【後編】新海 健太郎
駄菓子屋で聞く、自律分散型コミュニティのつくり方
ゆるさが決め手。でもどうやって?
2023.04.20
ロボットが接客してくれる、長野県飯田市の謎の駄菓子屋「裏山しいちゃん」。古民家をリノベーションした建物に入ると1階には駄菓子と貸本がずらり、広告デザイン会社「週休いつか」の分室もあります。2階のレンタルスペースでは高校生が勉強し、バーチャル空間のGather(ギャザー)では全国の人とつながっている……?
外側からは想像できない広がりを持つ裏山しいちゃんの世界。社員もそうでない人も区別なく「人のやりたいこと」に向き合い、ゆるくつながるコミュニティが形成されています。前編では「人を集める」ことから一旦離れ、場をつくるというお話を聞きました。でも、影響を与え合える仲間って、本当に見つけられるのでしょうか。ゆるいコミュニティはまとまらず、機能しなくなることもあるのでは? そんな疑問を、後編では探っていきましょう。
裏山しいちゃんのほか、シェアカフェなどの事業を展開する週休いつかの社長、新海健太郎さんに聞きます。
( POINT! )
- 多様な人がいるオープンな場を用意する
- ホストは「楽しんでもらいたい」という利他的な発想を持つ
- 本気の「やたりたいこと」でつながる
- 一人ひとりはすごくなくていい
- すごい人がいると感染動機となる
- ゆるいつながりは、コミュニティをいかす
- ゆるさを持つには、余裕が必要
- 余裕を与えられたら、別の人に余裕を与えていく
新海 健太郎
愛知県名古屋市生まれ、愛知大学文学部卒業。就職を機に長野県飯田市へ移住し、2012年に株式会社週休いつかを創立。シェアカフェ「山羊印カフェ」、アトリエ「爆発芸術舎」、シェアスペース「桜咲造」、駄菓子屋兼複合施設「裏山しいちゃん」などの事業を展開し、高校生や企業向けに講演も行う。文部科学省 地域共同学習実施支援員、飯田市 高校生と地元企業とを「つなぐ事業」メンター、飯田市 リニア駅 周辺整備検討委員会委員ほかをつとめる
裏山しいちゃんは異質な人に会える場所
前編で「ここを残したいと思う人を増やしていく」と聞いて、この場所はお店でありながらコミュニティとして機能しているし、サードプレイスでもあるのかなと思いました。店員とお客様が厳密に分断されておらず、お店もバーチャル空間のGatherも、コミュニケーションが一方向的ではないですよね。
新海
地域コミュニティでありますし、ふだんと異なる生活圏を持つという意味ではサードプレイスにもなるだろうと思います。Gatherで参加している学生さんは「年齢もやっていることも自分と違う立場の人に会えるので、多様な価値観を持てるようになった」と言っていました。
ここは企業のオフィスでもあるので、異質な場所ですね。ふつうはその企業の人と取引先の人しか入らないところ。そこを解放しています。
企業がオープンな場所を用意しても、一時的なものになることが多いと思います。たとえば、高校生が駄菓子屋を企画したら、イベントのときだけやりましょうとか。でも、裏山しいちゃんでは駄菓子屋が常設店になっているし、つながりも継続しています。なぜでしょう。
新海
継続できるように、頭から煙が出るほど考えているというのはありますね。
煙が出るほど考えているのは、誰ですか?
新海
それは、みんなです。
コミュニティのホストには、利他的な発想が必要
なるほど。「やりたいこと」に対してみんながそれぞれ考え、課題があれば自発的に解決していけるオープンな場なんですよね。サードプレイスだけでなく、いろんなチームやコミュニティにとって望ましい状態だと思いますが、実現するのはむずかしそうな……。
新海
方法としては、最初は「ここに来たら楽しい」と感じてもらえるような仕掛けを用意するホストが必要になると思います。場づくりのホストは「自分がやりたいことを実現する」より、「人のやりたいことが実現される場所をつくりたい」という利他的な発想が持てるといいですね。それは、裏山しいちゃんやこれまでの取り組みで見えてきたことです。
なぜその考えに至ったのでしょう。
新海
私は名古屋市出身で、飯田市に移住してはじめて「人の少なさ」を意識したんです。物を売るにしてもイベントをやるにしても、そもそも人がいないから集めようがない。そこで、人が少ないのであれば、一人の人が必要とするものをつくろうと考えました。駄菓子屋は一人の高校生の企画からスタートしたものですが、駄菓子屋が入っているこの古民家を借りることになったのは、ここでエステをやりたい人がいたことがきっかけ。一人の本気の「やりたいこと」のために、一緒になって汗水たらして古民家をリノベーションしたんですね。
本気であることが必要?
新海
こちらも時間を割く以上、本気であることは重要です。
「すごい」は感染動機になるけれど、みんながすごくなくていい
前編のロボット接客が好きなお客様が残っていくお話と同じで、ちょっとクールにも聞こえる「人を選ぶ」ことがコミュニティの形成につながっている気がします。でもやっぱり、「自分は個性もないし、すごい人じゃないから無理」と怯む人もいるかもしれない……。
新海
自分が一人で起業したこともあって、昔は人に個性や能力を求めていた部分もあったんですが、今はあまり気にならなくなりましたね。以前、シェアカフェのお客様で、デザイナーになりたい人がいました。当時は保育士で、知識もまるでなかったので最初は「無理ですよ」ってお話したんです。
でも、ふと「ずいぶん常識的なことを言ってしまったな」と考えを改めて相談に乗っていると、その後、彼女はデザイナーと呼んでいいレベルにまでなれたんです。そういう経験もあって、高校生から「起業したい」と聞くと一瞬ためらうものの、まずは話を聞いてみるようになったんですね。
すごい人じゃなくてもいい?
新海
たとえばここにはロボットをつくっている人がいて、それを聞くと「すごいね」ってなるけれども、みんな最初からすごいわけではないですよね。感染動機という言葉がありますが、「すごいな」と思う人が身近にいると影響を受けて、内発性を持てるようになります。秀でた能力よりも、オープンで影響し合える場があることの方が、自律分散した状態をつくりやすいと思っています。
いろんな人がいて、関われる場の力ですね
新海
人が集える場があると、解決できることも増えます。キッチンカーをやっている人がいて、子どもが熱を出して休むことがあります。でも、代わりをできる人たちでグループをつくっておくと、ドタキャンを認められる仕組みができます。
お互い様の気持ちで、ゆるさを広げていく
ゆるいつながりを感じます。「○○でなければいけない」という明確なルールはないけれど、それぞれが安心して自由に動きながら、バランスが取れているというか。
新海
硬いものを好む人はコミットしないでしょうね。作用反作用という物理の法則がありますが、このバランスが崩れると壊れてしまいます。ゆるいことで失っていることもありますが、ゆるさの先にあるものを目指しているので、ゆるさをとっているという感じです。
「完璧でないこと」や「他人が思いどおりに動かないこと」を許容しないと、ゆるさを持てませんよね。「許せない」と思って離れていく人が多いと、コミュニティは続きません。ゆるさを持つ余裕って、どうしたら持てますか?
新海
私たちの場合、メンバーが育ってきたことで、一人が背負い込まなくてもよくなったことはありますね。私がつくったカレーのレシピが次の人、また次の人に伝わっていくように、お返しは直接的でなくてもいい。それが「お互い様」ということです。輪の中心の人が周りに余裕を与えたら、その人がまた次の人に余裕を与えて、余裕が広がっていったらいいのかなと思います。
[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