【前編】久木田 水生
コミュニケーションが文明をつくった
言葉が人類を変えた理由
2026.09.17
仕事のチャットにSNS、AIとの相談や壁打ち。
テクノロジーにより新しいサービスが次々と登場し、いつでもどこでも連絡が取れるようになりました。気づけばチェックするアプリも、やり取りする相手も増えています。AIがLINEやメールをサポートしてくれますが、果たして本当に楽になっているのか…。
私たちのコミュニケーションは、変化しているのでしょうか。
人間にとってコミュニケーションとは、そもそも何なのでしょう。
『麦とTwitter』で情報技術の発展とコミュニケーションについて記した久木田水生さんは、言葉が生まれたことで人は目の前にないものや未来を想像し、計画を立て、知識を共有できるようになったと言います。
人類の歴史をたどりながら、言葉とコミュニケーションが何を生み出したのかを伺いました。
( POINT! )
- コミュニケーション技術は「時間配分」を変えた
- コミュニケーション技術は文明の発展を支えてきた
- 人間の言葉は、目の前にないものや未来を共有できる
- 言葉によって計画や協力が可能に
- コミュニケーションは科学や文化、芸術知識を共有し継承した
- コミュニケーションは、人類の文明を支える基礎

久木田 水生
2005年、京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。2017年より名古屋大学大学院情報学研究科准教授。著書に『AI・ロボットからの倫理学入門』(共著、名古屋大学出版会)、『麦とTwitter―情報技術がもたらすコミュニケーションの変容―』(共立出版株式会社)
新しいコミュニケーション技術は「時間配分」を変える
久木田さんは著書『麦とTwitter』で、情報技術の発展がコミュニケーションの方法を変えてきたと書かれています。私たちのコミュニケーション自体も変わったのでしょうか。

久木田
コミュニケーションの技術が発展してきて、今までにない新しいコミュニケーションの仕方が現れましたよね。従来やってきたコミュニケーションがなくなったわけではないけど、新しい情報技術ができて、コミュニケーションの手段が増えました。その中で、たくさん使うようになった方法もあれば、使われなくなった方法もあります。手段に対する時間配分が変わったのだと思います。
「電話はあまり使わない」という人も増えていますね。

久木田
電話は相手の負担になるのではという遠慮が生まれますが、ソーシャルメディアは気楽に誰かしらとすぐにつながることができます。たくさんの人とコミュニケーションが取れて、「いいね」もある。相手のリアクションが可視化されてわかりやすいという利点もありますね。
こうした変化について、『麦とTwitter』ではMITの社会学者・臨床心理士シェリー・タークルの議論を紹介しています。特に若い人たちは、テキストでのコミュニケーションを好むようになってきています。
「対面」を見直そうという動きもあります。

久木田
タークルは『Alone Together』で、デバイスを通じてのつながりが孤独を与えているのではないかと指摘しています。ただ、一方でよいこともあります。対面で話すのが苦手で、ビデオ会議のほうが話しやすいという人もいます。対面が一番いいとは考えていませんが、対面だからこそ得られる価値もあります。そのよさはこれからも大切にしていくべきでしょう。
インターネット以前にも、人間のコミュニケーションを大きく変えた出来事はあったのでしょうか。
コミュニケーション技術は文明をつくった

久木田
電話の発明も大きな出来事ですが、ラジオや新聞のインパクトは、もしかしたらインターネットより大きかったかもしれません。それで大勢の人に情報を届ける「マスコミュニケーション」ができたわけです。いろんな人が同時に同じ情報に触れることができるようになりました。
もちろんプロパガンダにも使われましたが、その発端には印刷技術があります。ヨーロッパでグーテンベルグが活版印刷術を発明して、最初に行ったのは聖書の印刷でした。
それまで、聖書の内容はどうやって伝えられていたのでしょう。

