいいのでしょう。

及川
前編で紹介したAmazonのコンセプト動画では、ゴミ袋やペットフードはAlexaに選択が委ねられていました。サイズや内容が希望に合っていればよく、消費者自身はいくつもの候補を比較して選んでいません。
一方で、洗剤は「タイドの洗剤を注文して」とブランド名が指定されています。つまり「このブランドがいい」と消費者が意思を持って選んでいます。
「タイド」の例のように指名で選ばれる状態にならないと、おすすめで簡単に別の商品に乗り換えられてしまうということでしょうか。

及川
そうですね。自分たちの商品やサービスが他社と明確に差別化されていて、AIエージェントから見ても「これを選ぶ理由」があるのであれば問題ありません。ただ、そのように選ばれる企業は非常に少ないです。
多くの企業は広告やブランドを通じて商品の特徴を伝え、「この商品を選びたい」と思ってもらう努力をしています。その接点が失われると、価格や基本的な機能だけで比較されやすくなり、厳しい価格競争に巻き込まれる可能性もあります。
AIエージェントにおすすめされることが増えると、少数の人には刺さるような商品の魅力や、新しい価値との出会いが失われてしまう可能性もありますよね。

及川
消費者が自ら検索すると、「こういう価値もありますよ」と別の選択肢やサブカテゴリーが提案されます。その提案がなくなってしまうと、みんな「車はトヨタがいい」になってしまうんです。
消費者にとっても、選択肢が失われてしまうことになりませんか?

及川
その可能性はあるんですが、選択にかける時間を節約できるし、楽です。だから、本当に大事なものだけは自分で時間をかけて選び、それ以外はAIエージェントに任せてほぼ意識しないようになる。そんなメリハリが効いてくるのかもしれません。
前編では「セル1(高関与・高判断力)」と「セル3(低関与・低判断力)」を紹介しました。どのカテゴリで委任が進むかについては、まだ十分な研究がありません。私は論文(*1)でセル3で進むという仮説を提案しています。
買い物は時間の無駄か楽しみか
企業の視点で見るとAIエージェントへの委任には課題もありそうです。消費者にとってはどうなのでしょう。便利になれば、それで幸せと言えるのでしょうか。

及川
実は、そう単純でもないんです。2018年にドナ・ホフマンとトーマス・ノバクが発表した、スマートスピーカーを使う家庭を論じた研究(*2)があります。
研究では、コリンさんの一家が、Alexaを使って生活する様子をモデルケースとして提示しています。すると、そのスマートスピーカーを買ってきた当のコリンさんの元気がなくなってきます。自分の能力が縮小したように感じると。そこでホフマンとノバクは、意思決定を機械に任せることで人間が自信を失い、不安が起こる可能性を述べているんですね。
AIエージェントへの委任が増えると、同じような現象が起きるかもしれませんね。

及川
昔、電通の顧問をされていた唐津一さんという方がいて、「インターネットで物を買うってことは活性化しないと思うよ」と言われたことがあったんです。インターネットが流行りはじめた頃です。
その予測は外れたんですが、考えてみると今の話題とつながる部分があります。私は当時、Eコマースについて主婦にインタビューしたんです。その時、「私の一番の楽しみを奪うんですか?」と言われたんですね。
商品を手に取って買い物することが、楽しみだと。

及川
はい。購買というものには、自己確認だとか物語や価値・感情の要素があると。それが完全に目的合理的なものになってしまうと、自分の存在意義が味気ないものになってしまうのではないか。そう唐津さんは言っていたんです。
Eコマースは広まりましたが、選ぶ楽しさみたいなものも提供されてきています。それを見ると、やはりニーズに合う以外の部分で、満たされる何かがあるのだろうと思います。購買がAIエージェントへの委任ばかりになると、その部分は満たされなくなるかもしれません。
あまりにも委任が過ぎると、AIエージェントに任せているうちにだんだんエネルギーを失ってぼーっとした人が増えるという仮説もあるんですよ。
パーソナライズ時代に、なぜブームは生まれる?
選ぶという行為そのものに、人間にとって何か意味があるのかもしれませんね。

及川
赤ちゃんはどこまでが自分の身体で、どこまでが隣の子どもの身体だかわからず不安だという消費心理学の話があります。それで、自分が持っているおもちゃと隣の子どもが持っているおもちゃが違うことで、自分を確認するというんです。
自分の身体の境界が分からないという説は、現代の認知科学では認められないかもしれません。でも、人間の消費行動は「自分を確認して不安を解消したい」という欲求に基づいていると、精神分析的マーケティング論でよく語られています。
委任が進むことで自己確認の機会が失われる可能性があります。これもAIエージェントのダークサイドの1つかもしれません。
選ぶことは、自信につながりますよね。そしてパーソナライズも進んでいるのに、ブームは加熱しているように感じます。「もっちゅりん」にもたくさん行列ができました。

及川
マックス・ウェーバーは社会的行為を4つに分けていますが、現代人はそのうちの「目的合理的行為」に特化している気がしています。
つまり、コスパ・タイパを重視するみたいなことですよね。

及川
その通りです。私も経営やマーケティングを教えているのでその視点になりがちですが、コスパ・タイパを一番に生きている人が多い。そして、コスパ・タイパをひたすら追求するような生き方を、ウェーバーは「鉄の檻」と呼んでいます。みんな一生懸命鉄の檻に追い込まれるように、なぜか教育されているんですよね。
目的合理的な行為は人間の価値意識の1つに過ぎないのに、そればかりが暴走しているんです。デジタル化とインターネットが広まって、AI時代になってさらに暴走している可能性があります。でも、社会的行為には「価値合理的行為」と「感情的行為」もあります。その2つは大きく盛り上がるものだから、ネットが二極化したり、感情的に質を同一化したくて熱狂的なブームが起きたりするのかもしれません。
AIが合理的な判断を担う時代だからこそ、人間には別の役割がありそうですね。

及川
そう思います。AIは客観的な情報を整理したり、合理的な判断をすることは得意です。でも「私はこれが好き」「私はこれを選びたい」という主観は、今のところ代替できません。どんなビジネスも、最初は誰かの「こうしたい」という主観から始まるものです。
主観をだんだん客観に近づけていくプロセスが事業作りだとすると、そこでAIは強い味方になります。主観を持たずにAIに答えらしいものを頼んでも、つまらないものしかできません。AIに任せて自分の欲望や意欲を眠らせたまま仕事する人と、むしろ覚醒する人。その2つに分かれていく気がします。
- ※1:
- 及川直彦, 鎌田啓輔『生成AIがマーケティング・コミュニケーションにもたらす変化』
- ※2:
- Donna L Hoffman , Thomas P Novak『Consumer and Object Experience in the Internet of Things: An Assemblage Theory Approach』
[取材・文]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子

