インフォーマル経済は拡大している

前編でインフォーマル経済圏の大きさについて伺いましたが、時代とともに減っていくものと思っていたので意外でした。

小川

昔は、経済発展さえしていけばインフォーマル経済はどんどん縮小していくという考え方が普通だったんだけど、減らないどころかむしろ増えているんです。

 

タンザニアに限らず、世界的に増えている?

小川

先進国でも増えています。高齢化が進んでいることも理由の一つで、高齢者の年金や生活資金が不足していると、日本では再雇用を目指す人が多いんですが、アメリカや他の先進諸国では「ちょっと露天商でもやるか」となる人が多いんです。食べ物やアクセサリーをつくってその辺で売る人もいるし、テクノロジーの浸透も影響してインフォーマルな仕事をはじめる人たちもたくさんいるんですね。

 

どんなテクノロジーですか?

小川

たとえばインターネットオークションを利用して転売をする仕事がありますけど、全員がきちんと登録して納税しているとは考えにくいですよね。YouTuberとしてこっそりお金を稼ぐ人もいるし、SNSで個別に取引してベビーシッターを引き受ける人も。個人間のやり取りで儲けるみたいなデジタルインフォーマル経済が拡大しているんですよ。

 

なるほど。スマホでお金のやり取りができたり、SNSやマッチングアプリで取引相手が見つけやすくなったりしたことで。

小川

そうです。もちろん発展途上国でもインフォーマル経済は全然減っていなくて、フォーマル経済の一員として会社に就職しても、いつクビになるかわからないから、リスクヘッジとしてインフォーマルな仕事も10個くらいやっておくみたいな人たちがいますね。

 

タンザニア商人からSNSで買い物する理由

タンザニアの商人たちも、テクノロジーを活用していますか?

小川

もうみんなギグワーカーになってます。これまでの行商人は押し売りとご用聞きの間くらいの感じだったんですね。古着をいっぱい抱えていきなり家にやってきて、「これを買え」とか言ってきて面倒臭いんだけど、顧客が「よどかけ3枚くらい」とか頼むと喜んで仕入れてきてくれるんです。

そういったことをしていた人たちに、今はWhatsAppを使って「今日お葬式に出ることになったから黒い服買ってきて」とか頼めるようになりました。ヒュッて市場に行って「これはどうだ?」とビデオ通話で見せてくれます。電化製品でも中古車でも、UberEATSなみの手軽さで30分くらいで物が届くようになったんですよ。

 

速い。ECサイトやオークションアプリも使いますか?

小川

もちろんeコマースも浸透しているんですが、商人たちがSNS上に投稿している靴の写真などを見て買う人が多いですね。登録に審査があるeコマースではなくSNSで物を買うことについて尋ねると、「SNSには詐欺が多い」と答えるんです。

 

詐欺が多いとわかっているのに買う!?

小川

お金を払ったのに商品が来ないとか、写真と全然ちがうことがありますね。文句を言おうにもアカウントが消えていて。だから知り合いの知り合いの知り合いみたいな人から買うんだけど、それでもだまされはします。

でも、SNSで買うことにはAmazonで買うのとは全然ちがう楽しみがあるんです。もし私がアルコール依存症でも、Amazonだったら「おすすめのお酒」のリコメンドが表示されますよね。商人からお酒を3本買ったら「何かあったんか?」、たくさん買い過ぎると「家賃は払えるのか? 今日は安いのにしとき」とか言ってくれるわけですよ。

売り手がピンチのときにはだまそうとしてくるけど、買い手の状況がピンチなのに気づいていないようなときには、ストップをかけてくれるんですよね。

 

「コケたとき」のために、いろんな人と付き合っておく

取引に、気持ちや人間性がのっていますね。

小川

SNSも電子マネーもブロックチェーンも使えるものは何でも使うけど、人間同士のやり取りまでも自動化されていくことは、雇用されたくないことと同じくらい嫌なんだと思います。自分たちが顧客ごとの事情を察知して飼い慣らすことも、商人たちは自分の才覚だと思っているので、アルゴリズムにいちいち指示されたくないみたいな感じですね。

 

その仕事は、AIでは代替できないかもしれない。今、AIで仕事を失う不安を抱えている人も多いですが、そういう心配はあまりないでしょうか?

