東京出身者にとっての「地元」って?

上京してきた地方出身者の悲哀を描く麻布さん、歌舞伎町という東京の深部の人間模様を描く佐々木さん。お二人は正反対のようにも思えますが、最近は仲がいいんですよね?

佐々木

そうですね、最近はなぜか毎週のように飲みに行っていますね。

麻布

うん、今日もこの後飲みに行きたいよね(笑)。

 

では、あまり長くなりすぎないようにしましょう(笑)。まずは、二人と東京の関わりについてうかがいたいです。麻布競馬場さんはどのようなタイミングで、なぜ東京に住むことになったのでしょうか?

麻布

僕は西日本のとある地方都市で生まれ育ったのですが、大学進学と共に東京に出てきました。でも、「東京に行くぞ!」という強い意志があったわけではなくて。地元が嫌だったから東京に出てきたわけでもありませんし、「地元を捨てた」みたいな感覚もありません。

ただ、親が「とにかく東京に出るべきだ」と言う人だったので、小さいころから東京に出ることが当たり前だと思っていたんです。だから、大学受験の際には東京の大学ばかりを受けて、結果的に慶應義塾大学を選び上京しました。

 

一方、佐々木さんは以前のインタビューでもうかがったように、東京がいわゆる「地元」なんですよね?

佐々木

そうですね。ただ、たしかに東京で生まれ育ったのですが、街や土地が「地元」だという感覚は薄いんですよ。

というのも、私は幼稚園から一貫校に通っていたので、いわゆる「地元の友達」がほとんどいないんです。だから、生まれた場所に対する帰属意識はなくて、あるとすれば「学校」をベースとするものなんですよね。

麻布

大学で東京のいわゆるエリート層の方々に出会ったけど、みんなほとんど「地元」を意識していないよね。大学入学までも学校ベースで人間関係ができているし、地方出身者に比べると、土地との結びつきが希薄な感じがする。

 

佐々木

そうなんだよね。幼稚園や小学校で出会うのは、同じようなバックグラウンドを持つ子たちばかり。小さいころはそれが「当たり前」というか、すべての人が同じような環境で生まれ育っているのだと思っていた気がする。

だから大学に入学し、歌舞伎町で遊ぶようになってから、「私は箱庭で育てられてきたんだな」と思い知って。「みんな違って、みんないい」と教えられてはいましたが、それはあくまでも似たような環境で育った、きれいに“切りそろえられた”子どもたちの中での話だったんだなと。

プライドを捨てたから、東京に馴染めた

歌舞伎町でカルチャーショックを受けたわけですね。麻布競馬場さんは、上京してからそういったショックを受けた経験はありませんでしたか?

麻布

ありましたよ。たとえば大学の同級生に、誰もが知る芸能人の息子がいて、彼自身も大学時代から芸能活動をしていたのには驚きましたね。他にも、地元にはそもそも存在しないような道を歩んでいる同級生たちがたくさんいて、圧倒されました。

地元にいたときは、とにかく勉強さえしていれば評価されていました。でもそれが大学に入り、東京に出てきた瞬間に、そうではなくなってしまったわけです。僕が地元で18年間を過ごしている間に、ポケットからボロボロとこぼしてしまっていた「人生の可能性」があったのではないか……そう思って、憂鬱な気分になったことを覚えています。

 

『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』では、一度は東京に出てきたものの、“挫折”を経験し、地元に戻る人々を描いていますよね。麻布競馬場さん自身は、地元に戻ろうと考えたことはなかったのでしょうか?

麻布

僕自身の話で言えば、それはなかったです。ただ、地元の高校から同じ大学に来た同級生が4人いるのですが、いつの間にかみんな帰ってしまっているんですよね。もちろん、東京にないものが地方にはあるわけですから、それも賢い選択の一つだと思います。

一方で、僕はいまも東京に残っている。その理由は、単純に僕が東京に適応できたということなのだろうと思います。幸いにして、大学でもたくさんの友達ができて、そんな友達たちの助けもあって、楽しく日々を過ごすことができました。

 

なぜ麻布競馬場さんは、東京に馴染めたのだと思いますか?

