
【後編】花田 菜々子
ちょっとしたことを構えずに話せる距離感
「お互いにとっていい関係」を作るには
2025.02.20
花田菜々子さんが運営する、東京・高円寺の小さな書店「蟹ブックス」。そこでは花田さんのほか漫画家やライターが店番をしていたり、執筆していたり。ゆるやかではあるけれど、お互いにとってメリットがあるような仕組みが生まれています。
誰かがいると、いいことも面倒なこともあります。店番をやってもらえば店の運営が助かるし、単純に「ここ抑えてて」と頼んだり、ちょっとした不安を共有して安心できたりも。面倒なことにならないために対価を細かく設定する方法もありますが、お金だけではない部分で自然と協力できるなら、もっとよい関係性ができるかもしれませんよね。
知らない人に一対一で本をおすすめする時の距離感と、ある程度親しい関係性で心地よく感じる距離感は、どんなふうに違うのでしょうか。前編に続き、花田さんに伺います。
( POINT! )
- 個性的な人が働く場を作ろうとはしていない
- 短期的な利益より長く続けられることを
- お互いにとっていい関係
- どんな場所が合うかは人それぞれ
- 構えずに話せる距離感
- まず、自分がいいなと思う場を作る

花田 菜々子
ヴィレッジヴァンガード、パン屋の本屋、HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEほか多数の書店に勤めた流浪の書店員。著書に『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』(ともに河出書房新社)、『モヤ対談』(小学館)などがある。2022年9月、高円寺に「蟹ブックス」を開店。
2022年、高円寺で「蟹ブックス」オープン
店長をしていた書店が閉店したタイミングで独立し、蟹ブックスをオープンさせたんですよね。花田さんは経営の知識をいつ身に付けたんですか?

花田
全然身に付けてないです(笑)。
独立系書店の経営は厳しいと聞くので、「蟹ブックス」をしっかり運営されていてすごいと感じます。本のおすすめもしていて分析力もあるんだろうなとか。

花田
なるほど。やはり経営センスは「ない」という答えになりますが、書店経験は20年くらいあって店長をやったり新しい業態や新店の準備をしたりする機会もあったので、経験は人よりあると思います。
白紙の状態から蟹ブックスを起こしてるわけではなくて。ああいう店だとこういう感じで、こんな店ならこういうふうにというベースが自分のなかに出来上がっているので、経験の分は楽にすすめられているところもあるかなと思いますね。
店番の予定がInstagramでわかるし、様々な方の個性が生かされていますよね。どうしたらそんな組織ができるのでしょう。

花田
蟹ブックスを「組織」としては捉えていないので、むずかしい質問です。個性的な人が働ける場を作ろうという発想からはスタートしていないので。

店番をしながらサイン会
そうなんですね。最初はシェアオフィスのような感じで、デザインの仕事をしながら店番もする人がいたり。それから変わったんですよね。

花田
そうですね、オープンのときにいたメンバーはそれぞれ辞めてしまったので、彼女たちが辞めると聞いたときはもちろん哀しかったですけど、永遠にいてほしいと思ってたわけじゃないし想定はしてました。そこから元々よく店に来ていたphaさんが週1で店番に入ってくれるようになって、月1で店番してくれる人があと3人います。
みんな漫画家だったりライターだったりなんですけど、お互いにとっていい関係になっているのかなと思います。それぞれの新刊が出たときは「店番の日にサイン会みたいにしてもいいですか」と企画を提案してくれることも。大人というか自立しているので楽だし、ここをうまく使ってくれたらいいなという気持ちもあります。
いい循環ですね。うまく回るようになるまで、大変ではありませんでしたか?

