【後編】加藤 公一(はむかず)
AIが効率化しても、仕事が終わらない理由
コミュニケーションはコストなのか
2026.05.28
便利になっているのに、なぜ仕事は増え続けるのか。
AIによって仕事が自動化され、「人間は働かなくてよくなる」と言われることがあります。しかし実際には、コンピュータやインターネットが普及したあとも、人間の仕事はなくなりませんでした。むしろ、メール返信・資料作成・SNS運用・オンライン会議など、以前は存在しなかった仕事が増えています。
なぜテクノロジーは人間を楽にするどころか、逆に仕事を増やしているのでしょうか。
前編では、AIによって「仕事の構造」が変化していることについて、機械学習研究者の加藤公一さん(通称:はむかず)に伺いました。後編では、「なぜテクノロジーは仕事を増やしてしまうのか」「AI時代、人間は何を学ぶべきなのか」というテーマについて話を伺います。
( POINT! )
- テクノロジーで仕事の「余白」が減り密度が上がった
- AIで効率化しても「確認」の仕事は残る
- AIは「コミュニケーションコスト」を削減
- 人間同士のコミュニケーションはなくならない
- 均一化より、個別性や目的意識が重要
- 「もっとできる」の選択肢が増えている
- 「深く理解」「疑う態度」が大事

加藤 公一(はむかず)
東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻博士課程終了。博士(情報理工学博士)。現在はみずほ証券でデータ分析にかかわる業務に従事。著書に『機械学習のエッセンス』(SBクリエイティブ)、『Pythonで理解する線形代数の基礎』(技術評論社)。通称はむかず
テクノロジーは仕事を減らすのか、増やすのか
インターネットやAIによって仕事は効率化されています。でも逆に、「時間がない」という人は増えている気がします。

はむかず
それはありますね。僕はソフトウェア業界のことしか知りませんが、たとえば昔はコンパイラを実行して、終わるまでに1時間ぐらいかかってました。その時間は余白みたいなものなので、コーヒーを飲みながら同僚と雑談して、みたいな世界があったんですよ。
それが2000年頃には一瞬で終わるようになって、次から次へとコードを書かなきゃいけなくなりました。今はどうなってるかというと、AIが次から次へとコードを書いてくれます。それで人間は何もしなくていいわけではなくて、次から次へとチェックしなきゃいけない。そういうプレッシャーが増えている可能性はありますね。
世の中が競争原理で動いていて、連絡も仕事も「いつでもできる」状態になっています。隙間時間も休んでる場合じゃない、頭を使って活用しなきゃいけない、となっているところはありますね。それで辛くなるというのは、わりと最近の流れだと思います。
扱う情報量が増えているし、AIがすごい速さで生成してくれる時代です。何もしないことは「機会損失」と感じられるのでは。

はむかず
そうですね。仕事が減る人もいるし職を失う人もいるんだけど、忙しい人はさらに忙しくなっている感じだと思います。今ソフトウェアの話をしてますけど、他の産業も大体そうなんじゃないかなと。流通業界とかも。なんでも効率化されているので、昔あったタバコ吸いながらちょっと休憩みたいな時間もなくなってるんじゃないかな。
減ってると思います。インターネットで大きなデータが送れない時代は、「バイク便を待つ」時間もありました。1つ仕事を終えてホッとして、「待つしかできない」時間を過ごす。そういうことが減りました。

はむかず
今の世の中ではワークライフバランスが重要だと言われています。できるだけ残業しないようにするとか子どもが小さいから1日4時間の時短勤務しようとか、そういう流れがあります。それはAIが実用化された世界と相性がいいんだけど、短時間で密度が濃い仕事ができてしまうことでもあります。多分ストレスはこれまで以上に大きくなっているんですよね。
AIで減る「コミュニケーションコスト」。でも、必要なものは
AIは他のテクノロジーと同様に、加速しすぎてしまう面もあるということですね。

はむかず
もちろん仕事を楽にしてくれる面も大きいです。単純にAIの生成スピードが速いという話だけではなく、コミュニケーションコストがかからないことでも効率がよくなっています。たとえば、昔だったらちょっとしたツールを作るにも、外注先のエンジニアに依頼して仕様書を書いて打ち合わせをするといった流れが必要でした。何回かやり取りを往復して、「ちゃんと伝わっているか」を確認する。誤解があれば、また打ち合わせをする。
でも今はAIに「こういうことをしたい」と自然言語で伝えるだけで、ある程度動くものが出てきます。そこでも人間のエンジニアに依頼するのと同様の試行錯誤はあるんですが、仕事のサイクルをすごく短くできるんですね。そして、契約書もいらないわけです。
やり取りが簡略化できるだけじゃなく、心理的なコストも下がりますよね。人間が相手だと、「この言い方ではパワハラに当たるのでは?」と空気を読んだり、タイミングにも気を使ったりする必要があります。