麻布

うーん……地方出身者の矜持というか、「地元を背負って」みたいな感覚を捨てられたから、かもしれません。どこかで「もうあとは煮るなり焼くなりしてください」と、プライドを捨てたからこそ、ここでうまくやれている気がします。

いまではむしろ、東京に「帰ってくる」と安心してしまうくらいで。この前仕事で大阪に行ったのですが、何を食べても安くておいしいし、みんなノリが良いから気付けば知らない人と飲んでいることもあって、「大阪最高だなー」と思っていたんですよ。でも、新幹線で東京に帰り、最寄り駅のいつもの出入り口を出たら、「やっぱりここがいいな」と感じて。そのとき、もう「東京に慣れよう」という気持ちすらなくなり、ここにいることが当たり前になっているのだなと思いました。

 
麻布競馬場さんのデビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』。Twitterで14万イイネを獲得した連作ツイートの改題「3年4組のみんなへ」をはじめ、「地方と東京」をめぐる、20のストーリーが収められている。

「東京に出て何者かになる」というストーリーは廃れつつある?

東京出身の佐々木さんは、「東京に住んでいること」を意識することはありますか?

佐々木

特別な場所としての「東京」にいる感覚はないですね。そもそも東京の街がどんな風に見られているのかを知ったのは、大きくなってからでした。たとえば、「港区在住」はある種のステータスになるじゃないですか。あるいは、東京タワーは東京という街のシンボルのように語られますよね。

でも、小さいころはそういった場所に紐付く「意味」を知らなかった。東京タワーは生まれたころからそこにある景色の一つでしかないので、登ってみようとも、写真を撮ってみようとも思ったことはありません。

なるほど……。僕は地方出身なので、上京して東京タワーを見たとき「これがあの東京タワーか!」と思いましたが(笑)。

佐々木

そういう話はよく聞きます。でも東京出身である私は、成長してさまざまな小説や映画に触れる中で、「東京タワーって東京の象徴なんだな」とか、「代官山って憧れの街なんだな」といった形で「東京」を知ることになったんです。そして大学生になると、誰かを指して「高円寺で飲んでそう」とか「下北沢にいそう」とか言うようになりました。でも、大学生になるまでは、どんな街のイメージなんて気にしたことすらありませんでしたね。

麻布

それはおもしろいね。僕の印象だと、地方出身者は基本的にまず頭で「東京」を理解することになるんだよね。ドラマや小説などを通して、たとえば「渋谷は若者の街」と理解し、上京してからそれをたしかめにいくような。

……でも、それは単純に「こういう街なんだな」という理解をつくり上げていただけで、「憧れ」ではなかったかもしれない。僕と佐々木は少し世代が違うけど、小さいころのドラマで、かつてのトレンディードラマのように「東京で生きるキラキラした若者」を描き、東京への憧れを醸成するようなものはあまりなかったよね?

 

佐々木

うんうん。

麻布

だよね。どちらかと言えば、「自分らしく生きる」ことをメッセージにしているものが多かったように思う。フィクションだけじゃなくて、僕らはゆとり教育を受けて育った世代なので、学校でも「東京で勝負をして一等賞を目指すこと」よりも、「自分らしく生きること」が重要だと教えられていた。

だから実のところ、「地方で生きる若者が、必死に東京を目指す」といったストーリーに、少なくとも僕はあまりピンと来ない。先ほども言ったように、僕自身なんとなく東京に出てきたわけだから。

 

「東京」は、あなたに何もしてはくれない

なるほど。実はいまの20〜30代にとって、東京への憧れのようなものは薄れてきている?

