駄菓子屋は高校生の企画からスタート

「裏山しいちゃん」、不思議な名前ですね

新海

「うらやましいと思われるような、働き方や生き方を目指せる場所」という意味があります。やりたいことを話し合って、実現していく。そんな人、うらやましくないですか?

 

うらやましいです。1階を駄菓子屋さんにしたのは、最近の昭和レトロブームや、誰でも気軽に来て欲しいといった理由からですか?

新海

駄菓子屋をはじめたきっかけは、高校生が発案した企画なんですよ。インターンに来ていた高校生から「駄菓子屋をやりたい」と言われまして。駄菓子って「うまい棒」を1本売って利益は数円の世界ですよね。私たちも少し駄菓子に興味を持っていたものの、事業としては難しいと思っていました。でも、彼女は「駄菓子を売った利益で焼肉が食べたい」といたってシンプルな希望を持ち、商業科なので商品管理のしやすさなどもある程度考えているわけです。ちょうどこの場所を改装した時期でスペースもあり、応援することになりました。

 

「たまに高校生が店番」といったお手伝いではなく、最初から高校生が運営していたんですね。

新海

そうです。で、実際に運営すると「儲からない」と気づくので、すぐにやめるかなと思ったらやめない。おじいちゃんが懐かしがってたくさん買ってくれたり、小さい女の子がお父さんと駄菓子屋に行くことを「デート」と呼んでいたり。そんなことが面白いって言うんです。それで夏祭りにも出店して駄菓子の売上を伸ばして、焼肉も実現したんですよ。お店の焼肉を食べるほどの売上はないので、裏の神社の庭に鉄板を持ち込んで。場所をつくるといろんな体験が生まれるんだなというのは、僕たちも勉強できたことです。

 

多様な文化の人と接することで違いに気づき、発想が豊かになる

とても古い建物ですが、借りてすぐに使えたんですか?

新海

いえ、長いこと放置されていたのでボロボロで、改修には1年くらいかかりました。業者のかたやアーティストのかたも「面白そう」と手伝ってくれましたが、仕事の合間に作業するので時間がかかって。

 

インターンの高校生もですが、「面白そう」と参加してくれる人たちは、どんな縁で集まっているんでしょう?

新海

裏山しいちゃんの前に、シェアカフェ、アートスクール、シェアスペースを作っています。近くの高校で職業講話を行ったとき、起業プランを持ってきた生徒がいて、地元のリフォーム会社さんの協力も得て生まれたのが高校生のシェアスペース「桜咲造(さくらさくぞう)」なんです。それまでもいろんな方と協力してきましたが、学生さんと企画を立てたり話し合ったりする輪が広がったのは、そこがはじまりですね。

 

関係性が広がったことには積み重ねがあるんですね。学生と話していて「アイデアが面白い」と思うことはありますか?

新海

学生さんは、面白いことばかりです。年齢的なギャップもあって私たちと全然違うので、気づけることもあります。でも、どんどんすごい企画が出てくるかというと、それは少ないです。もちろん秀才みたいな子もいるんですが、実現のためのアイデアなどは、こちらから教えることが多いですね。

 

そうなんですね。では、学生など若い世代とつながる意味ってどんなことがあるのでしょう。

新海

学生さんに限らず外国人の方もですが、多様な文化背景を持つ人と接点を持つと、直接知識やアイデアを得られるわけではなくても、よい影響を受けますね。学生さんだったら経験がない分私たちと違う常識を持っていたり、外国の方であれば異文化を背景に持っていたりします。その違いが刺激となって、こちらの発想を豊かにしてくれるのだと思います。

 

対話ではなく、相手の自由な発言に耳を傾ける

裏山しいちゃんがあることで、そうしたメリットもあるんですね。でも、世代が異なるとなかなかわかり合えないこともありますよね。

新海

もちろんです。Gather(ギャザー)というバーチャル空間に裏山しいちゃん電脳版がありまして、そこに全国の学生たちが集まってきているんですね。リアルな裏山しいちゃんにも学生さんはよく集まって勉強していますし、若者と話す機会も多いので、違和感はないだろうと思っていました。

でも、Gatherで学生同士の会話を聞いていると、会話のスピード感の違いや「なんでそこで笑うの?」がわからないことに気づいたんです。対面で私と話すとき、学生さんは私向けに話しているので、同世代向けとは違う言葉選びをしていたんですよね。

 

そうかも。でも、企業が学生と面談してもそうなりますし、そもそも違いに気づけないかもしれません。

新海

そうですね。地元企業の採用活動のお手伝いをすることがありますが、企業と若者がわかり合うことは基本的に難しいと感じています。だから、裏山しいちゃんをモデルとして、学生さんたちが自由に過ごせて発言できる場作りを「高校生と地元企業をつなぐ事業」として提案したことがあります。60社くらい賛同して、10社ほど実際にフリースペースを設けてくれました。

 

フリースペースといえども、企業側では面談とか就職といったゴールを設定したくなるのでは……。

新海

それはありますね。つなぐ事業の目的には「人材不足の解消」もありますが、私はそこを重視していません。「好きなことをやってやりたいことをやろう」が実現できるのであれば、働く場所が地元であっても外であってもいいはず。お互いに知り合うことで就職に結びつくのはいいですが、地元回帰率を上げること自体を目的とすると、おかしくなってしまいますよね。

 

「人を集める」。でも、誰でもいいわけじゃない

そうやって場所を作っていったとして、実際には人が集まらないこともあります。そんなときはどんな工夫をしたらいいと思いますか?

新海

まず、「人を集めなきゃいけない」から一旦離れた方がいいと思います。たとえば、裏山しいちゃんではロボットが店番をしていますよね。分身ロボット「Orihime(オリヒメ)」をオリィ研究所にご縁のある人から借りて2020年にロボット接客をスタートし、その後違うロボットになりましたが現在も続けています。

Orihimeは遠隔操作ロボットなので、外出できない人や体が不自由な人もOrihimeを使って社会参画できるもの。オリィさんの「働けない人がいるなら働ける環境を作りたい」というある意味非常識な「やりたいこと」を実現していて、私はとても賛同しています。でも、「ロボット接客の店なんて不便だ」と思う人もいるかもしれないですよね。

 

駄菓子をロボットの前に置いて支払う金額を教えてもらう仕組み、私は楽しいと感じたけれど、「ちゃんとした接客じゃない」と感じる人もいますよね。

新海

多分、そういう人はもう次、来ないんです。お店なのでいろんな方が訪れるんですが、そのなかでロボット接客が好きで、面白いなと思ってくれる人は、何度も来てくれるんですね。

 

なるほど。人が集まってつながる場所をつくるためには、いろんな人に幅広く来てもらわなくてはいけないと思っていました。でも裏山しいちゃんは意外と、敷居が高い……?

新海

たしかに。結果的にですが、ロボット接客がお客様を選ぶ形になっていますね。もちろん私たちにも改善すべき点は多いですが、それでも「この場所が好き」「残したい」と思ってくれる人が一人二人と増えていったことで、人が集まっている状態になったんだと思います。

 

誰でも気軽に立ち寄れるのが、駄菓子屋さんの魅力。でも、裏山しいちゃんの仕組みはそこから一歩進み、「好き」だと思ってくれる人を増やしています。それはつまり、仲間が増えていくということ。前編はここまで。でも、仲間作りって、むずかしくないですか? そちらは後編で掘り下げていきましょう。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