【後編】渡辺 正峰×長谷 敏司
意識を機械へ移植。未来の世界でしあわせに生きるには
脳科学者×SF作家の視点
2023.10.12
「今日はいい日だった」「今度あのカフェに行ってみよう」
頭の中にはさまざまな考えが浮かびます。それは私たちの「意識」の一部でしょうか。
意識とは「それになる感覚」だといいます。
その意識がわいている私たちの脳と機械をつなげて、人の意識の移植(アップロード)を試みる研究があります。
前編では、SF作家の長谷敏司さんと東京大学大学院准教授の渡辺正峰さんの研究室を訪れ、「意識の謎」と「意識のアップロードの仕組み」について伺いました。
人が死ななくなったときの人口に、社会は対応することができるでしょうか。意識のアップロードができても、莫大なメンテナンス費用がかかるのであれば、格差をいっそう広げてしまうことにもなりかねません。そしてAI人格により人の置き換えがすすんだとき、私たちはどこでしあわせを見つけることができるのか。
後編では、意識の解明がすすんだ世界がどう変わるのかを考えていきましょう。
( POINT! )
- 「死なない」費用は中古車1台分
- 現在のLLM事情から未来を予測する
- 個人の特徴収集は、精度の低いものから始まる
- 5年以内にデータ人格が人に置き換わる
- 失われた技術は取り戻せない
- 自分の価値は自分が一番よく知っている
- 人はコミュニティで喜びを感じる
- 死なない世界ならより良い世界でいきたい
渡辺 正峰
東京大学大学院工学系研究科准教授。専門は神経科学、意識の科学。1970年千葉県生まれ。1993年東京大学工学部卒業、98年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。98年から99年にかけてCREST合原プロジェクト博士研究員、1999年から2001年にかけて東京大学大学院工学系研究科部助手、2001年から同助教授、カリフォルニア工科大学在外研究員、マックスプランク研究所客員研究員などの兼職を経て現職。著書に『脳の意識 機械の意識』(中央公論新社)、共著に『理工学系からの脳科学入門』(東京大学出版会、2008年)、『イラストレクチャー認知神経科学』(オーム社、2010年)など。
長谷 敏司
SF作家。1974年大阪府生まれ。関西大学卒。2001年、第6回スニーカー大賞金賞を受賞した『戦略拠点32098 楽園』で作家デビュー。2009年、初の本格SF長篇『あなたのための物語』(ハヤカワ文庫JA)で「ベストSF2009」国内篇第2位。2012年発表の『BEATLESS』(角川書店)はアニメ化された。2014年、『My Humanity』(同上)で第35回日本SF大賞を受賞した。2022年発表の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』はベストSF2022 国内篇2位、第53回星雲賞。
「死なない」費用は中古車1台分
前編で伺った意識のアップロードが実現した場合、世界はどう変わるでしょうか?
長谷
今ある人工知能とは全然別種の知能が立ち上がるとわくわくしているんですが、それはそれとして社会システムとの釣り合いをとるのがむずかしいですね。まず、死なない人のところに財産が集中したときにどうするのか。
渡辺
富める人のみが死ななくなるということですか?
長谷
いえ、そうではなくて。人は基本的に生体というパッケージに収まっていて、それを維持するために必要なカロリーなども安価です。電力やコンピュータといった計算資源も必要としません。
でも人格がアップロードされて「データ人格」化した人が睡眠をとる間に情報を整理して学習し直すとなった場合、今のLLM(大規模言語モデル)のパフォーマンスを見た感じでは、1回寝るだけで何億円もかかる可能性もあると思うんですね。
意識のアップロードの費用が高額だったら、ごく一部の人しか使えなくなってしまいますね。
渡辺
僕は団地魂も強いので、『銀河鉄道999』(*1)みたいに金持ちだけが機械の体を持てる世界はまっぴらごめんです。実用化ののちには、意識のアップロードを行う費用は「中古車1台分ぐらい」のイメージを持っています。
『順列都市』(*2)には現実世界の7とか8分の1ぐらいのスピードで動いてる機械の中の世界が描かれていると思いますが、一旦アップロードしてしまえばいくらでも遅くすることができます。『順列都市』では現実世界の人たちとリソースの奪い合いが始まってしまうわけですが……。
長谷
今のLLMの状態が、ある程度未来を前倒しして見せてくれていると思っています。大企業は大きなLLMのように大きく飛び抜けて高性能なデータ人格を扱って、個人は小さくライセンスの制約もあるLLMのようなデータ人格といったふうに、データ人格が一様にならないのではないか。
渡辺
まさに今のLLMみたいな。たしかに国家、企業間での差がどうしようもなく生まれているところに「死なない」というオプションができたら、大変なことになるのは容易に想像できますね。
データ人格の実用化で、人が置き換わる
意識のアップロードや個人との接続をしていない「データ人格」もありますか?
