【後編】藤原 慶×大澤 博隆×柞刈 湯葉
AI、鏡像生命…。「他者」に会って人間はどう変わる?
10年後、人工生命に会える!?
2025.12.25
すべてが反転した鏡像生命とは、人類が初めて出会う「他者」。見た目はそっくりながら、まったく別の系統に属する新しい生命です。
SFの道具立てのようですが、現実は物語の世界に追いつきつつあります。「人工生命」を生み出すうえで問題になるのは、技術そのものだけではありません。「生命」や「知性」をどこに見出すかの線引きも重要です。
前編に続き、書籍『鏡の国の生き物をつくる』の監修者で科学者の藤原慶さんと大澤博隆さん、SF作家の柞刈(いすかり)湯葉さんにお話いただきました。
テクノロジーの進歩とともに歩んできた私たち、人間としてのあり方も変化しているのでしょうか。また、人工知能や鏡像生命という新しい存在に出会うことで、どのような影響を受けるのでしょうか。
生命と人間。“境界”を考える後編です。
( POINT! )
- 人工生命が10年以内に登場の可能性
- 実現すると「生命」のハードルが上がる現象
- “見た目が違う”だけでは「新しい生命」と呼べない
- 鏡像生命はの実現には10〜30年
- 鏡像人類は“人類が初めて出会う他者”となる
- テクノロジーは価値観や社会規範を変える
- 科学を動かすのはベネフィットではなく“好奇心”

藤原 慶
慶應義塾大学理工学部生命情報学科 准教授。合成生物学/人工細胞工学の研究者。『人工細胞の創製とその応用』(シーエムシー出版)共著、ジェイミー・A・デイヴィス『合成生物学 人が多様な生物を生み出す未来』(ニュートン新書)監訳など。『鏡の国の生き物をつくる SFで踏み出す鏡像生命学の世界』(日刊工業新聞社)監修・著。

大澤 博隆
慶應義塾大学 サイエンスフィクション研究開発・実装センター所長。ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)、人工知能、SFプロトタイピングの研究に幅広く従事。2022年から2年間、第二十一代日本SF作家クラブ会長を務める。『AIを生んだ100のSF』(ハヤカワ新書)など著書・編著多数。『鏡の国の生き物をつくる SFで踏み出す鏡像生命学の世界』(日刊工業新聞社)監修。

柞刈(いすかり) 湯葉
小説家・漫画原作者。大学の研究職(生物学系)を経て、2016年に『横浜駅SF』でカクヨムWeb小説コンテストSF部門大賞を受賞しデビュー。『まず牛を球とします。』(河出書房新社)、漫画『ぬのさんぽ』(ジャンプTOON)原作など。株式会社LIXIL「未来共創計画」などSFプロトタイピングにも複数参加。『鏡の国の生き物をつくる SFで踏み出す鏡像生命学の世界』(日刊工業新聞社)著。
細胞版フランケンシュタイン。人工生命はいつ生まれる?
私たちはいつ人工生命に出会えるのでしょう。

藤原
1年以内にできると言っている人たちもいますが、私たちは10年くらいかかると考えています。
思ったより近い未来です。どんな感じで生み出すんですか?

藤原
1回死んだものを使うんですよ。たとえば大腸菌などの集団をすりつぶして、無傷のゲノムDNAも入れてもう1回綺麗な膜で包んであげるんです。それで元の細胞に戻るんじゃないかという研究で、ドラクエのザオラル(*1)とか細胞版フランケンシュタインと呼ばれることもあります。

柞刈
復活しても、「元々死んでなかったんじゃない?」というツッコミが入りますよね。

藤原
そうなんですよ。1年以内にできるという人たちは、そこをどう区別するつもりなのか知りたいところです。実際にできたとして、今度はおそらく「つくれたものは生命じゃなかったね」という問題が出てきます。

柞刈
AIもずっとそんな感じのことやってましたね。実現したらもうAIじゃないっていう。
どういうことですか?

柞刈
昔の人は「チェスを指せたらAI」と思ってたらしいんですけど、実際にチェスでプロに勝てるAIが出てきたら、「棋譜を計算してるだけで、知能じゃない」と言われるようになったらしいんですよ。

大澤
人間のプライドの問題ですね。昔は計算は人間しかできないことだったから、人間のプライドの根拠だったんですよね。コンピュータができて計算するようになると「計算するだけじゃ賢くはないでしょ。人間はチェスみたいな難しいゲームができるから賢い」って話になって。チェスもできるようになると「チェスはそんなに難しい課題じゃないので」っていう話が繰り返されていくような。

藤原
生き物版も同じことが起きそうですが、もう1つ問題がありまして。今いる存在をつくっても、「新しい生命をつくったわけではない」とされてしまうことがあります。
ポケモンみたいに見た目も新しい生き物だったら「人工生命」になりますか?

