長期投資をするとお金は増える?

「投資で資産形成をしたほうがいい」と聞いて、生活費を極限まで削って投資している人もいます。

田内

将来に備えるために、資産形成というのは大事な選択肢の一つだと思います。ただ、投資を過信するのは禁物だと思っています。「長期投資すればお金が増える」と、当然のことのように言われていますよね。

 

そう思ってます。違うんですか?

田内

僕は疑り深い性格なので、「本当にそうなの?」と思っています。「長期投資でお金が増える」って、先入観ですよね。金融の世界でトレーダーをしていて実感したことですが、先入観は思考停止につながるので危険です。

お金を貸す際の金利はプラスに決まってると思っていたらマイナス金利が出てきたり、数年前には原油先物価格がマイナスになったり。それまでマイナスになったことがないから大量に買ってた人がたくさんいて、みんな大損をしました。社会は勝手に成長し続けると僕らは思ってるけど、疑ったほうがいいと思います。たとえば日本は基本的に人口がどんどん減っているから、働く人の割合は減っていきますよね。

 

そういう社会不安があるからこそ、資産形成をがんばる人が多いのでは。

田内

たとえば今NISAをはじめる人が社会人になって、40年後に取り崩すとします。そして40年後、日本の人口は3割減ると予想されています(*1)。人口が減っても経済規模を保つには、1人ひとりの消費が増えることが必要ですよね。でも、高度成長期ならいざ知らず、いろんなものが足りている状況でそんなに増やすことができるでしょうか。

国内消費の不足の代わりに、輸出を増やせるかもしれません。でも、物を売るためには、それを生産することが必要です。働く世代の人口は40年後には今から4割減ることが予想されるので、今10人でやっていることを6人で生産しないといけない。世界に売っていくには新しい商品を作らないといけない。AIなどで生産効率を高められる分野もありますが、介護など簡単に効率化をはかれない分野もある。そういう状況でこれからも日本経済が成長していくのはかなりハードルが高いと思っています。

「本業はほどほどにして投資をがんばりましょう」ではなく、投資された側が本業をしっかり頑張って、生産効率を上げたりしないと、経済成長は難しいと思います。

 

社会的な視点でお金を考える

メディアの責任もありますが、逆の考え方を耳にすることが多い気がします。社会の現状に不安があるからお金を増やして生活を守りたいと思っているわけですが、社会も変化しますよね。

田内

今は「貯蓄をしたい」「NISA積み立てます」という人がたくさんいます。買う人が多いから株は上がりやすいです。みんなが新しくはじめてどんどん買ってくれるうちはいいんです。でも40年後に老後を迎える人は、積み立てていたものを売らないといけない。そのときに買ってくれるのは、主に新しく社会人になった人たちですよね。

 

その時、買ってくれる人が少ない…?

田内

そうです。売る人のほうが多いんだから、今と逆のことが起こると考えられます。「売るタイミングが大事」ともいいますが、売るタイミングって高く買ってくれる人を見つけた時のこと。1人だけなら見つけられるかもしれないけど、みんなが売ろうとしている状況で見つかるでしょうか。

投資を知らないと自分だけ損してしまうんじゃないか、自分が知らないだけで楽して稼げる方法があるんじゃないかとお金の勉強をする人が多いけれど、そんな楽な方法はないんです。

 

そうですね。「投資がちゃんと企業に流れて新しい商品やサービスが生まれて世の中がよくなっていくことが大事」だと前編で伺いました。そうしたつながりではなく数値として投資をとらえていたので、社会の動きと関連して考えていなかったことに気づきました。

田内

投資に関して正しく伝えられていないからですね。官民一体で金融経済教育の機会を拡充していくJ-FLEC(金融経済教育推進機構 *2)という組織が主催する教育イベントで基調講演を行いますが、そこでも投資話はしません。お金の話は個人に関してだけではなく社会のものとして考えるべきだし、そうしないと全体が沈んでしまって個人もハッピーにならないだろうと思います。

 

お金より大切なもの

なるほど。個人の資産形成の話が注目されがちですが、個人と社会はつながっているので個人だけ幸せになればいいわけではないし、そもそもなれないですね。

田内

今言ったようなことが全部外れて、40年後に株価が上がってみんな売れて、高齢者がお金持ちになって引退できているという状況もあるかもしれません。その状況でも大事なのは生産力。働く人の割合が減って生産力が落ち込んでいると、お金はあるけど物はないという状態です。物価が相当上がってしまっていて、問題解決にはなりません。

 

どうしたらいいんでしょう。

田内

ストレートに生産力をあげることです。そのためには必要なことは色々ありますが、まずは教育だと思っています。現在の金融教育では、本来の金融教育のごく一部である資産形成の話しかされていないという問題があります。そんなことに教育のリソースを使うのであれば、もっときちんと「金融」のシステムを伝えたほうがいいです。

少子化対策に貢献することに投資するなど、自分と社会がつながっていることを意識した行動をしてもらう必要があります。投資とは株を買うことだけではなくて、自分が働いている会社でプロジェクトを立ち上げたり会社を作ってお金を集めたりして問題解決のために行動することでもあります。

 

人がどうするかで変わるということですね。それを伝えるために本を書いているんですか?

田内

1冊目に『お金のむこうに人がいる』という経済の本を書いて、政治家の方々と勉強会でお話したりするようになりました。でも、世の中が変わるには、もっと多くの人に直接届ける必要があると思って2冊目の『きみのお金は誰のため』は小説の形にして、100万部を目指しました(2024年10月取材時で25万部)。

 

田内さんの活動の目的は、みんながお金を稼いでお金持ちになることではないと思います。どんなことでしょうか。

田内

僕は利他的ではなく利己的な人間なので、究極的な目的でいうと自分の子どもが将来暮らしやすい社会になるといいなというのが大きいです。自分の方が先に死んでしまうので、将来の日本で生きていけるのか心配です。住みやすい社会を作るためには、「社会は他人ごとではなく、自分たちで改善していくものだ」と考える人を増やすことが大事だと思っています。

 
田内さんの著書『きみのお金は誰のため』(東洋経済新報社)。学べて泣けるお金の教養小説。
※1:
国立社会保障・人口問題研究所による日本の将来推計人口(令和5年推計)  https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/db_zenkoku2023/db_zenkoku2023syosaikekka.html
※2:
J-FLEC https://www.j-flec.go.jp/

[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太