【後編】久木田 水生
AIは「信頼」を築けるか
コミュニケーションをデザインするのは誰か
2026.09.24
仕事の愚痴も相談もAIへ。連絡はチャット。
恋愛もマッチングアプリが当たり前になりつつあります。
コミュニケーションの入り口は変わりつつありますが、その向こうには相変わらず人間がいます。テクノロジーが人と人との間に入り込み、リスクを減らそうとする時代になりました。でも、そもそも「信頼」は、「不確かさ」があるからこそ生まれるものなのだそう。
人と人との信頼や協力は、これからどう変わっていくのでしょうか。
前編に続き、『麦とTwitter』の著者・久木田水生さんに、AI時代のコミュニケーションの未来について伺いました。
( POINT! )
- コミュニケーションは仲間同士の結束を高める
- 言葉は大きな社会を支えるルールを共有できるように
- 親密な人間関係の限界は大きく変わらない可能性
- 「裏切られるかもしれない」という不確実性から信頼が成立
- AIは人間同士の信頼や協力関係を代替することは難しい
- 誰がどんな価値観でコミュニケーションをデザインしているのかを意識する

久木田 水生
2005年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。2017年より名古屋大学大学院情報学研究科准教授。著書に『AI・ロボットからの倫理学入門』(共著、名古屋大学出版会)、『麦とTwitter―情報技術がもたらすコミュニケーションの変容―』(共立出版株式会社)
コミュニケーションは「仲良くなる」ために生まれた?
コミュニケーションは、同じ集落の者同士で食料のありかや危険の発生を知らせ合ったりすることから始まったのかなと思います。権力者が年貢の徴収や戦への動員を徹底するために、より「伝える技術」を発展させてきたのでしょうか。

久木田
社会的なヒエラルキーができていく過程で、有益な情報を伝えるコミュニケーション技術は重要な役割を果たしてきたと前編でお話ししました。ところが言語的コミュニケーションの始まりに関しては、そういうことから始まっていないという意見もあるんです。
そうなんですか?

久木田
有益な情報を伝えるというより、仲間同士の結束を高めることがコミュニケーションの始まりだという説もあるんです。ロビン・ダンバーという人類学者は、グルーミングが言語的コミュニケーションに発展していったと言っています。
グルーミングって、毛づくろいのことですか?

久木田
そうです。猫がお互いを舐め合ったり、サルがシラミ取り合ったりすることを、社会的グルーミングと言います。サルの研究によると、頻繁にグルーミングをし合う個体同士は、仲がいいんです。ボス争いが起きたときにも、協力し合うのだそうです。そうやって社会でのつながりや上下関係ができていくんですね。
でも群れが大きくなってくると、グルーミングだけでは関係性を築くのが大変になります。そこで言葉や音楽、歌や踊りを使って結束を高めるようになる。そこから言葉が生まれたけど最初はたいした意味もなくて、気持ちを同調させるとか相手の感情をかき立てるために使われていた。それがだんだん意味を持って情報を伝達するために使われるようになったということです。
最初は仲間同士の結束を高めるためだった言葉が、社会が大きくなるにつれて別の役割も持つようになったのですね。

久木田
言語の起源についてはいろんな説があり、やはり情報伝達がもともとの機能だと考える人もいますので、あくまでも一つの仮説ですが。また、歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリは、人間社会をまとめるためには宗教や国家のような「共同の幻想」が必要だと言っています。神や国家のような目に見えない概念を共有するには、高度な言語が欠かせませんよね。
そして税を徴収したり人々を戦争へ動員したりといった複雑な社会制度も、抽象的な言葉があって初めて成り立ちます。社会が大きく複雑になると、それを支える言葉やコミュニケーションも発達していく必要があります。それは数についても同じです。現在確認されている最古級の文字、メソポタミアのくさび形文字でも、「これだけの小麦を納めます」といった記録が残されています。
記録やルールを共有できるようになったんですね。
テクノロジーは人間のつながりを拡張できるのか

久木田
規範と言葉は、一緒に発展してきたところがあると思います。もちろん言葉の発達以前から社会的な規範はあったのでしょうが、複雑な規範で大きな社会を維持していくことができるようになったのは、言葉を含めたコミュニケーションのおかげだと思います。
社会とコミュニケーションはともに発展してきたということですが、近年は情報やつながりが管理できない量になっている気がします。

