「そういうことか!」はどう生まれる?

完成させることではなく、図を描きながら考えるプロセスが大切だと前編で伺いました。その中で、「そういうことか!」と腑に落ちる瞬間があります。あれは、ひらめきや直感なのでしょうか。

平井

図で考えることは論理的な思考を助けますが、直感や感性にも深く関わっていると思っています。

 

図を描くことと、直感や感性はどう結びつくのでしょう。

平井

図でイメージ化するのは、抽象化することなんですね。抽象化して物事の構造や法則を捉えると、アナロジーが効くんです。

 

アナロジー?

平井

何かをもとに、別の事柄との類似性から考えることです。「あれ、これとこれって似ているな」と思うことがありますよね。「昔失敗したときと同じ構図になっているから気をつけよう」といった個人的な経験も、アナロジーです。

それは企業でも同じです。たとえばPC業界では、メーカーがすべてを自社でつくる「縦型」の構造から、部品メーカーが分業する「横型」の構造へ変わりました。マーケットが成熟して規模の経済が効きはじめると、インターフェースの標準化が進んでそうした変化が起きるんです。

PC業界で起きた構造変化を理解していると、「ではEV業界ではどう立ち振る舞えばいいだろう」と考えるヒントになります。図で考えると物事が抽象化され、本質的な構造が見えやすくなる。だからアナロジーが効くんです。

 

「そういうことか!」は新しい知識が増えた瞬間ではなく、アナロジーも手掛かりに深層構造が見えた瞬間なんですね。

平井

そうです。「アナロジーが効く」のは、人間の脳の構造によるものかもしれません。

心理学では、人間が厳密な論理構築をせずに答えへ近づく認知の働きを「ヒューリスティック」と呼びます。図で考えることは、その働きとも相性がいいんです。だから「そういうことか!」という気づきが生まれやすい。大切なのは印象的な言葉を探すことではなく、物事の本質的な構造や変化のダイナミズムを捉えることなんですね。

 

AIでは代替しにくい、人間の思考

生成AIもアナロジーのようなことはします。人間との違いはどこにあるのでしょうか。

平井

AIは情報を整理したり、確率的にもっともらしいパターンを見つけたりすることが非常に得意ですよね。よく言われるのは、AIは既にある情報をもとに答えを導く「内挿」が得意で、何も土台がないところから新しい発想を生み出す「外挿」は、まだ人間のほうが得意ではないかということです。

今後はわかりませんが、抽象化したり概念を扱ったりして新しい仮説を考えることは、まだ人間の強みと言えるのではないでしょうか。

 

平井さんは、お話をしながらどんどん図を描いていきますよね。手描きすることにも意味があるのでしょうか。

平井

あると思います。図は丸や四角だけではありません。私は単語や短い文章も一緒に書き込みます。言葉と図を組み合わせることで、思考のモジュールになるんです。

これは私のITリテラシーのせいかもしれませんが、ペンを使うことには手応えとスピード感があって、メモや図を描き出すハードルが低いと感じます。そして一度見える化すると、それは私にとって「知恵の塊」になるので、後から見返すと、その図をきっかけに思考がもう一度動きはじめるんです。

 

知恵の塊ですか。

平井

たとえば新しい本を書くとき、最初から全体像が決まっているわけではありませんよね。そういうとき、最初からピラミッドで整理しようとすることもあります。でも、それでは本質的なことを見逃してしまうかもしれません。だから丸や四角を使って「いや、こうだよね」とやるわけです。これが考える土台になって、ある程度決まったら思考として定着していくんです。

 
平井さんの手描きの概念図。

図を描きながら、抽象化していく

テキストチャットに慣れているせいか、手描きのメモがうまくできません。

平井

いざ、白い紙に向かった瞬間、最初は多分固まりますよね。でもそれを超えてやっていかない限り、身につきません。

 

『13歳からの図で考える問題解決』で紹介されている「田の字」は、とてもわかりやすいと思います。でも自分で「田の字」を考えるとなると、「2つの軸を何にしよう?」が難しい。

平井

難しいんですよ。

 

難しいなりに慣れていくために、コツはあるんでしょうか。

平井

そうですね。特別な近道はありません。私自身も、これらを一人で思いついたわけではないんです。MBA留学時代の勉強やコンサルティングの現場など、さまざまなところで学び、使い続ける中で身につけてきました。

今でも、「どの2軸で考えようか」と悩むことはよくあります。学生の相談を受けるときも、一緒に「ああでもない、こうでもない」と考えます。0.5秒で「これとこれだよね」となるわけじゃないですからね。

 

図を描いたり消したりしながら。

平井

そうですね。まず描いて、つないでみて、消して、グルーピングしてみる。そういうことを繰り返します。そのプロセスの中で、物事の共通点が見えてくるんです。

 

グルーピングすることが、抽象化なんですね。

平井

そうです。たとえばリンゴやバナナ、ブドウを見て、「果物」という一つの概念で捉える。それが抽象化です。一朝一夕とはいかないんですが、やってみる。そういうことを反復しながら、思考をクリアにしていくことが大事です。

 
平井さんの留学時代のノート。講義の大事なところを書き留め、絶対に理解したい部分は3枚にまとめていた。

白い紙に向かって、問題解決を考える

思考の型みたいなものって、トレンドがありますよね。本質的にはそれほど変わらないんでしょうか。

平井

現象の裏側にある構造と因果を読み解いたとき、本当にやるべきことが見えてきます。これは不変だと思います。だから型そのものが大事なのではなく、その時々の状況に合わせて使えばいいんです。実は、ごっちゃでもいいんですよ。

 

ごっちゃでもいいんですか?

平井

はい。白い紙の上で、言葉も丸も四角も矢印も、何でも使いながら考えてみる。それが概念図で考えるということです。そうやって「ああ、こういうことか!」とわかることが、本質だと思っています。

 

つまり、答えを待つのではなく、自分から考え始めることが大切なんですね。

平井

そうですね。何もないところから、図や言葉を使って考えてみる。問題解決でもいいし、新しいアイデアでもいい。与えられた状況に受け身で反応するのではなく、自分から主体的に考えていくことが大事なんだと思います。

 

自分の頭を使って考える時間が大切なんですね。でも今は、生成AIがすぐ答えを返してくれる時代です。「自分で考えるより聞いた方が早い」となってしまう人も増えそうです。

平井

自分で考えようとぜずに「面倒だからAIに聞けばいい」が増えると、思考力が弱まる可能性はありますね。AIは便利ですが、便利がゆえに、意識的に自分の頭を訓練しないといけない時代でもあると思います。

 

AI時代だからこそ、自分の頭で考えることには意味があるのでしょうか。

平井

そう思います。自分は何を目指すのか、そのためには何をすればいいのか。それを明らかにするためには、物事の構造や因果を理解することが欠かせません。

そうした考え方が身につくと、自分自身の問題解決だけでなく別の場面でもアナロジーが働きますし、周りの人にも新しい視点を提供できるようになります。この考え方は、多くの人が身につけて損はないものだと考えています。

 
平井さんの著書『13歳からの図で考える問題解決』(東洋経済新報社)。「おでん図」「田の字」 「ループ図」「ピラミッド」を使って、ものごとを整理する力を身につけられる超入門編の一冊。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子