コミュニケーションにはグラデーションがある

新しいコミュニケーションアプリが登場すると話題になります。最近「POPOPO」の登場と同時期に「Horizon Worlds」が終了したというSNSの投稿を見て、印象的でした。

西田

Horizon Worldsは終了してませんよ。

 

そうなんですか?

西田

元々VRでのサービスがあって、その後スマホでのサービスがスタートしました。それをスマホだけのサービスにするという発表がありましたが、ユーザーの声を受けてVRも継続しています。だから何も終了していないんですよ。日本ではあまり使われてませんが、アメリカでは10代の若い子が多く使っています。

 

そうでしたか。一度バズった投稿を見て思い込んでしまうと、その後の訂正に気づきにくいですね。ツールやテクノロジーによって私たちのコミュニケーションも変化してきましたが、基本的には対面の会話がベースにありますよね?

西田

そうですね。こうやって声を出して喋ることもあれば、テキストでチャットすることもあります。広い意味で言えばメディアを観る・読む行為もコミュニケーションに含まれますよね。昔は会う、印刷物や放送を提供するなどの方法しかありませんでしたが、今はインターネットとコンピュータが存在することで幅広いグラデーションが存在しています。

POPOPOは主に声でコミュニケーションを行うサービスですが、VRは空間や身体の動きも含めた体験になります。どちらも実際に会うわけではありませんが、性質は大きく異なります。いま「コミュニケーション」と呼ばれているものの幅は、かなり広がっているんですね。

 

グラデーションの中での様々なコミュニケーションは、何が違うんでしょうか。

西田

情報の量と考えることもできます。直接会う場合はその人の姿と喋り方だけではなく、どんな匂いかを多少知覚することもありますよね。非常に多くの量があるんです。

相手との距離もあります。距離が近くなって「自分に興味を持っているのかな?」と好感を持つことがあれば、「パーソナルスペースに侵入されて気分が悪い」と感じることもあります。これは私たち人間の身体が持つセンサーが働いているからですね。目や耳だけではなく鼻や空気を感じる肌など、すべてのセンサーが人と人との関係をリッチに感じているわけです。

ところが、脳内ではそんなリッチには処理してないわけですよ。

 

感じてはいるものの、意識していないということですか?

西田

たとえば人と会った場合の情報は、「人と会いました」「この人とどう喋ってるか」ぐらいに頭の中で圧縮されてしまいます。そのとき受け取る情報は、そのタイミングでのみ感じていること。後からふりかえれば何となく印象として残ってることに過ぎないわけですね。

対面で会う場合とオンライン、コンサートに行く場合とライブビデオ鑑賞が違うように、情報量は桁違いに差がある。でもこの桁違いの情報を常に私たちは使っているのかというと、それほど多くは使っていないんですよね。

 

リアルとインターネット上で「会う」情報量

たしかに、人と話したことを風景や温度とともに覚えていることもあれば「対面だったかな、オンラインだったかな」と曖昧になることも多いです。

西田

「何かを伝える」ことは声だけのコミュニケーションでできるので、電話が長く使われていたわけですよね。でも今はビデオカメラをつければ相手の顔を見て喋れる。これは声だけで通話することと会うことの間ぐらいで、コミュニケーションはより取りやすいと言えます。

 

ZoomやGoogle Meetでのアルバイトの面接も当たり前になりました。対面ほどでなくても、表情や雰囲気がわかります。

西田

対面の場合は「話すときは相手の目を見て話しましょう」ってよく言われますよね。ビデオ会議やミーティングをしてるとき相手の目をしっかり見て話すかというと、そんなことはないと思います。参加者が数人いたら相手の顔が映ってるのをなんとなく確認してるけど、見てるわけではないこともある。

生活の中で「このぐらいでいい」と感じることもあれば、「ちゃんと顔を見て話したい」と思うこともあります。私たちの感覚の中にも必要なもの、不必要なものがあるということです。

 

テクノロジーはインターネット上の体験を「会う」ことに近づけてくれますが、情報を増やせばいいわけでもない?

西田

テクノロジーが「会う」体験を完全には再現できないとしたら、どこからどこまでをカバーするかが問題。それがサービス設計になります。実は電話とPOPOPOって近いサービスで、コミュニケーションとしては声しか使っていません。でもPOPOPOは自分の体をアバターにしたものが見えているので、声だけよりもちょっと価値がある。相手との距離が縮まって、場を共有する感覚が強くなります。

VRの場合には、すべての空間を3Dで作って自分が歩き回ることもできるわけですよね。相手との距離感やその人がどんなポーズをしているかの情報を、現実の世界ほどではないにしろ再現できるようになっています。だからビデオ会議よりも感じられる情報の量は多い。たとえばその世界にハマってる人が友達とメタバースで夜会って、喋りながらそのまま寝てしまう。その行動自体は電話でもビデオ会議でも可能です。ただ、電話やビデオ会議は基本的に相手を選んでつながるものです。一方でメタバースのような空間では「場」に人が集まり、その中でコミュニケーションが生まれる。そうした偶発性を含めた体験ができることが、VRを使ったコミュニケーションが選ばれている理由の1つだと思います。

ただ、情報量が多ければいいというわけではないです。実際に人に会いに行くのは大変だし、HMD(頭に装着するディスプレイ)を持っていない人もいます。POPOPOのサービス設計も、そうした考え方に基づいています。喋ることがメインであれば、相手の目の前に「行く」VRの価値は、少なくともスマートフォンでは必要ないと判断しているんですね。

 

コミュニケーションの「余白」は必要?

デジタルなコミュニケーション環境は進化していますが、一方では企業の「出社回帰」や対面で会う体験が求められる動きもあります。

西田

社員同士がバーチャルオフィスで集うサービスもあれば、対面で仕事をしたいという人もいます。これは仕事上のコミュニケーションの重要性がどこにあるかという話ですね。

オフィスで仕事をしていると、雑談や他のプロジェクトについての会話が聞こえてくることで価値が生まれることがあります。そういった価値が失われると、いわゆる「余白」みたいなものが減って逆に効率が悪くなる。これが企業がオフィスに人を戻そうとする理由の1つだと思っています。

 

効率を上げるための選択肢が、逆に効率を下げることもあると。

西田

そうですね。オンライン会議の目的は基本的に明確です。会議なら会議、連絡なら連絡という「やること」が決まっているため偶然性は期待しにくいし、必要とされる場面も多くありません。一方で対面の場合は、その周辺にある雑談や偶然のやり取りが含まれてくる。そこから新しいアイデアが生まれたり、人間関係ができたりするわけです。

もう1つの理由としては、オフィスに集まったほうが管理しやすいということもあります。職務にもよりますが、少なくとも1週間のうち何日かは出社ということにすればコミュニケーションも取れてバランスがいい。そう企業は考えているのだと思います。

結局のところ、コミュニケーションはすべてを再現すればいいわけでも効率を突き詰めればいいわけでもない。どの情報を残して、どの情報を削るのか。その設計が重要になってくるのだと思います。

 
西田さんの書籍。『ディープフェイク: 生成AIとの共棲に向けて』(丸善出版)、『生成AIの核心: 「新しい知」といかに向き合うか』(NHK出版新書)。

テクノロジーの進化とともに変わってきたコミュニケーションについて伺った前編はここまで。後編では、情報革命が私たちに与える影響とこれからの未来について、より深く伺います。お楽しみに。


[取材・文]樋口 かおる