久木田
聖職者の人から聞かされていました。しかし非常に高価だった聖書が安価になって、教会に行かなくても聖書が読めるようになったんです。本が流通するということは、字が読める人が増えるということでもあります。そこでまた、本の需要も生まれてきます。
そうしてたくさんの人が本を読むようになり、知識が大衆に行き渡るようになりました。これは大きな変化だったと思います。
さらにさかのぼると文字の発明も非常に大きなインパクトがあっただろうし、それ以前に「話し言葉」が生まれたことも、とても重要なイノベーションだと思います。
以前、縄文時代の人々が遠くから黒曜石を運び、交換していたという話を聞いたことがあります。こうした広い交流も、言葉という情報技術の発達があったからこそ可能になったのでしょうか。

久木田
そうですね。言葉があることで計画が立てられたり、「黒曜石が綺麗だと思う」という価値観を共有できたりします。おそらくホモ・サピエンス(*1)からだと思いますが、人間の言葉の重要な機能に、「その場にないものを意味すること」があります。
目の前にない「明日の獲物」について話すことができるとか。

久木田
そうです。動物の言語は、「危険が迫っている」「ここに何かがある」といった情報を伝えることができても、遠く離れたところや過去や未来について言及する機能はおそらくありません。人間の言葉にはその機能があるので、抽象的な言葉を組み合わせることによって架空のものも考えることができるわけですよね。たとえば「青いバラ」という言葉ができたら、「今は存在しないけど、つくってみよう」と思いつくかもしれません。ないものをつくり出すためのイマジネーションが働くようになっていきます。
言葉は「存在しないもの」を共有できる
つまり、「存在しないもの」を共有できるようになったんですね。

久木田
それがけっこう重要なのだと思います。ホモ・エレクトゥス(*2)から人間は遠いところに行くようになって、ホモ・サピエンスはもっと速く、遠くまで行けるようになりました。ユーラシア大陸に広がったと思ったら、今度はアメリカ大陸に渡った。アラスカから南アメリカの南の端まで、かなりのスピード感を持って移動しているんですよ。さらに東南アジアから海を渡ってオーストラリアやニュージーランド、マダガスカルまで。
海を渡って遠くまで行くって、なかなかできないことですよね。それでも「きっと向こうに何かある」と考えて計画を立てて、物資や家畜を船に積み込んで行くんです。
1人ではできないことです。

久木田
そうです。言葉が発達して抽象的な思考ができるようになると、高度な道具がつくれるようになります。それを使ってさらに高度な道具をつくれるようになって、協力したり計画を立てたりできるようになる。
抽象的な思考と、儀式や装飾の発達は連動しています。死者を弔ったり壁画を描いたりすることと同時に、計画を立てたりそれを共有したりすることができるようになった。そういうことが5万年から10万年前頃にできるようになったと、考古学では言われています。
もしもコミュニケーション技術がなかったら、知識の共有ができないし、協力もできない。文明が築けませんよね。

久木田
そうだと思います。何かをつくるときって、複雑な過程を経るじゃないですか。お酒やパンをつくるには、発酵させたりこねたりと複雑な工程があります。それは1人の人間が思いつくものではなくて、少しずつ知識が溜まって継承されていくものです。たくさんの人がいろんな方法で試してみて、うまくいった人から「こうすればうまくいく」と伝えられるんですよね。
科学もまったく同じで、いろんな人が情報を共有しながらトライアルアンドエラーをくり返して、得られた知識を広めます。それをみんなが利用できるようになることで文化や技術、芸術や思想になって、文明が発達します。
すべてが、高度に発達したコミュニケーションによって伝わってきている。コミュニケーションは、非常に重要な文明の基礎なんです。
コミュニケーションの誕生と意味について伺った前編はここまで。後編では、AI技術も加わったコミュニケーションの未来についてお話しします。お楽しみに。
- ※1:
- 現生人類。約20〜30万年前にアフリカで誕生したとされ、言語や道具、芸術、宗教などを発達させながら世界各地へ広がった
- ※2:
- 約190万年前にアフリカで誕生したとされる人類。アフリカからユーラシア大陸へ広く移動した人類で、火の利用や石器の発達でも知られる
[取材・文]樋口 かおる

