「貢ぐ」の裏にある、「誰かの物語に参加したい」欲望

たくさんの人が歌舞伎町に集まる理由はなんだと思いますか?

佐々木

よく言われるのは、多くの人にとっての居場所になっているということ。その理由は、「自分の物語」を生きられるからだと思っています。たとえば、ホストクラブでは、どんな人だってお金さえ払えば、その場所、その時間では主人公になれるわけです。

「日常から逃げているだけ」と思われるかもしれませんが、私はそうは思いません。どんな時間がその人にとっての「日常」か「非日常」かなんて、他人が決めることではないでしょう。

 

「物語の主人公としての自分」を生きるために、歌舞伎町に集まっていると。

佐々木

でも、最近は「主人公を応援するため」、言い換えれば、「誰かの物語に参加している自分」を生きるためにホストクラブに通っている人も増えている感覚があります。

これは個人的な印象ですが、ホストクラブに通っている女の子って、自分で選択をして来なかった人が多いんです。もちろん、すべての人がそうだとは言いませんが、ホストクラブのお客さんの特徴の一つと言ってもいいと思います。親に言われるがまま、なんとなく学校に行って、なんとなく就職してといったような。

そういった人たちからすると、より高い売上をあげるため、あるいはドラマや漫画でよくあるセリフですが、「てっぺんを取るため」に頑張っているホストたちはきらきらして見えるんですよね。常に戦っているホストたちのためにお金を使うことで、彼らの物語に参加できる気持ちになれる。

 

「自分の物語」を生きる必要なんてない

「自分の物語」にせよ「誰かの物語」にせよ、多くの人がドラマチックな物語の登場人物であることを求めているのは、なぜだと思いますか?

佐々木

「どう生きるか」を自由に選べるようになった反動だと思います。いまは以前ほど「偏差値の高い学校や、規模の大きな会社に入ることが正しい道だ」と言われることはないじゃないですか。

「個の時代」という言葉もありますが、それぞれがそれぞれらしく生きていくことが大事だと言われる時代になった。でも、それは言い換えれば「個としての価値」を発揮することを求められているということでもある。どこか、すべての個人が「特別な個」であることを期待されているような空気があると思うんです。

 

「特別な個」でならないような気がしているけど、自らに特別さやドラマチックさを見出だせない人たちが、ドラマチックな物語の登場人物となるべく、ホストクラブに通っていると。

佐々木

それに、「自己責任」から逃れられる場所であることも大きいと思います。ホストクラブに通うお客さんの中には、ホストから「学校を辞めた方がいい」と言われて辞める人もいるくらい、ホストに選択を委ねている人もいるんです。

やっぱり「選ぶ」って大変じゃないですか。それに、選択には責任がつきまといますよね。そういった面倒くささや責任から逃れるために、ホストクラブに通っている人もいると思います。

 

でも、選択を誰かに委ねることは、「自分の物語」を生きることを放棄してしまうことになってしまうのではないですか?

佐々木

それも一つの生き方だと思いますよ。すべての人が「自分の物語」を生きる必要なんてないんじゃないでしょうか? 自分で選択した学校や会社の文句や愚痴ばかり言っている人より、ホストに貢ぐために必死に働いている人の方がよっぽどかっこいいし、好きですね。

ホストクラブに通い始めたころ、ホストにすべてを捧げている人たちのことをうらやましく思っていました。なぜかと言うと、私は「すべてを捧げる」ほどハマりきっていなかったから。そんな自分を正当化するために、どこかで予防線を張っていた部分もあると思います。「私は社会学の研究をするために、ホストクラブに通っている。他の人たちとは違うんだ」と。すべてを捧げてホストクラブに通う人たちのまぶしさに、そういう浅ましさで対抗していたように思います。

 

ホストクラブにお金を落とすこと=「関係性」への課金

誰かを熱烈に応援することは「推す」と言われますよね。ホストに通うお客さんたちは、何を求めてホストを推すのでしょう?

佐々木

「関係性」ですね。ホストクラブのお客さんは人と人、あるいは男女としての関係を期待してホストを推し、お金を「貢ぐ」。だからこそ、恋愛関係になることを期待させる「色恋営業」が成り立つ。

つまり、多くのお客さんにとってホストに貢ぐお金は、関係性の維持費と言えるでしょう。「ホストクラブで、私と彼が織りなす物語」を維持するために、多額のお金を払っているわけです。

 

なるほど。

佐々木

それに、「私と彼の物語」を2倍楽しむための仕組みも用意されています。ホストクラブがホストにとってのステージだとすれば、そこは「ステージ上の彼」との関係を楽しむ場です。

でも、ホストに会えるのはホストクラブだけではない。一人の男としての彼に会える仕組みも用意されていて、それが「店外デート」です。ホストにハマっている人の多くは、ステージの上と下、どちらも合わせて「私と彼の物語」として楽しみたいと考えているんです。

 

SNSがホストクラブへの需要を拡大した?