小川

実際、仕事を奪われてもあんまり困らないというか、別の仕事をするだけですよね。日本人とちがって、自分はこの仕事のプロフェッショナルだという意識はそんなにないんです。だからなるべくいろんな人と付き合っておく。その100人中の1人は、自分がコケたときもうまくその時代に乗っているから、それを教えてもらって自分も一緒に波乗りしていけば大丈夫みたいな。そういう意味で、自分自身をあまり信じてないんですよね。

 

「誰も信用してはならない」「自分も信用しない」と、『チョンキンマンションのボスは知っている』にもありました。自分を信じないとはどういうことでしょう。

小川

自分がまるで信用できないわけじゃないけど、自分はうまくいかないときもあるし、すごくうまくいくときもあるっていうふうに思っているということです。

日本には迷惑をかけたくない病があるので、うまくいかないときはできるだけなくしたいんだけど、タンザニアの人たちはよく「私たちは迷惑をかけながら家族になっていくのよ」「迷惑をかけることがあるから社会をつくっている」と言います。迷惑をかけあっている状態が健全だと思っているところがあるし、「迷惑をかけてしまった」と相手に思わせないようなふるまいもとても上手ですね。

 
小川さやかさんの著書『チョンキンマンションのボスは知っているーアングラ経済の人類学』(春秋社)、共著『負債と信用の人類学ー人間経済の現在』(以文社)、『所有とは何か』(中公選書)

迷惑をかけられる相手がたくさんいれば、なにかあっても生きられる

迷惑をかけることで責められず、周りの力を借りていいのなら、自分はすごくなくてもいいのかもしれません。でも、「自分はすごい」という気持ちもあるんでしょうか。

小川

もちろんあります。評価の仕組みがちがいますよね。

たとえば私が本を出して賞をとったら、その評価はもちろんうれしいです。でもそれとは別に、しくじった何もない私がやってきても、昔ちょっと助けた友だちは「さやかからお代なんかもらえないよ」と言ってくれます。その人たちは、資本主義的なシステムのなかで評価される私の能力は関係なく「あなたがあなたであることが私はすごくうれしい」と評価している。人間にはその両方が必要だと思うんですね。

タンザニアの商人たちもビジネスで成功したいし、お金持ちにもなりたいんです。でもそれだけじゃなくて、調子が悪いときには昔無賃乗車を許してあげた人に会って、「君がいてくれたらそれでいいよ」と言われて「生きててよかった」と思うことも大事なんです。成功を目指しているけれども、成功しなくても自信を失わないんですよ。好かれているから。

 

お金は稼ぎたいけれど、ピンチの人は助けてあげるし、関係性として残る。お金を貯めることを人生の目的としてはいないのかなと思いました。

小川

タンザニアの人口のうち、銀行預金を持ってるのは20%なので、80%は貯金がないんですよ。だからといって不幸ではなく「俺の金はあいつが持っている」「あいつも持っている」という感じで、お金ではない形で持っている人間経済です。

だから「ネットワークがいっぱいあれば生きていける」とみんな言います。それも、親友が必要なわけではないんです。2万円貸してくれる親友が一人いるよりも、声をかけたら200円ずつ持ってきてくれる人が周りにたくさんいるほうが安心なんですね。

親友に借りた2万円を返さないと信頼を裏切ることになるけど、200円カンパしてくれる友達は「困ってるならあげるよ」くらいのノリだから、返金のプレッシャーもない。そんな人がいっぱいいれば「なにかあっても生きていける」と思えるし、楽しいですよね。

 

[取材・文]樋口 かおる [撮影]木村 充宏