【前編】藤原 麻里菜
役に立たなくても振るい落とされるべきじゃない
「無駄づくり」の力とは
2023.09.07
「無駄」という言葉は本来ネガティブな使われ方をするもの。近年ではますますこの概念はかたわらに追いやられているかもしれません。
膨大な量の情報を処理しながらタスクをこなさなければならない現代社会では、無駄を極力排し、効率性や有用性にますます重きが置かれる風潮が強まっています。効率化には当然よい側面もありますが、価値や成果だけを求められ続ける社会は息苦しくもあります。やはり、社会のどこかに、ほっと息がつけるような余白=無駄な部分が必要なはず。
その「無駄」を次々と生み出していく「無駄づくり」という発明を10年続けてきた唯一無二のクリエイターが、藤原麻里菜さんです。一体、「無駄づくり」とは何でしょうか? そして、彼女がそれを続ける理由は? お話を伺いました。
( POINT! )
- 「有用性」よりも大切にしなければならないのは「好奇心」
- 自分の行動が何かにつながっている、という考え方を捨てる
- 将来のことは考えないし、目標も立てない
- その場で右へ、左へ行こうと考える方が楽しい
- 先が見えない不安より、好きなことができなくなる方が不安
- 不安に駆られてしまったら、ものをつくる
藤原 麻里菜
コンテンツクリエイター、文筆家。株式会社 無駄 代表取締役。2013年からYouTubeを中心に、不必要なものを発明する「無駄づくり」と称した活動を続けている。2016年、Google社主催の「YouTubeNextUp」に入賞、2021年 Forbes Japanが選ぶ「世界を変える30歳未満」30 UNDER 30 JAPANに選出されるなど受賞多数。著作に『無駄なことを続けるために ― ほどほどに暮らせる稼ぎ方 ―』(ヨシモトブックス)、『考える術 ― 人と違うことが次々ひらめくすごい思考ワザ71 ―』(ダイヤモンド社)など。
そもそも「無駄」ってなんだろう?
YouTubeで無駄づくりのチャンネルを開設されたのが2013年ですよね。ちょうど10年ですか?
藤原
はい、8月で10年になります。
これまで制作されてきた作品の数って、数えてますか?
藤原
厳密に数えてはいないんですけど、動画はもう300本くらいになっています。発明品たちはオフィスに全部は置いておけないので、倉庫を借りてますね。
そもそもこんなに続けるつもりもなかったですし、なんとなくはじめてなんとなく続けてるって感じなんです。私、目標とかこうなりたいみたいなのを昔からいっさい思ってこなかった人間なんで。
嫌いなことを続けろと言われたら苦痛ですけど、私は続けようと思って続けてるつもりがないというか。「こんなに続けててすごいね」って、よく言われるんですけどね。
藤原さんが「無駄づくり」で生み出しているものは、「お世辞しか言わない魔法の鏡」や「枕を飛ばすマシーン」、「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」「“バーベキュー”と投稿されると五寸釘を打つマシーン」などなど……まるで大喜利のようで、思わず笑ってしまいます!
無駄づくりには、どんなコンセプトがあるんですか?
藤原
初めて動画を上げたときから、色々紆余曲折している感じはあって。とにかく「無駄」というのがテーマなわけですが、「そもそも無駄ってなんだろう」ということをいろいろ考えてきました。その変遷を逐一は覚えてないんですけど、3年前くらいに読んだ本にはけっこう影響を受けていると思います。
それは『「役に立たない」科学が役に立つ』という本です。プリンストン高等研究所というアインシュタインも排出した有名な研究施設があるんですが、そこの創設者の一人であるエイブラハム・フレクスナーという人のエッセイでした。
「基礎研究」というジャンルはかなり軽視されやすいんです。科学って「なんの役に立つの?」「将来どんな成果が出るの?」と投資する側の人から詰められてしまって、うまく答えられないとお金が出ない世界。でもフレクスナーは「『有用性』という言葉を捨てて、人間の精神を解放せよ」と言っています。
生活の役に立たない研究をふるい落とすべきではない理由
「価値」や「有用性」で物事を判断しがちな現代人として、ちょっとドキッとする言葉です。
藤原
たとえば「光はどうして光るの?」という好奇心があって研究したいと思ったとしても、「それを研究したらすごい家電ができるの?」「人間の暮らしは今よりも効率的になるの?」という質問には答えられないかもしれないじゃないですか。
それに対してフレクスナーは、その研究が何かの役に立つと思ってはじめるよりも、純粋に研究者の好奇心を出発点として何かを育むことが結果的に価値につながる、というようなことを言っていました。私はそれがすごくしっくりきたんです。
私がやっている無駄づくりも暮らしの役には立たないものですし、「無駄」と一口に表現してしまえば、なんかつくっちゃダメなように感じてしまいそうです。
でも、たとえ有用性はなくても役に立たなくても、振るい落とさずに思いついたものをワクワクしながらつくることで、新しい価値観なども生み出されやすくなるはずです。「自分が行動することがすべて何かにつながっていないといけない」という考え方は今主流だと思いますが、もっと解放されてもいいんじゃないかなと思います。
将来のことははっきり考えない
研究者ではなくとも、好奇心、ワクワクする気持ちを捨てて大人になってしまった人は多いのではないかと思います。社会全体が貧しくなって、余裕がなくなっていることの表れかもしれませんが、これがしたい、やってみたいという思いを優先できなくなっているのではないでしょうか。藤原さんはいかがですか?
