【後編】樋口 耕太郎
嘘のない組織は成り立つのか
「こころの資本」と贈与から始まる経済
2026.04.16
経営者は従業員の声を聞きたいし、従業員は顧客の声を聞きたい。
それでも「よく見せたい」「もっと買ってもらいたい」という思いから、少しずつ言葉にズレが生まれていきます。互いに善意を持っていたとしても、「期限内に成果を出さなくてはならない」「価値を高めなくてはならない」という前提がある限り、そのズレは避けられません。
ではその前提を手放したとき、経済や組織のあり方はどう変わるのでしょうか。
樋口耕太郎さんが提唱するのは、見返りを求めない「贈与」と「こころの資本」という考え方です。それは理想論ではなく、むしろ合理的な選択でもあるといいます。
嘘のない組織は可能なのか。自由によって追い詰められるのではなく、人が本当に自由に働ける社会は実現できるのでしょうか。
前編に続き、その可能性を探ります。
( POINT! )
- お金と時間はコインの裏表
- 仕組みが人を「お金のために働く状態」に置き続ける
- 経済の本来の姿は「贈与」である
- 「ゆるい義務」が人間関係を支えている
- 経済を「負債」にすると暴力性が生まれる
- 負債は人の自由を奪う構造を持つ
- 「こころの資本」は自由と生産性を同時に高める
- 利益を手放すほうが、結果的に経済合理性は高くなる
- 組織は仕組みではなく、経営者1人の生き方から変わる

樋口 耕太郎
1965年生まれ、岩手県盛岡市出身。1989年、筑波大学比較文化学類卒業、野村證券入社。1993年、米国野村證券。1997年、ニューヨーク大学大学院経営学修士課程修了。2001年、不動産トレーディング会社レーサムリサーチへ移籍し金融事業を統括。2004年、沖縄のサンマリーナホテルを取得し、愛を経営理念とする独特の手法で再生。2006年、「愛の経営」を専業とするトリニティ設立、代表取締役社長(現任)。2012年、沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科准教授(現任)。2025年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)発、世界初のイカ養殖の事業化を目指すKwahuu Ocean(クヮフーオーシャン)創業メンバーの一人としてCOOに就任し、「こころの資本」の資金調達に奔走。内閣府・沖縄県主催「金融人財育成講座」講師。著書に『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(光文社)、『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』(ダイヤモンド社)。
取引を「贈与」にするか「負債」にするか
前編で、執着を手放したときに本当に求めていたものに気づくというお話がありました。とはいえ私たちは未来のことを考えて不安になるし、毎月の家賃やノルマなど、お金と時間に追われています。

樋口
金融と時間は、同じことだと思っています。
同じ?

樋口
お金と時間って、コインの裏表みたいなものなんですよ。たとえば「1万円払う」という行動は、誰かの10時間の時間(※1)を使ってるのと同じじゃないですか。お金をやり取りするってことは、どこかで誰かの時間を消費していることになる。
あらゆる事業にはお金が必要で、今の仕組みではお金は等比級数的に増えることを求められます。自然に成長するスピードと、お金が増えるスピードがクロスした瞬間から、人間はお金のために働かなきゃいけなくなるんです。
今の社会では時間を切り売りします。たとえば車を貸し出すビジネスをしていて代金の支払いが滞ったら、その取引は終わりますよね。

樋口
債務不履行になるね。
アフリカの商人のあいだでは、レンタルした車の代金が払えない仲間がいると「今月はいいよ」と許容することがあると聞いたことがあります。お金よりも人間関係をキープする方が合理的だという考え方ですが、数値にはなりにくい。でも、それが適した人たちもいるのではないでしょうか。

樋口
いやそれは、誰にでも適してると思う。簡単とは言わないけど、実はすごくシンプルなこと。沖縄の「テーゲー(大概、適当)」文化もそれに近い。アバウトさ、ゆるさを許容するっていう。
たとえば遅刻。沖縄の人が時間に遅れがちなのは、時間の問題だけじゃないんですよ。時間通りに行って「頑張っているふう」のサインを出すと、人間関係に不都合が生じる。だからちょっとスペースを置いているんです。
息苦しくならないようにしているんですね。

樋口
本にも書いたけど、経済の本当の起源は物々交換ではなく「贈与」です。自分に余剰があったら誰かに渡す。そのうちどこかで返ってくるという「ゆるい義務」なんですね。この「ゆるさ」がポイントです。
これが近代では、「私はあなたにバナナをあげたから、期日までに等価なものを返してください」という「負債」になってしまいます。期限や金額が確定し負債になった瞬間、債務不履行が生じて暴力がついてくるようになります。アバウトさがなくなった瞬間に暴力が付随することを文化として直感的に知っているから、人間関係を曖昧にする。それは人を守るための積極的な集合知なんです。
リターンを求めない「こころの資本」のメカニズム
現代のビジネスにおいて、「ゆるい義務」を取り入れることは可能でしょうか。

