鳴き声に意味があるとしたら「進化の産物」。かごの鳥ではわからない

1日中森にこもることも多いと聞きました。動物の観察をする際に大事なことはなんでしょう。

鈴木

動物の行動の邪魔をしないことが一番大事です。

鳥は目がとてもいいので、人間から鳥が見えるときに鳥から人間も見えているんです。だから適切な距離感を見つけることが必要。鳥を観察するとき、どれぐらい離れていたら鳥たちが人間のことを気にしないのかは、その地域によるんですよ。その感覚はフィールドで体験しながら身につけます。

 

たとえば、長野県にいるシジュウカラと東京都にいるシジュウカラの持つ距離感は違うということ?

鈴木

全然違います。

 

そうなんですね。個体ごとの性格の違いもありますか?

鈴木

ありますね。大胆さや臆病さ、喧嘩っ早いとか。鳥の個性は最近よく知られるようになってきていて、シジュウカラも個性がとても強いです。

 

動物の研究に、対象の動物と親しくなるようなイメージを持っていました。でも、人間が意識されたり飼育したりすると、自然な状態での観察はできませんよね。

鈴木

もし僕を1人で部屋の中に閉じ込めたとしたら、喋る必要がないから喋りませんよね。それと同じで、鳥はかごに入れられると閉じ込められていることを理解します。タカもヘビも来ず群れを作ることもできない状態であれば、天敵の警告音や群れを束ねるための「集まれ」の鳴き声もなかなか発しません。

だから、飼い鳥で研究することはやりたくなかったんです。やってもその鳴き声の意味には迫れないと思ったので。野鳥を追いかけて個体識別した上で追跡し、鳴き声を録音するというのはかなり大変です。でも、そうしないと彼らのことがわからないし、やるしかない。鳴き声に意味があるとしたら進化の産物のはずなんですよ。

 

空間の記憶能力が人間よりもずっと長けている野鳥

進化?

鈴木

動物には、置かれた環境に応じていろいろな能力が宿っていますよね。進化したからです。

何世代もかけ合わせたら、ジュウシマツがよく歌うようになるなどはあるかもしれないけれど、僕が知りたいのはそれじゃない。彼らが自然界でどう声を進化させて、どう使っているのかの文脈を知りたいんです。

 

かごで飼育された鳥が人間にとって都合が良い能力を持ったとしても、鳥が本来持っている能力はわからないということですね

鈴木

人間の観点で動物を理解しようとすると、人間にできることが鳥にもできるかということばかりに執着してしまうんです。鳥にできて人間にできないことを見逃してしまう。それでは進化を理解することにもなりません。

だから僕と、一緒に本を書いた山極寿一先生(総合地球環境学研究所 所長)が大切にしているのは、彼らが本当にどういうふうに世界を認識して何を考え何を喋ってるのかを、人間の先入観を捨てて理解することです。

 

鳥にできて人間にできないことは、「飛べる」ほかにどんなものがありますか?

鈴木

シジュウカラの仲間にヤマガラとコガラという鳥がいます。ヤマガラとかコガラは冬に雪が積もる前に、木の高いところの隙間に草の種を蓄えておきます。その箇所を1日500ヶ所ぐらい覚えるんですよ。

 

すごい。

鈴木

たとえば、私たちがひまわりの種を10個渡されて、代々木公園に行って10ヶ所に隠すとします。メモや目印なしで、1週間後に回収できると思いますか?

 

私だったら、たぶん1個も回収できません。

鈴木

できませんよね。でも彼らはやらないと死んでしまうから、空間の記憶能力が人間よりもずっと長けてるんですよ。だから頭が小さくても特化したことができたり、言葉を使えたりするわけです。

人間はほ乳類の中では頭が大きい方で、道具を使うことに長けていて文字も書きます。でもそれで人間がトップにいるように感じて、動物の賢さを見落としてしまうことがあります。賢さというのは脳の大きさで簡単に測れるものではないんです。

 
動物たちは何をしゃべっているのか?』(山極寿一・鈴木俊貴著/集英社)