佐々木

でも、「東京に出ればなんとかなる」と思って上京してくる人自体は、いまでも一定数いる印象があります。かつてのような「憧れ」とは違うかもしれませんが、実際、ほぼ手ぶら同然で東京に出てくる人はいますから。本当に何のアテもなく出てきて、「東京に来れば自分を変えられると思った」と。

でも、実際には「東京に出ればなんとかなる」なんてことはないと思うんですよ。たしかに、何かしらのチャンスは比較的たくさん転がっているかもしれませんが、それをつかめるかどうかはその人次第。本当のところ、街が何かをしてくれるなんてことはないと思います。

麻布

僕もそう思う。東京にはたくさんの機会があるだけであって、その機会を掴んだり、それを生かしたりするのは、その人の運や努力次第。僕もそうだけど、多くの人は大学入学のタイミングで東京に来るわけじゃない? その中には、「地元で通用していた」地方出身者たちも少なくないとは思う。ただ、地元で何が通用していたのかというと、結局は「頭の良さ」でしかないんじゃないかな。高校時代までは、ペーパーテストの点数さえ良ければ評価されたし、「通用している」と感じられた。

 

でも、大学生になってからは、それでは通用しないと。

麻布

はい。大学入学を機に上京してみると、急にそれ以外のスキルが求められるようになります。いわゆるコミュニケーション能力は、その代表的な例ですよね。ここが、いわゆる学歴至上主義の残酷なところだと思います。みんな、勉強すれば褒められるし、勉強さえしておけば「通用していた」はずなのに、大学に入った途端「勉強の時間は終わりです」と告げられることになる。

 

「何者かになりたい」と思っている時点で、何者にもなれない?

そう言われてみると、とても残酷な仕組みになっているのですね……。

佐々木

残酷ですよね。私が通っている慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス。総合政策学部と環境情報学部がある)でも、そういうしんどさを感じることが多い気がします。うちの大学では、学内で初対面の人に会ったとき、「何を勉強しているんですか?」からではなく、学外で何かしらの活動を行っていることを前提に「何をやっている人なんですか?」から始まるんです。私はそういう「何者かであること」を前提とするようなコミュニケーションは気持ち悪いと思ってるのですが、実際に「やりたいこと」をやっている人が少なくない環境ですから、そういったコミュニケーションが成り立つわけです。

でも、そんな環境であるがゆえに、主体的に行動できていない人は「何者にもなれていない」というコンプレックスを抱きやすい。大学は何でもできる場所です。だからこそ、やりたいことがなかったり、主体的に行動できなかったりすると、ただただ4年間を過ごして、学歴だけを手に入れて卒業してしまうことになってしまうのだと思います。

麻布

というか、そもそも「何者」という概念自体が曖昧だよね。「何者かになりたい」と思っている時点で、ゴールがわかっていないわけだから、結局どこにもたどり着けないのではないかと思う。

なぜ「何者かになりたい」あるいは「なれる」と思い込んでしまうかと言うと、これも結局、「やりたいことや突き抜けたものはないけれど、勉強はできた」がゆえに評価されてきたからだと思うんです。「勉強ができること」に対する評価がいつの間にか、自分という人間に対する漠然とした自信につながり、「きっといつかは何者かになれるはず」という思い込みを生んでいる。

でも、やりたいことやなりたいものがはっきりしなければ、努力の方向性もわからない。そうして、明確な指針を持って、主体的に「何か」に向けて努力をしている人たちに対するコンプレックスや焦りを抱くようになるのではないかと。

 

佐々木

SNSの影響も大きいと思う。SNSでさまざまなアクションを起こしている人を見て「自分も何かしなければ」と、企業でインターンをしてみたり、資格の勉強をしてみたりする。もちろん、それ自体は悪いことではないと思うけど、それが何のためになるのかわからないままやっているだけでは、結局何にもつながらないのではないかとも感じていて。「自分は何者かになるための努力をしているんだ」と感じるための、あるいはSNS上の誰かに対してアピールするための手段になってしまっては意味がないよね。

麻布

「とりあえずこれをやっておけばいい」と思えるような、思考を放棄するための手段がたくさんあるよね。いまの世の中は、「やっている感」を出すための仕組みであふれている。でも、「やっている感」を出しているだけでは、「何者か」にはなれないと思います。

 

お二人の「東京」に対する想いと、「東京」が生むさまざまな葛藤の内実に迫った前編はここまで。後編では、かつてよく耳にした「勝ち組/負け組」という言葉の現状や、「東京」を自分らしく生きていくための方法に迫ります。重要なのは「本当の自分」を求めず、「自分」を分割すること……? 後編もお楽しみに!

[取材・文]鷲尾 諒太郎 [撮影]高橋 団 [編集]小池 真幸