樋口
すべての投資は負債を作る。「1億で買収したから10億の価値を返せ」と求められます。
高いリターンが期待されるベンチャー投資もそれに近い構造ですよね。

樋口
急成長を求められてうまくいかなければ切られるという、強い負債の構造です。自由な起業のはずが、自由を失ってしまう。これが負債でなく贈与になり、「あなたの自然なスピードで、返したかったら返しておくれ」というゆるい義務であれば、人は自由に生きられます。
それは人を信じないと成り立たないですよね。ゆるい義務は遂行されないかもしれません。

樋口
お金が10億あって、10人に1億ずつ渡したとします。ひょっとして8人は潰れてしまったり、自分の利益を優先してしまったりするかもしれない。でも、残りの2人が生き残ってその精神を継いでくれれば、魚が卵を産むように自然と増えていくわけです。全部がうまくいく必要はなくて、どれだけそういう人を見つけられるかが重要です。
リターンを求めずに好きに仕事をしてもらって生まれた利益は資本家に返すのではなく、次の誰かに「フォワード」してくださいと渡すんです。僕はこれを「こころの資本」と呼んでいます。その人が自由に生きることで生産性が上がるなら、それは自然に繰り返されていく。そのためにもお金は必ず、条件のないフリーハンドで渡さなきゃいけないと思っています。
愛のある経営は「経済合理性」が高い
一部が失敗したとしても、トータルで広まっていけばいいと。

樋口
実はこっちのやり方の方が遥かに経済合理性があるんですよ。上場会社を経営するよりも、よっぽどうまくいきます。
どういうことでしょうか?

樋口
たとえば上場企業と「フォワード」する企業が同じものを売っていたら、消費者は後者の商品を買います。自分が払ったお金が株主還元として県外や国外のお金持ちのところへ流れていくより、そっちのほうが自分たちに返ってくると感じるからです。
それに、利益のためではなく「もっと大事なこと」のためにやっているから、周りの人間の協力が得やすくなって、運営コストも下がる。上場会社のような苦労をせずに、あらゆる人が協力してくれて、事業力のある会社が作れる。そのためにすべきことは「利益を手放すことだけ」なんです。
「利益を手放す」と聞くと驚いてしまいますが、ビジネスとしても理にかなっているんですね。

樋口
そうです。道徳や愛を持ち出さなくても、こっちの方がお得で、自分も楽で世の中のためになる。その合理性に気づいて働く人が10人に1人でもいれば、自然と広まっていきます。
組織は経営者1人の生き方から変わる
前編で「嘘」はバレてしまうという話が出ました。「こころの資本」の考え方に基づくと、嘘をつく必要性は減ると思います。嘘がない組織を作ることはできるでしょうか。

樋口
「嘘のない組織を作ること」自体に意味はないと思っています。それを目標にすると、それ自体が人を型にはめ込む「嘘」を生み出してしまう。でも、経営者自身が「嘘のない生き方に挑戦する」ことはできます。
どんなことですか?

樋口
従業員は、経営者の関心にものすごく関心を払っているんです。言葉で何を言っていても、態度は見抜かれている。だから、社長が本当に嘘のない経営を始めた瞬間に、メッセージを出さなくても組織の空気が変わります。
僕はよくポップコーンにたとえます。火で炙っていると、どのタイミングで跳ねるかはわからないけれど必ず跳ねますよね。それと同じで、組織全体の体温が上がれば勝手に結果が生まれます。
組織の中で変わるべきは社長1人だけ。自分が本当に自分を生き始めたら、ものすごい勢いで伝播していきます。野茂英雄がメジャーリーグに行ったらそれ自体がメッセージになって、イチローや大谷翔平が続きました。言葉で直接伝えなくても、可能だと分かりさえすれば人間はやるんですよ。
嘘をつきながら不安に追われるよりも、愛を動機とするほうが人間に合っている気がします。AIによって仕事がなくなるとも言われていますが、どうでしょう。

樋口
ブルシット・ジョブ(*2)と言われる体裁を整えるためだけの仕事より、人間的な仕事を目指す人が増えるかもしれないね。ただ労働時間が減るかはわからない。生産性が上がっても利益は資本家へ行くから。
でも、矛盾が大きくなるときこそ、本質的なものに向き合えるチャンスでもある。今の資本主義が人を苦しめるようなものになってきたからこそ、大事なものにみんなが気づき始めているのだと思います。本当のつながりがあれば、たいていのことは解決できるんです。
- ※1:
- 時給1,000円で働いたとして
- ※2:
- 人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した、働く本人すら「無意味」と感じながら行う労働のこと。オフィスワークに多い
[取材・文・撮影]樋口 かおる

