人間と似たところがある鳥に興味を持った

鳥の言葉があると聞いて驚きました。鳥に興味を持ったのはなぜですか?

鈴木

子どもの頃から動物観察が好きで、それが仕事になるといいなと思っていました。大学1年の頃から卒業研究のテーマを探していて、昆虫を観察したり魚を採集に行ったり。鳥には高校ぐらいから興味を持っていたんですが、けっこう人間に似ているし何か虫にはない面白さがあるなと思ったんです。

 

人間に似ているのは、どんなところでしょう。

鈴木

鳥も人間も2本足で立っています。人間は飛べませんが、鳥の翼には人間の腕みたいな構造がある。鳥は目と耳に頼って世界を認識していて、人間に似ています。物を思い出すときに目で見たもののイメージが浮かぶことがあると思いますが、犬は嗅覚優位なので、ひょっとしたら匂いを思い出しているかもしれません。

それから、音を使ってコミュニケーションをするところ。人間も音声言語で会話しますが、鳥もかなり声を使っています。そして虫のように卵を産みっぱなしではなく、子どもの世話をする。それに群れもつくる。複雑な社会構造のなかで生きているところにも、人間に似た部分があります。

鳥は恐竜から進化したので、人間とはもう3億年ぐらい前に分岐しています。にも関わらず似たところがあるのって面白いですよね。それに、鳥のほうが繁栄してますよね、僕たちよりも。

 

鳥のほうが繁栄している?

鈴木

種数(生物種の数)は倍ぐらいいますよ。現存するほ乳類の種類は約5500〜6000種類で、鳥の場合は1万1000種類以上。ほ乳類は主に陸地と海にいますが、鳥は海にも陸にもいて、空も支配しています。すごいなと思っていろんな鳥の鳴き声を録音しているときに、シジュウカラの鳴き声の種類が他の鳥に比べて多様なことに気づいたんです。

 

動物と人間は知覚も理解の仕方も違う

そこから鳥の言語の研究に?

鈴木

言語の定義によるんですが、観察を始めたときから「喋っている」と決めつけていたわけではないです。鳥には鳥の言語があると気づいたのは最近です。

みなさんがよく間違ってしまう観点は、動物も人間みたいに喋ってるんじゃないかと思ってしまうこと。翻訳アプリを使って動物の言葉を解読できる未来が来るんじゃないかと期待している方も多いんですけど、両方とも間違いなんですよ。そういうこともシジュウカラが教えてくれました。

 

面白半分に動物語の翻訳アプリを使ってみたことがあります。そういう翻訳は間違っていますか?

鈴木

間違っていますね。鳥と人間には似ている部分もあれば違う部分もあります。人間には紫外線領域が見えませんが、鳥には見えます。人間は紫外線を見たことがないから、鳥がどんなふうに世界を見ているかを想像できません。知覚の仕方も、ものの理解の仕方も全然違うわけです。

たとえば、僕たちが使っているテーブルを鳥が見て「テーブル」と呼ぶ必要はないですよね?

 

そうですね。人間のようにテーブルとして使うわけではないし。

鈴木

鳥にとってはただの板かもしれないし、床と一緒かもしれない。でもそれは鳥ができないということではなくて、鳥にとっての世界観なんですよ。鳥の言葉を人間の言葉に翻訳できるという妄想を描いてる人たちは、人間中心主義的な考え方から脱することができず、「鳥だって机って言えるでしょ?」と思っているんです。

でも、鳥は言えないんですよね。言わなくてもいいから。その観点がすごく大事です。鳥の研究を始めたときから、人間みたいに喋ってるなんて思ったことは一回もありません。鳥をじっくり観察してたら何か面白い発見があるかもしれないな、なんでこんなにいろんな声を出してるんだろうなっていうところから僕の研究はスタートしました。

 

タカに気づいたら「ヒヒヒ」と仲間に教えるシジュウカラ

そして、シジュウカラの鳴き声に意味があることがわかったんですよね。

鈴木

観察を続けていたらパターンが見えてきたんです。例えば上空にタカが飛んできたら「ヒヒヒ」と鳴くし、仲間を呼ぶ時は「ヂヂヂヂ」と鳴く。そういったパターンがあるなら意味が付随しているのではないかと思いました。

 

ウグイスの「ホーホケキョ」みたいな鳴き声はどうですか?

鈴木

それは雄が雌に求愛するときの「さえずり」に含まれます。言葉として意味を伝えるために使っているのではなく、モテるために歌う鼻歌のようなもの。それに対して、「ヒヒヒ」という声は「タカ」という意味を持つので、より言葉に似ていると思います。それを聞くと周りのシジュウカラは薮に逃げたり空を見上げたりします。

 

警告だけでなく、何についての警告かも伝えているということ?

鈴木

天敵の種類で鳴き声が違うんです。タカは「ヒヒヒ」、ヘビなら「ジャージャー」と鳴くし、それを聞いた他のシジュウカラは「ヒヒヒ」なら逃げるし、「ジャージャー」ならヘビを探すといった適切な行動をとります。「タカ」「ヘビ」という意味が伝わってないととらない行動なんですね。

そして、シジュウカラは「ピーツピ・ヂヂヂヂ」(警戒して集まれ)という2語文を作ることもできるし、文法も持っています。

 
シジュウカラ(出典:adobestock)

世界初「動物言語学」分野を創成

文法まであるんですね。言葉は今どれくらい解明されているんでしょう。

鈴木

今知られてる段階では、人間以外の動物のなかでシジュウカラが一番語彙が多いと思います。しかもかなり柔軟にいろんな言葉を組み合わせて文章を作ることができる。今のところ200パターン以上も見つかっています。

 

200パターンも。鳥たちの会話がわかるようになるのが楽しみです。

鈴木

ただ、証明するためには様々な実験が必要です。「ピーツピ・ヂヂヂヂ」が文章になっていることを示すためには4年ぐらいかかりました。1つの文章パターンを調べるのに4年かかるとしたら、200パターン調べるには800年かかってしまいます。

シジュウカラだけでも大変なのに、鳥は世界に1万1000種類いて、ほ乳類は約5500〜6000種類。カエルも鳴くし、ジェスチャーでメッセージを伝えている動物もたくさんいるはずです。それを僕が全部研究するのは絶対に無理で、一生のなかでどこまで進められるかには限界があります。そのために動物行動学、言語学、認知科学を融合した「動物言語学」という新しい学問分野を立ち上げました。そこからヨーロッパの鳥たちの言語を調べる研究が始まったり、野生のチンパンジーにもシジュウカラのような文法があるかもしれないことがわかってきたりと広がりを見せています。

まず、人間中心的な観点を捨てること。対象とする動物の観点を持ち、動物たちがどう世界に生きているのかをその動物になりきってよく観察する。そこから実験のアイデアを組み合わせて、彼らの言葉の世界に迫る学問を作りたいと思っています。

 

驚きのシジュウカラの言葉について教えていただいた前編はここまで。では、鈴木さんが研究室にこもらず、フィールドワークを続けるのはなぜでしょう。後編で伺っていきます。お楽しみに。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