『週刊SPA!』の連載「ぴえん世代の社会学」では、歌舞伎町やホストクラブにハマる佐々木さんの同世代、つまりはZ世代(1990年代後半から2010年代前半に生まれた世代)の姿が描かれています。これまでのお話を聞いていて意外に思ったのが、Z世代の若者たちもホストクラブに通っているということ。というのも、その世代はSNSを活用することで、「自分の物語」の主人公として生きている感覚を強く持っているイメージがあったからです。

佐々木

むしろ、SNSはホストクラブに対する需要を上げたと思っています。なぜならば、より多くの人に「私と彼の物語」を発信し、承認してもらうきっかけになっているから。かつて、ホストクラブのお客さんはホストクラブの中で主人公になったり、誰かのサクセスストーリーの主要な登場人物になったりすることはあっても、そのことを発信することはできませんでした。

でも、SNSを使えば、ホストクラブの中で主人公となっている自分自身や、自分が推しているホストの物語を発信し「いいね」がもらえるわけです。このことがSNSに慣れたZ世代と、ドラマチックな物語が繰り広げられるホストクラブを強く結びつけているのだと思います。

 

自分自身がホストクラブに通ってどれだけお金を使ったか、ではなく、推しているホストの物語を発信する人も多いんですか?

佐々木

そうですね。ホストクラブにおける主人公が、お客さんからホストに変わったとも言えるかもしれません。先ほどお話ししたように、ホストクラブに通うお客さんの多くは、物語の主人公になることではなく、「誰かの物語に参加している自分」を求めている。

SNSで「私しか知らない彼のストーリー」を発信することは、深い関係性をアピールすることにもなるじゃないですか。ホストからサービスを受けてチヤホヤされるためではなく、「誰かの物語に参加している自分の物語」を発信し、強化するためにお金を使っている人も少なくないと思います。

 

メディアが語る「Z世代の特徴」は、上の世代から押し付けられたもの

SNSの使用頻度が高いことはZ世代の特徴の一つとされていますよね。社会的な活動に積極的に取り組むことや、ダイバーシティやサスティナビリティといった価値に重きを置くことも特徴だと言われています。

一方「ぴえん世代の社会学」には「いいね」の数や、お金といった極めて具体的なものにしか価値を見出だせないZ世代が登場します。

佐々木

価値観が多様化して、「なんでもあり」になったのがZ世代だと思うんです。メディアで言われているような「環境問題や社会問題に強い関心を持っている」Z世代の姿は、あくまで一つの側面でしかない。

では、なぜそれが「Z世代の特徴」と言われるようになったかと言うと、上の世代が「Z世代の特徴ってこうだよね」と規定しないと、理解できないからではないかと。でも、結局は理解したつもりになっているだけ。そして、価値観が多様になったからこそ、「数字」のような具体的なものが重視されているのだと思います。

 

どういうことでしょう?

佐々木

数字でしか自分の「推し」のよさやすごさを説明できないことがあるんですよ。たとえば、ホストクラブのことをあまり知らない人に、推しているホストのすごさを説明することって難しい。でも、「年間1億円売り上げた」と言えば、なんとなくそのすごさが伝わるじゃないですか。

「Z世代は、ジェンダーの問題や環境問題に関心が強い」なんて、上の世代に押し付けられたイメージにすぎません。本当のZ世代の姿は、もっと多様なもの。だからこそ、誰にでも分かりやすい数字が共通言語になるんです。

 

そんなZ世代の一人である佐々木さんは、歌舞伎町の研究にどんな価値を見出しているのですか?

佐々木

歌舞伎町にはその時代々々の男性性、女性性が色濃く現れる。だから、この街を深く研究することは、日本のジェンダー観を紐解くことにもつながると考えています。夜の街を通して、社会的な問題に示唆を提供するような研究をしていきたいですね。

これからもライターとしてしっかりとお金を稼ぎつつ、歌舞伎町で遊びながら、その経験を研究成果に落とし込んでいきたい。そして、やがてはアカデミックな分野にお金を還元していきたいと思っています。私がやっているような研究って、なかなか予算が付きにくいんですよ。だから、ある程度のお金を稼いで、研究支援にも取り組むことが現時点の夢ですね。

 

[取材・文]鷲尾 諒太郎 [撮影]須古 恵 [編集]小池 真幸