はむかず
そうです。さらに、仕事を依頼した相手が様々な理由で飛んでしまうリスクもあるんですよね。
コミュニケーションはコストでもあり、必要なものでもありますよね。クライアントに話を聞いて隠れたニーズを見つけたり、整理されていない情報を集めてまとめたりするには、まだ人間によるコミュニケーションが必要だと思います。

はむかず
前編でも話が出ましたが、「機械の気持ちがわかる人」もお客さんの話を聞いて整理できる「人間の気持ちがわかる人」も必要なんですよね。
もう少し話を広げると、物理世界での仕事はAIから奪われにくいですね。単純な流通はそのうちロボットが配達することがあるかもしれないけど、何かを届けながらそれぞれの関係性を維持していくような仕事はなくならないだろうと思います。
産業革命以降の近代化って、人を均一にしていちいち話さなくても済むようにする技術が多いですよね。でも、効率化が進んだことで逆に人の「個別性」が大事になってくるのは面白いです。

はむかず
そういう意味でいうと、均一化とは逆の方向には進んでいると思います。つまり、隣の人と同じ仕事をしていれば同じお金をもらえる、という世界とは別の方向に向かっている気がします。みんなが均一であるということは、他の人でもAIでも置き換えやすいということなので。
AIは平均的なことはかなり得意なんです。でも、「何を目指すのか」とか、「何が面白いと思うのか」は、人によってかなり違う。だから逆に、人間側の偏りや目的意識が重要になっている感じはあります。
AIで速くなる。それで人間は楽になる?
AIで効率化を進められることで、関わる人間が減っていることもありますね。

はむかず
集まらなくてもいい環境があるので、フリーランスのような形で1人で働く人も増えましたね。インターネットにプラスして、AIによる影響もあると思います。
最近書いた『Pythonで理解する線形代数の基礎』という本では、図版作成がAIによってかなり楽になりました。前著では、数学の記号やベクトル図形の表現をデザイナーさんにお願いしたのですが、修正のやり取りが大変でした。今回はAIが書いたTikZ(LaTeX *1で図形を描画するための機能)のコードを自分で修正することで、何時間もかかっていた作業をかなり短縮できました。猫のイラストも、実家の猫の写真を使ってGeminiが生成したものです。
仕事が楽になったということですね。ただAIを使って自分でできることが増えて、結果的に忙しくなるケースもありそうです。

はむかず
楽にはなっているけど、その分「もっとできる」という選択肢も増えるんですよね。AIって人間を暇にしてくれるというより、「人間の欲望を拡張する」側面がある気がします。
コードだけじゃなく、絵もデザインも文章もAIが生成してくれる時代です。1人でできることは増えましたが、その品質を確認するのも結局人間ですよね。特に自分が詳しい分野だと、「AIってかなり適当だな」と感じることもあります。

はむかず
ありますね。AIって、かなり自然なものを作れるんですよ。でも、「本当に大丈夫か」を判断するには、やっぱり知識が必要。だから、詳しい人が確認しないと危ない場面はまだ多いと思います。
一方で、詳しくない分野だとAIの答えを鵜呑みにしてしまうことがあります。AIと人間の理解って、どう違うんでしょうか。

はむかず
そうですね。物事を理解するメカニズム自体は、人間の脳とAIでは全然違うと思います。ただ、「AIはどうせ表面的なことしかわかってないでしょ」と言われると、それもまた単純ではないんですよね。
人間だって、実は表面的にしか理解していないことが結構あるんですよ。全部を厳密に理解して会話したり判断したりしているわけではない。だからこそ、ある種の場面ではAIが人間に勝ててしまうこともあるんだと思います。
仕事でも学生のレポートでも、AIを使う場面が増えています。専門外の分野でAIを利用するとき、内容を鵜呑みにしないためにはどんな点に気をつけるべきでしょうか。

はむかず
簡単に納得しないことが大事だと思います。「AIが言ってるんだから」みたいに過信しないこと。すべて疑ったほうがいいです。
疑うための知識を身につけるとしたら、数学・物理が重要でしょうか。

はむかず
自分が数学科出身なので、そういう意味では数学の価値が上がるんじゃないかというふうに期待はしています。でもそれは個人のモチベーションの問題なので、そこに限らず「これが面白い」って思うものを突き詰めることが大事なんじゃないかなという気がしています。表面的な理解だったら、すべての分野でAIに勝てないわけです。
だからこそ、興味がある分野を深く知ることと、ちゃんと疑う態度はとても大事だと思います。
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- 数式や技術文書の作成に特化した、オープンソースの文書組版システム
- ※2:
- 図形や画像に「平行移動」「回転」「拡大・縮小」「せん断(歪ませ)」を行う幾何学的な操作
[取材・文]樋口 かおる

