取引を「贈与」にするか「負債」にするか

前編で、執着を手放したときに本当に求めていたものに気づくというお話がありました。とはいえ私たちは未来のことを考えて不安になるし、毎月の家賃やノルマなど、お金と時間に追われています。

樋口

金融と時間は、同じことだと思っています。

 

同じ?

樋口

お金と時間って、コインの裏表みたいなものなんですよ。たとえば「1万円払う」という行動は、誰かの10時間の時間(※1)を使ってるのと同じじゃないですか。お金をやり取りするってことは、どこかで誰かの時間を消費していることになる。

あらゆる事業にはお金が必要で、今の仕組みではお金は等比級数的に増えることを求められます。自然に成長するスピードと、お金が増えるスピードがクロスした瞬間から、人間はお金のために働かなきゃいけなくなるんです。

 

今の社会では時間を切り売りします。たとえば車を貸し出すビジネスをしていて代金の支払いが滞ったら、その取引は終わりますよね。

樋口

債務不履行になるね。

 

アフリカの商人のあいだでは、レンタルした車の代金が払えない仲間がいると「今月はいいよ」と許容することがあると聞いたことがあります。お金よりも人間関係をキープする方が合理的だという考え方ですが、数値にはなりにくい。でも、それが適した人たちもいるのではないでしょうか。

樋口

いやそれは、誰にでも適してると思う。簡単とは言わないけど、実はすごくシンプルなこと。沖縄の「テーゲー(大概、適当)」文化もそれに近い。アバウトさ、ゆるさを許容するっていう。

たとえば遅刻。沖縄の人が時間に遅れがちなのは、時間の問題だけじゃないんですよ。時間通りに行って「頑張っているふう」のサインを出すと、人間関係に不都合が生じる。だからちょっとスペースを置いているんです。

 

息苦しくならないようにしているんですね。

樋口

本にも書いたけど、経済の本当の起源は物々交換ではなく「贈与」です。自分に余剰があったら誰かに渡す。そのうちどこかで返ってくるという「ゆるい義務」なんですね。この「ゆるさ」がポイントです。

これが近代では、「私はあなたにバナナをあげたから、期日までに等価なものを返してください」という「負債」になってしまいます。期限や金額が確定し負債になった瞬間、債務不履行が生じて暴力がついてくるようになります。アバウトさがなくなった瞬間に暴力が付随することを文化として直感的に知っているから、人間関係を曖昧にする。それは人を守るための積極的な集合知なんです。

 

リターンを求めない「こころの資本」のメカニズム

現代のビジネスにおいて、「ゆるい義務」を取り入れることは可能でしょうか。

樋口

すべての投資は負債を作る。「1億で買収したから10億の価値を返せ」と求められます。

 

高いリターンが期待されるベンチャー投資もそれに近い構造ですよね。

樋口

急成長を求められてうまくいかなければ切られるという、強い負債の構造です。自由な起業のはずが、自由を失ってしまう。これが負債でなく贈与になり、「あなたの自然なスピードで、返したかったら返しておくれ」というゆるい義務であれば、人は自由に生きられます。

 

それは人を信じないと成り立たないですよね。ゆるい義務は遂行されないかもしれません。

樋口

お金が10億あって、10人に1億ずつ渡したとします。ひょっとして8人は潰れてしまったり、自分の利益を優先してしまったりするかもしれない。でも、残りの2人が生き残ってその精神を継いでくれれば、魚が卵を産むように自然と増えていくわけです。全部がうまくいく必要はなくて、どれだけそういう人を見つけられるかが重要です。

リターンを求めずに好きに仕事をしてもらって生まれた利益は資本家に返すのではなく、次の誰かに「フォワード」してくださいと渡すんです。僕はこれを「こころの資本」と呼んでいます。その人が自由に生きることで生産性が上がるなら、それは自然に繰り返されていく。そのためにもお金は必ず、条件のないフリーハンドで渡さなきゃいけないと思っています。

 

愛のある経営は「経済合理性」が高い

一部が失敗したとしても、トータルで広まっていけばいいと。

樋口

実はこっちのやり方の方が遥かに経済合理性があるんですよ。上場会社を経営するよりも、よっぽどうまくいきます。

 

どういうことでしょうか?

樋口

たとえば上場企業と「フォワード」する企業が同じものを売っていたら、消費者は後者の商品を買います。自分が払ったお金が株主還元として県外や国外のお金持ちのところへ流れていくより、そっちのほうが自分たちに返ってくると感じるからです。

それに、利益のためではなく「もっと大事なこと」のためにやっているから、周りの人間の協力が得やすくなって、運営コストも下がる。上場会社のような苦労をせずに、あらゆる人が協力してくれて、事業力のある会社が作れる。そのためにすべきことは「利益を手放すことだけ」なんです。

 

「利益を手放す」と聞くと驚いてしまいますが、ビジネスとしても理にかなっているんですね。

樋口

そうです。道徳や愛を持ち出さなくても、こっちの方がお得で、自分も楽で世の中のためになる。その合理性に気づいて働く人が10人に1人でもいれば、自然と広まっていきます。

 

組織は経営者1人の生き方から変わる

前編で「嘘」はバレてしまうという話が出ました。「こころの資本」の考え方に基づくと、嘘をつく必要性は減ると思います。嘘がない組織を作ることはできるでしょうか。

樋口

「嘘のない組織を作ること」自体に意味はないと思っています。それを目標にすると、それ自体が人を型にはめ込む「嘘」を生み出してしまう。でも、経営者自身が「嘘のない生き方に挑戦する」ことはできます。

 

どんなことですか?

樋口

従業員は、経営者の関心にものすごく関心を払っているんです。言葉で何を言っていても、態度は見抜かれている。だから、社長が本当に嘘のない経営を始めた瞬間に、メッセージを出さなくても組織の空気が変わります。

僕はよくポップコーンにたとえます。火で炙っていると、どのタイミングで跳ねるかはわからないけれど必ず跳ねますよね。それと同じで、組織全体の体温が上がれば勝手に結果が生まれます。

組織の中で変わるべきは社長1人だけ。自分が本当に自分を生き始めたら、ものすごい勢いで伝播していきます。野茂英雄がメジャーリーグに行ったらそれ自体がメッセージになって、イチローや大谷翔平が続きました。言葉で直接伝えなくても、可能だと分かりさえすれば人間はやるんですよ。

 

嘘をつきながら不安に追われるよりも、愛を動機とするほうが人間に合っている気がします。AIによって仕事がなくなるとも言われていますが、どうでしょう。

樋口

ブルシット・ジョブ(*2)と言われる体裁を整えるためだけの仕事より、人間的な仕事を目指す人が増えるかもしれないね。ただ労働時間が減るかはわからない。生産性が上がっても利益は資本家へ行くから。

でも、矛盾が大きくなるときこそ、本質的なものに向き合えるチャンスでもある。今の資本主義が人を苦しめるようなものになってきたからこそ、大事なものにみんなが気づき始めているのだと思います。本当のつながりがあれば、たいていのことは解決できるんです。

 
樋口さんの著書『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』(ダイヤモンド社)。生きることや経済、社会の仕組みを「愛」という視点から問い直す。
※1:
時給1,000円で働いたとして
※2:
人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した、働く本人すら「無意味」と感じながら行う労働のこと。オフィスワークに多い

[取材・文・撮影]樋口 かおる