藤原
昔の人はそう思ってたんですけど、今は遺伝子組み替えで光るゼブラフィッシュみたいなものも簡単につくれるようになりました。するとそれは既にできてるものであって、「人工生命」とは呼ばないという考えになってます。
鏡像人類は人類が初めて出会う他者
なるほど。鏡像生命は分子レベルで今地球上にない生き物なので、「人工生命」ですね。鏡像生命はいつ実現するのでしょう。

藤原
鏡像生命は10年から30年ぐらいかかるというのが大方の見方です。
まず、分子から生命そのものをつくる技術が立ち上がらないと鏡像生命はつくれません。そのうえで、分子1個1個を鏡写しの形にしたものをつくっていきます。今の生物の部品を集めるには今の生命から取ればいいんですが、鏡像生命の場合はすべて有機合成でつくらなきゃいけない。細胞をつくるまでに10年、鏡像の部品を集めるのに20年、合わせて30年といったところです。
鏡像人類が生まれたとき、社会はどのように変わるでしょうか。

柞刈
技術的に可能になった後の話ですね。たとえば今既にゲノム編集の技術はあって、人間に使っていいか議論されています。2018年には中国の研究者がゲノム編集した双子を生み出したことがニュースになりました。技術があれば使われることはありえるので、それで生まれちゃった鏡像の人をどう扱えばいいのかという問題はいずれ生じてきます。
最初は1人しかいないから、子孫はできません。そういう人間を社会に1人ポツンと置くことになりますが、そんなことやっていいのかという問題がまずは生じるだろうと思われます。
人間がつくった生命であるとわかっていたら、「本物の人間じゃない」みたいな意識も生まれるかもしれませんね。

柞刈
それは確実にあるだろうと思います。人類って何万年かさかのぼればみんなアフリカにいたのに、いつごろ日本に来たかによって区別されることもあるわけじゃないですか。数万年レベルでもそうなんだから、それが40億年レベルになったらもっと絶対的な断絶にはなるでしょうね。

藤原
鏡像人類は知能レベルも見た目も同じなので、もちろん会話もできます。最近生成AIに愛着を持つ人がいるように、親しみを持つ人も出てくるだろうと思います。ただ、「つくられた」という自覚を持って育つことによる影響はあるかもしれないですね。
鉄腕アトムみたいに。

柞刈
天馬博士は息子の代わりにアトムをつくったけど、成長しないからってサーカスに売ってしまうんですよね。
技術の進歩は人間をどう変える?
『鏡の国の生き物をつくる』では鏡像生命をテーマにSF小説が書かれてます。科学を物語にすることにはどんな意味がありますか?

大澤
まず読んでわかりやすく、面白くなる点。たとえば新しい技術によって仕事を失ってしまう人が出てくるとします。そういう困った条件を考えることで、未来にどんな技術や制度が必要とされるかの議論を促してくれる点もあります。もう1つは、違った価値観の人に気づきやすい点。未来の幸せについても今の価値観で考えてしまいがちですが、未来の人は全然違う価値観になっているかもしれません。物語の前提にそうしたものを置いておくことで、思考を展開しやすくなります。
大澤さんは“SFは「人間が描けている」ことを要求しない”と書いていますが、どういう意味でしょう。

柞刈
共感させなくてもいいってことですかね。

大澤
そうですね。正確に言えば「人間」を描いてもいいんだけど、今の人類である必要は必ずしもない。今の読者からすると理解不能でも、論理が通っていたり、展開が面白いことで成立する。SFのフォーマットは、その点が自由だなと感じます。
今と未来の人間では環境が違いますよね。私たちは近代、インターネットやAIという変化に立ち会ってきました。科学の進歩で人間自体も変わると思いますか?

大澤
生物としての人の持つ悩みはあまり変わらないのかなと思います。一方で、社会規範はけっこう変わりますよね。結婚して子どもを持つという家族の形が当たり前ではなくなってきたし、ロボットペットと暮らすようなことも受容されています。SFはそういう変化を書けます。

柞刈
ここ十数年の変化として、「距離的な別れ」というものがなくなってるんじゃないでしょうか。高校から大学進学でみんなバラバラになったけど、メールやスマホのおかげで「お別れ」という感じはあまりしませんでした。今はカップルが別れるのは大体精神が離れたときなんで、昔のラブソングによくある「好き同士なのに別れる」という状況にもピンと来なくて。それは技術の発達に伴う価値観の変化ですよね。火星と地球に住むようなことになれば、また距離による別れが生まれるのかなと思いますが。
鏡像生命は人間にとって大きな変化だと思います。藤原さんのモチベーションはどのようなところにあるのでしょうか。

藤原
大きなモチベーションとして、鏡像生命という新しい生命を本当につくれるのかという純粋な好奇心があります。生命の設計図を知るために今いる生命を組み上げて研究していますが、その答え合わせは鏡像生命でできます。
実際に上がってくる科学技術からはスピンオフ的な使い方がたくさん生まれますし、社会や人のあり方にも影響を与えるでしょう。ただ、私たちはベネフィット感ではなく科学的興味でやっています。だからこそ、多くの人が「異星人をつくれそうな現実」に興味を持ってくれたらうれしいですね。
- ※1:
- 主に『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する蘇生の呪文。
[取材・文]樋口 かおる