久木田
ダンバーが提唱した「ダンバー数」というものがあります。これは人間の脳の大きさから見積もって、だいたい群れを作るのに自然な人数で、それが約150人。友達や知り合いとうまくやっていけるのがそれくらいの人数で、様々な組織で安定する人数だと言われています。
SNSをやっていると、毎日150人どころではない人の群れの中にいる状態になりますね。

久木田
脳の限界はおそらく超えているんですが、テクノロジーで認知能力やコミュニケーション能力も拡張されているので、どうにかこなしているという感じでしょうか。
ただ、個人的によく知っていてスムーズに会話できる人数は、今もそんなに変わらないのではないでしょうか。スマートグラスをかけておくと、顔を見ても誰だかわからないという状況は避けられるかもしれません。でも、親しい人間に会って「うれしい」と感じる気持ちまでは出てきませんよね。親しみの感覚のようなものは、技術ではなかなか再現できないようなことだと思います。
スマートグラスとAIがサポートしてくれても、人間同士の信頼関係とは別ということでしょうか。『麦とTwitter』では、この人は裏切るかもしれないと思って、それでも信じられるのが「信頼」という話が出てきますね。

久木田
そうですね。「不確かさ」があるからこそそれを「信頼」と呼ぶ。まったく裏切られる可能性がないところではそれを「信頼」と言う必要がない。これは社会心理学や社会学で「信頼」を定義するときに言われていることです。
実際に、相手が自分を信頼してくれたような振る舞いをしたら、うれしくなります。 だけどそれが相手の意思ではなく、強制されていたことだと知ると、そのうれしさは半減するんですよ。
信頼とは、相手が自由意思で選んだからこそ成立するものなんですね。では、AIとの対話もコミュニケーションと言えるのでしょうか。
AIは人間の「信頼」を代替できるのか

久木田
もちろん間違うこともたくさんありますが、有益な情報の伝達という意味でのコミュニケーションをしてくれているとは思います。
ただ、何かあっても助けてくれるわけではないし、集団を形成したり信頼関係や協力関係を構築したりするようなコミュニケーションではないですよね。言葉のうえで相談に乗ってくれるような見せかけはとてもうまくできていますが。
『麦とTwitter』で紹介されている漫画『ひきだしにテラリウム』には、考えを完璧に伝えてくれる道具が登場しますね。相手を信頼できるかどうか、確かめられます。こういったものもこれから出てくるのでしょうか。

久木田
人が何を考えているかをはっきり明示するテクノロジーは難しいかもしれません。でも、感情などを認識するテクノロジーは研究されていますよね。声や表情から感情を読み取ったり、脳波から集中しているかを測ったり。
体温や皮膚の電位などを計りながら、相手の気持ちをリアルタイムで計測できるものはこれから増えると思います。マッチングアプリや友達付き合いの場面にテクノロジーが入って、相手についてあれこれ教えてくれるとか。人間関係にはリスクがあるので、「損をしたくない」という意図からどんどん使われるようになると思います。そうなったとき人と人との信頼や協力関係がどうなっていくのか、心配ではあります。
計測されたときは相手のことが好きじゃなくても、一緒に活動するうちに信頼関係を築けることもありそうですよね。

久木田
「単純接触効果」と言って、顔を合わせることが続くと好きになることがあります。そういった機会も失われるかもしれない。それに感情の判定はとても難しいので、間違いがあることも容易に想像できます。
そうですね。お話を伺っていて、あらためてコミュニケーションの大切さを感じました。これから、どのようになっていくでしょうか。

久木田
人付き合いに関してAIがアドバイスをくれたり、アバターや自分の振る舞いもいい感じにしてくれるような機会が今後増えていくと思います。
そのとき、そのコミュニケーションをデザインしているのが誰で、どんな価値観で決めているのかは知っておいたほうがいいと思います。たとえばAIを作っているシリコンバレーの1企業が私たちのコミュニケーションの規範になっていくと、リアルもそのようにするべきではないかと近づいていくことになります。
必ずしも対面以外のコミュニケーションがダメだということはなく、様々なコミュニケーションのチャンネルがあるのはいいことです。ただ、できるだけ1つの企業にコントロールされない形で使っていけるといいだろうと思います。
[取材・文]樋口 かおる