藤原
将来のことを考えようって思ったことがないんです。自分でレール敷いてその上を何十年も歩いていくより、その場その場で右行こうとか左行こうとか考えたほうが楽しいんじゃないかなと。もちろん人によると思いますけど、私は後者のタイプ。無駄づくりを始める前はお笑いの養成所に行ってましたが、それも3カ月前に決めたことでした。昔からお笑いの道に進みたいとか、そういう夢を持ってたわけでもなくて。
すごい勢いですね。不安に感じることはないですか?
藤原
ありますよ! この先どうしようかな、みたいな。特に20代前半の頃とかは不安でいっぱいだったんですけど、今はご飯食べられてるしまぁなんとかなるでしょっていう気持ちがありますね。好きなことが続けられなくなることの方が不安というか、一番の恐怖かもしれないです。
あんまり好きじゃないバイトもやってたこともありましたけど、なんでそれが続けられたかっていうと、「無駄づくり」があったからなんです。今はバイトを辞めて無駄づくり一本で食べていて、会社としてやっています。ちょっと気が進まない案件をやらなきゃいけないこともあるんですけど、それも自分の好きな無駄づくりをやりたいから。
そういうふうにお金を稼ぎながらコロコロ転がってくと、自分の全然知らないところに行ったりとか、全然予想もしていなかった景色が見えたりとかするんじゃないかなって思います。
「とにかくつくる」という不安解消法
将来の目標とか、今も立てていないですか?
藤原
ないですね。この先も目標を持たずに、そのときにやりたいことを淡々と進めていくって感じです。YouTubeチャンネルを立ち上げたときも、こうなりたいっていうのが全くなかったから、今「なりたい自分になれていますか?」と聞かれても全然答えられないです。
藤原さんのように自由な生き方をしたくても、不安でできない……という人も多いかもしれません。何かアドバイスはありますか?
藤原
私も、実は不安障害という病気です。その症状では「焦燥感」がすごく出るんですね。私の場合、頭の中にまずアイデアが浮かんだら、つくるものは無駄なんですけど「他の人につくられる前に私がつくらなきゃ」「つくりたいのになかなか時間が取れない」みたいな焦りが出てしまう。
でもその焦りが原動力になるという側面もあるし、実際に手を動かしてつくっているときはすごく楽しいんですよ。これは治らない病気だから向き合っていくしかないし、症状を自覚したら「あ〜焦っちゃってるな」と俯瞰で見るようにしてます。
私の場合、落ち着く方法ってやっぱり、何か行動することだけなんです。焦っちゃったら焦ったままでいいから、とにかくものをつくるということを意識してます。いやというほど焦燥感に苛まれるんですけど、つくりはじめたときには、もうだいぶ心が安らいでるんですよね。
価値や、有用性というテーマにとらわれがちな現代人。それにがんじがらめになって、自分の好奇心や「好き」という気持ちを大切にすることが難しくなっているのかもしれません。どうやったら窮屈な常識や既成概念から抜け出せるでしょうか? 後編でより詳しく伺っていきます。お楽しみに。
[取材・文]清藤 千秋 [編集]樋口 かおる [撮影]武藤 奈緒美