花田
最初は業務を覚えてもらうのに時間がかかったり自分がいないときのトラブル対策を考えたりしたんですけど、今のところそこまで大きな問題だと感じたことはないですね。
払うお金に関しても、1日の売り上げで考えると赤字になってるかなというときも正直あるんですけど、 あまり短いスパンで考えすぎず長く捉えようと思ってます。短期的な利益よりも、この場がどうやったら居心地がよくなって、自分がどうしたらもっと働きやすく楽しく蟹ブックスを続けていけるかというふうに考えてますね。

「好きなこと」を仕事にしているのかなと思いますが、世の中には「仕事とは対価のために好きじゃやないことをやるもの」という考え方もありますよね。

花田
その2つは対立するものではなく、「好きなことをやりぬくためには好きじゃないことも死ぬほどやらなければならないし、戦ったりもしないとならない」ことがあるのかなと思います。私の場合は「それしかできな過ぎる」という問題でもありますけど。
私にとっては毎日オフィスで働くのはとても辛いことだけど、事務仕事が向いている人も企業で課題を与えられて働くことが向いている人もいて、いろんな個性がありますよね。「仕事とは辛い場所で働かなくてはいけないものだ」と考えている人がいるとしたら、解像度がまだ粗いのかもしれません。
働きたくないのに「正社員にならなくては」と苦しんでいる人もいます。

花田
「◯◯すればすべてがうまくいく」と思い込んでいる人もいますよね。冷静になって考えればそんなはずはないってわかる。もしくは目標を達成して「あれ、思ってたのと違うぞ」と気づいて、人生が動いていく。解像度が粗いままだと、世の中がちゃんと見えてない状態なんじゃないでしょうか。

たわいないことも気軽に話せる距離感
蟹ブックスを続けていくために、どんなことが大切だと思いますか?

花田
基本的には、自分がこういうものがいいと思うことを粛々と進めていく以外にはないのかなと思います。会社員を辞めて自分の店をはじめるとき、とにかくお金をたくさん稼がなきゃいけないし、1円でも取りこぼさないようにしなければみたいな気持ちがありました。でも実際やってみると、お金がより儲かるプランAとそこそこ儲かるプランBがあったら、けっこうプランBを選択することが多いんですね。
プランAとBの違いはどんなものですか?

花田
このイベントだったら5,000円でも埋まるかもしれないけどそれはちょっとできないとか、ゆったり座れるようにしようとか。自分のなかで納得がいく答えになるように。そういうことを考えることが増えましたね。
店番の人たちも、効率的にお金を稼ぎたいからやっているわけではないですよね。どんな関係性なんでしょう。

花田
私が経営してる店ですけど、たとえばphaさんにはphaさんの裁量でビジネスをやってもらいたいと考えています。本やZINEを仕入れて売っていたりギャラリーの展示やイベントをやってくれたりするので、稼いだ分はお渡しして、逆に使用料をもらうみたいな感じですね。
モチベーションとしては、自分に合っていることで気分転換にもなるしとか。

花田
そうですね、もちろんお金だけではないでしょうね。まず、本屋が好きでやってみたいというのがあると思います。
私のほうでは、誰かがいた方がいろんな面で助かります。店番をやってもらえるのが一番助かるし、店番じゃない日も店で原稿を書いていたりするので、ちょっとしたことも気軽に相談できます。ドアの建て付けとか「今度の本の装丁なんだけどどう思う?」とか。カフェに呼び出して話すほどのことじゃないたわいない話も、構えずに話せるのがとてもよい距離感だなと。
組織作りは意識していないそうですが、かけがえのない人たちと協力しあえる空間が生まれていますよね。どうしたらそんなことが実現するのか、少しでもヒントを知りたいです。

花田
やっぱり、まず「ここで働いてみたい」と思ってもらえたことがすごく大きいなと思います。そのためには自分がそういう場を作っていかないといけない。ソフト面でもハード面でも。たとえばおしゃれだなとか、いい本がいっぱいあるなとか、居心地がよくて作業がすすむなとか。そういう居心地を作れるかどうかも大事です。
「友だちだからただで手伝うよ」じゃなくて、お互いにとってメリットがありそうかどうかも。こちらとしてはこれだけお金を払っていてもらう意味があるのかなと考えるし、相手にはこういう体験ができて面白いなって思ってもらわないと。あとたまたま今、店番をしてくれている人たちは全員私がリスペクトしている人。意図的にそんな人たちを集めようとすると、とてもむずかしいですね。
とてもむずかしいことですが、先に蟹ブックスがあるからというのはありますよね。何もないところに集まるのは無理なので。

花田
人に集まってもらうという意味でも働いてくれる人に集まってもらうという意味でも、いかに自分がお金ではない対価を提供できるかを考えることが大事かもしれません。そのためには、まず自分がいいなと思う場を作ることが最初の一歩になりますね。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子