渡辺
人と見分けがつかないSNS投稿ができるものとか。『脳の意識 機械の意識』を書いた2017年にはまだ実用化できないと思っていましたが、去年AIの性能が大きく飛躍したので近い将来には実現しそうです。
長谷
個人の特徴を表す数列みたいなものをつくって、特徴に近い出力をするものをデータ人格と主張する人たちは必ず出てきますね。それはビジネスに役立つし、大きな力を持つだろうと思っています。
たとえば僕が書いた小説を1作を除いて全部学習させて、最後の1作のスコアとAIの新作のスコアが拮抗するようになれば、出力が同等だとみなす。そういったもののことをデータ人格と呼ぶようになるんじゃないかなと。
今も、故人との会話をうたったデータ人格ふうのサービスはありますよね。
長谷
それは全然データが足りないし、データ人格とは呼べないものです。なんらかの役に立つようなデータ人格が出てくるにはもう少しかかります。
個人の特徴を外からのデータで学習する場合、おそらく最初は精度が低いものになります。精度が低いのでハードルも低く、たくさん出てくるようになります。そうしたデータ人格の原始的なはしりのようなものが、人をどんどん置き換えていくことが、これから5年以内に始まると思っているんです。
コミュニティで喜びを感じるのは人の営み
近い未来ですよね。今働く私たちはどのような心構えを持つべきでしょうか。
長谷
経営者サイドであれば、人間を大事にしたほうがいいです。個人のデータ人格をとる技術が発展しても、実はとれていなかったデータがあったと判明して、失われた技術などが取り戻せなくなることがあります。人の仕事というものを簡単な指標で見ない方がいいと思います。
AIによって切り捨てられる立場の人たちがどういう心構えを持てばいいのかというと、おそらく諦めずに主張したほうがいい。自分の価値に対して自分で見切りをつけるのはもったいないし、自分の価値を自分が一番よく知ってるぐらいのつもりで。今のところ、僕にはそれぐらいしか発見できていません。
渡辺
AIが仕事を奪うのかについて、僕は2つの考えを持っています。1つは『ジュラシック・パーク』のテーマ「LIFE FINDS A WAY」のように、人は自分が役立つ隙間みたいものをどんどん探しだしていくのではないかということ。
もう1つはマシンマンインターフェイス(人が道具を使うためにあるペダルなど)ではなくマンマシンインターフェイスとしての仕事や、人とAIをつなぐ仕事をするのではということです。たとえば、AIが立てた企画を人が人に説明するとか。結局、AIが売り上げだけ立てて人に給料を払わなくていい会社ってつくりにくいので、働きたい人や働ける人には働いてもらう。
長谷
そうですね。働きたい人って必ずいると思います。数年前に作られた未来ビジョンでは、「空いた時間で芸術をやりましょう」というものをいくつか見ました。けど、この1年くらいの状況をみるに、今の評価システムを使い続けると、エンターテインメント生成AIに人が挑むのもむなしくなるときがきますね。AIによって作品の流通量が増えるので人の目に触れるチャンスも減るし、評価をもらうために最初の一読をしてもらうだけでも、ハードルが高いというときがきます。
渡辺
CPUの設計でも小説を書くのでもAIにかなわない時代が来たとき、人のしあわせはどのように担保されるんですかね。
長谷
何をもって幸福とするかは、これからどうカルチャーを築いていくかによると思います。小説の書き手が変わっても、読者が読む時間は同じで感覚体験もなくなりません。そして人は、コミュニティで誰かと感想を言い合って喜びを感じることができます。
「死なない」オプションを持ち、しあわせに生きる
最後に聞きたいです。「死なない技術」が実現したとして、死にたくないですか?
渡辺
僕は「死にたくない」という思いを昔から持っていますが、そのためにがんばっているのではなく、8割は科学者としての夢の実現のための気がします。「死にたくない」は、研究の先についでに達成されるもの。
長谷
「死にたくない」という気持ちはあります。でも「死ななきゃいい」というより、「死なない人生がしあわせであってほしい」ですね。『火の鳥』(*3)の登場人物のように「永遠に死ねない状態で一体どうしたらいいんだ」みたいな状態で生きてたくはない。
死なないのであればより良い世界で生きていきたいし、その伸びた人生で不幸になりたくないんですね。
周りに聞いてみたところ、「死にたくはないけれど、死ねないのは嫌」という人は多かったです。
渡辺
実際、9割ぐらいそう答えます。ただ、死が地平線の向こうにいるうちは悠長にかまえていても、死が迫ってくると「やっぱり死にたくない」と考える人が多いと思います。長寿の研究者デビッド・A・シンクレアも『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』(*4)のなかで、死は迫ってくるととんでもなく怖いものだというふうなことを書いてます。
ですから、その9割の意見は技術ができた後ではだいぶ変わるだろうと思っています。
長谷
それはそうなんですが、生きている人間のリソースを食いつぶしてしまわないかも気になります。経済活動ができない状態で月に10万円維持費がかかったとすると、これは介護保険も年金ももらえないだろうし、死なないおじいさんが永遠に施設に入っているのと同じになっちゃう。僕が生き続けることで、子どもに罵倒されるとしたらせつないです。
渡辺
経済活動はできなくはないと思います。メタバース的に現世の人たちが入り込んでくるので、そこで楽しめるコンテンツを制作するとか。
長谷
とすると、そのときAIとどう差別化するのかは、現実に生きている人間よりも厳しく問われることになりますね。
[取材・文]樋口 かおる [撮影]大和田 良
- ※1:
- *1『銀河鉄道999』(松本零士著/小学館)
- ※2:
- *2『順列都市』(グレッグ・イーガン著、山岸真訳/早川書房)
- ※3:
- *3『火の鳥』(手塚治虫著/講談社)
- ※4:
- *4『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』(デビッド・A・シンクレア著、マシュー・D・ラプラント著、 梶山あゆみ訳/東洋経済新報社)