世界で初めて「動物が言葉を持つ」ことを証明したシジュウカラ

「人間だけが賢い」わけではないですね。

鈴木

進化というのは共通の祖先からそれぞれほぼ同じスピードで進んでいるんです。その結果、鳥は鳥の形になって鳥の知能を持ち、人間は人間の形になって人間の知能を持っています。そこに上下はないのに、人間は自分たちが最も高等であると信じたい。この歪んだ自然観が、人間vs.動物という2項対立を作ってしまったんです。

旧約聖書では、人間以外の動物を支配するために神が人間を作ったことになっています。ロバが喋れるようになるけどそれは一時的に神から与えられた特別な力で、人間は永続的に喋れます。それで、動物は喋れないし支配されるものという考えが約2000年も信じられてしまっているんだと思います。

 

猿はどうですか? 手話を使える猿は有名ですが、猿の言語についてはわかっているのでしょうか。

鈴木

自然下でのコミュニケーションの研究は、猿よりもシジュウカラのほうがずっと進んでいます。

チンパンジーやボノボを実験室に連れてきて手話を教えると、人間に近いかどうか調べられますよね。でも、チンパンジーにはチンパンジーの世界があり、会話には主にジェスチャーを使っています。それをちゃんと野外で研究し始めたのってここ4〜5年なんです。

 

驚きです。シジュウカラは鳥で初めて言葉を使っていることが認められただけではなくて、動物で初めてなんですね。

シジュウカラ(出典:adobestock)

共通の言語がなくても共感し、コミュニケーションがとれる

ペットと喋りたいですが、それも人間中心の考えでしょうか。

鈴木

飼育している動物と喋ることはできますよ。たとえば、人間と犬の間ではもう会話が成立しています。ただ犬は音を学習して真似ることは得意ではなくて、他者の表情やちょっとした匂いの変化から他者の意図を読むのが上手です。

人間は「お散歩行くよ」「おやつ食べる?」と犬に話しかけるし、犬は人間の意図を汲む。人間のほうも仕草や文脈で「遊びたいのかな」とかわかりますよね。それは本当の意味で種の壁を越えたコミュニケーションで、人間以外の動物もやっています。

 

どんなコミュニケーションですか?

鈴木

有名な例は東アフリカのノドグロミツオシエ(鳥)。人間のある歌を聞くと、ミツオシエがやってきて「ギギギギギ」と鳴きながら蜂の巣の場所を案内してくれるんです。人間は火で蜂を撃退して、蜜蝋をひとかけらミツオシエにあげる。すると、またミツオシエはハチの巣のありかを教えてくれるんです。一説によると、150万年続いてきたともいわれる人間と鳥の間の文化ですね。

 

人間とミツオシエには蜜蝋という共通の目的があると思いますが、人間と犬の間には何があるのでしょう。

鈴木

共感性だと思います。元々犬は群れを成していて、群れの中にいることで安心感を得ていました。伴侶動物になるなかで、人間といて幸福感を感じる生き物になったわけですね。

だから共通の天敵や餌がなかったとしても、一緒にお散歩に行くと両方とも嬉しい。それで会話が成立するし、犬側も理解してくれます。

一方で動物の言葉がわかるようになると、人間がシジュウカラの言葉を理解してシジュウカラは人間の言葉は理解してくれないという関係性も生まれますが、それもまた進化の歴史の中では大事だったのかもしれません。

 

なぜでしょうか。

鈴木

人類の進化の歴史は700万年ぐらいといわれていて、そのうち音声の言語を使っているのは7万年ぐらい。人間は歴史の90%以上を音声言語なしで生きています。

音声言語が明確な言葉を持つ前から、人間は他者と共感したり周りにいる動物を観察したりしていたと思います。たとえば猛禽類や肉食獣が来たとき、真っ先に気づくのは鳥です。おそらく人間は、鳥の声を手がかりに赤ちゃんを危険から守るようなことをやっていました。

だから鳥側が人間の言葉を理解しなくても、人間は鳥の言葉に耳を傾けて生きていたはず。それは今よりも正しい自然観に近かったかもしれないですよね。そんな世界に気づくのも大事なことで、「動物言語学」が貢献できることでもあると思います。

 

[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