人びとが《人工的現実》にだまされる世界

藤井さんが研究する「現実科学」とは、どんなものですか?

藤井

一般的に科学は、すべての人に共通の現実がある前提で記述され、予測や繰り返しが可能であるといった世界観をもちます。私は科学者として生きてきたので、それはそれで非常に有用な考え方であることをよくわかっています。

一方で、人間はすべてを合理的にわりきれるわけではなく、時には見えないものが見えたり、聞こえないものが聞こえたり、自分だけしか感じられないものがあったりもする。要は、目の前の現実の外側に、自分の脳がつくり上げる別の現実が重なり、それも含めて現実として捉えているわけです。

 

言われてみると、たしかにそうかもしれません。

藤井

現実の外側にある無意識の現実を、私は神話的な世界観とも呼んでいます。人は昔から、そうした“あるように感じられるもの”を題材にして、物語などをつくってきました。現実科学は、その領域も現実と捉え、操作可能な現実を操作することで「新しいゆたかな現実」を目指す学問です。

 

現実科学を学ぶことで、人生をゆたかにできるということでしょうか。

藤井

自身の現実と向き合うことで、少なくとも自分にとってのゆたかさは深められます。あわせて、現実の本質を知らないと、重大な「損」を被ってしまいかねません。

 

そ、損ですか?!

藤井

現代では自然発生的な現実だけでなく、テクノロジーによる精巧な「人工現実」も台頭してきています。人工的な現実は、少し前であれば「これ、嘘でしょ」と見分けられるものばかりでしたが、近年は区別のつきにくいものも登場しつつある。したがって、一歩間違えれば、だまされてしまうわけですね。

たとえば、オンライン会議に社長が出てきて、「こうこうこんなふうに決定したのでよろしくお願いします」みたいなことを話したら、多くの社員は従うでしょう。ところがその社長は、誰かが悪意をもって生み出した精巧なるニセモノかもしれない。

今後こうしたことが、いくらでも起きる可能性があります。今でも多かれ少なかれ、起きているのではないでしょうか。

 

ある種の現実は、無尽蔵に拡大できる

意識していませんでしたが、たしかにもう起きているのかもしれません……。

藤井

したがって、世界がそうした構造になりつつあることを理解し、むやみに信じたり流されたりしないことが大切になります。そして、この新しい世界を理解するには、その時々の自分の現実を常に定義し、アップデートし続ける必要がある。それこそが「現実科学的な生き方」といえます。

 

反対に、そうした新しい世界ならではのメリットとは?

藤井

もちろん、いい点もたくさんあります。たとえば、人気のアイドルと話をしようとする場合、当然そのアイドルの時間は有限なので、5分間話すだけで5000円くらいかかるかもしれません。一方、それが人工的なアイドルで見た目も受け答えも人工的であることが意識できないほど完璧であれば、本物のアイドルと同じ満足感を得られつつ、コストは300円ですむかもしれません。

このように、非常に低コストで現実を享受でき、かつその現実を無尽蔵に増やせるところが、デジタルで生み出されるものごとの大きな利点です。

 

やはり、いい面もあれば悪い面もあると。あらためて、藤井さんにとっての現実とは、何ですか?

藤井

そんなにおもしろい答えではないかもしれませんが、「主観がつくる世界」となります。結局、私たちは主観の外に出て、客観を持つことはできません。だから、それぞれの主観がつくり上げる、それぞれの現実を生きる。

 

つまり、現実は一つではないと?

藤井

そういうことになります。ものごとは、こちらから見るのとあちらから見るのでは、まったくちがう意味をもちます。だから現実は、決して一つではない。たとえば同じウクライナ情勢であっても、ある人にとっては「ウクライナが優勢」だし、別の人にとっては「ウクライナが劣勢」となります。

 

研究職だけしていては決して見えない世界

藤井

もし戦況をネットで調べる場合、ある人はウクライナにとって好ましい情報をじっくり読み、反対にウクライナにとって好ましくない情報は流し読みで軽く扱ったりするでしょう。そうして、周りの誰かに「ウクライナが優勢みたいだね」などと伝える。その結果、話し手のバイアスと聞き手のバイアスが掛け合わさって、より純度の高いバイアスが生まれたりもする。人は日々、そうしたことを無意識に行っています。私も当然、そうです。

だからこそ、世界がそのように成り立っていることを理解し、それを前提にコミュニケートしていかなくてはいけません。

 

一人の人間の中で、それまでとは別の現実が見えることもありますか?

藤井

もちろんあります。たとえば私は約10年前にVRなどのサービスを提供する会社を始めましたが、起業してみて新たに見えたことがたくさんあります。電子機器を輸入して卸すにあたり量販店がどんなロジックで動いているかとか、大手Eコマース企業がどんな仕組みで利益を上げているかとかですね。「え!?」と驚かされることが多々ありました。

それはまさに、研究職だけをしていたら決して見えることのない、まったく別の世界でした。今ではその世界も、私にとっては現実です。

 

では、現実は一つではないことをふまえながら現実をゆたかなものにするには、どうすればいいでしょう?

藤井

ざっくりいえば、私たちは文明が始まって以来、ほぼ限られたリソースをいかに奪い、その瞬間にいかにたくさん持つかをゆたかさのよりどころとしてきました。よりゆたかになるには、誰かから取ってこなくてはいけない。もしくは、自然から収奪しなければならない。したがって、富は偏在することになる。そうした不均衡によってこそ、ゆたかさが生まれていると言えます。

でも前述の通り、今後は超高質なデジタルコンテンツがあまねく人たちに安価に提供されるようになり、人工的な現実も含めた現実の不均衡さが大幅に解消されます。したがって、ゆたかになるかならないかを、自分で決めていけるようになる。それを深める学問が、現実科学なんです。

 
藤井さんの著書『現実とは?──脳と意識とテクノロジーの未来』(早川書房)はNFT電子書籍付も発売。

後編では、その新しい世界におけるゆたかさとはどんなものか、そしてどうすれば人生をよりゆたかにできるかを聞いていきます。お楽しみに!

[取材・文]田嶋 章博 [編集]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子