【後編】赤荻 瞳 × 千葉 雅也
君たちはどう生きるか──激しく生きよ!
ギャルカルチャーが教えてくれる、「自分らしく」生きるための方法
2022.01.27
好きなファッションはありますか? 譲れないスタイルはありますか? とかく誰かからの「いいね!」に一喜一憂することが多くなった昨今ではありますが、自分からの「いいね」だけを信じ、自らのスタイルを貫き通す人もいます。ギャル・ギャル男はその代表格と言ってもいいでしょう。
個性あふれるギャル・ギャル男たちが彩ったカルチャーを知り、自分らしく生きるためのヒントを得たい──そう思ってお話を聞いたのは、2014年に休刊となったギャル雑誌『egg』を復活させ、現在編集長を務める赤荻 瞳さんと、自らもギャル男ファッションを身にまとう哲学者・千葉 雅也さん。
ギャルカルチャーの変遷を聞いた前編につづき、後編では「自分らしく」あり続けるためのギャルマインドを学びます。さぁ、「いまを激しく生き続ける」準備を始めましょう。
( POINT! )
- ギャル男のファッションが示す、「モテる男性像」の変化
- 「無難が一番」な若者が増えた?
- 社会から「まともさ」がなくなり、ハズす美学が失われた
- 現代を生きる若者は、「かっこいい目立ち方」を知らない?
- ギャルたちはかつての流行を現代風に再解釈し、取り入れる
- 「ワンチャンマインド」を持っていれば、失敗なんて怖くない
- 理想の自分に近づくために、「とりあえずやってみる」
- ギャルカルチャーは「激しく生きること」の重要さを教えてくれる
赤荻 瞳
1996年、埼玉県生まれ。
高校1年のときにギャルサークル(ギャルサー)で活動。高校中退後、2015年に広告制作会社に入社。2018年3月に『egg』をウェブで復刊させ、編集長に就任。ウェブ版『egg』を運営するエムアールエーの社長も務める。
千葉 雅也
1978年、栃木県生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。
東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。哲学/表象文化論を専攻。フランス現代思想の研究と、美術・文学・ファッションなどの批評を連関させて行う。著書に『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(河出書房新社)、『勉強の哲学 来たるべきバカのために』(文藝春秋)、『デッドライン』『オーバーヒート』(共に新潮社)など、共著書に『言語が消滅する前に』(幻冬舎)などがある。
EXILEの登場が、日本の「モテる男像」を変えた?
現在の『egg』のモデルさんたちを拝見したところ、かつて王道だった、いわゆる黒ギャルはいらっしゃらない?
赤荻
そうですね。多少黒くしている子もいますが、全盛期の黒ギャルに比べると全然。
千葉
1990〜2000年代時代のギャルとは、見た目がかなり違いますよね。
赤荻
かつてのギャルカルチャーには明確な流行があって、みんな同じようなメイクをしていましたが、いまの子たちはそれぞれ好きなメイクをしていますね。それはやっぱりインターネットが普及して、理想像が多様になったからだと思いますし、「違えば違うほどかっこいい」といった意識があるように思います。
『egg』の公式YouTubeである『egg Channel』を見ると、男性モデルのみなさんもかつての長髪で派手なメイクをしたギャル男のイメージとは異なり、短髪の方が多い。前編では「ギャル男はモテるためにギャルの真似をしていたのでは」というお話がありましたが、男性モデルの方々の見た目の変化にも関係している?
赤荻
いまの男の子たちは、いわゆるEXILE系が多いですよね。私たちの世代くらいから「ジャニーズ系よりEXILE系が好き」という女の子が増えていた感覚があるので、女性の好みの移り変わりが男性のファッションに影響を与えているような気はしますね。
やはり男性側の流行は、女性側の好みに左右されていると。
千葉
90年代後半のギャル男の髪が長かった理由は、やっぱりキムタクだと思うんだよね。女性がかっこいいとする男性といえば、キムタクだった。そのキムタクの髪の毛が長かったから、ギャル男も髪を伸ばしていたわけ。
さらに、メイクをしたり、着ぐるみパジャマを着たり、ギャルの流行を取り入れることでギャルの輪に入ろうとしていたと思うんだよね。だから、性別の垣根を越えてみんなで盛り上がるのが、ギャルカルチャーの一つの特徴になった。
その流れを決定的に変えたのが、EXILEの登場。髪を刈り上げ、身体を鍛えた、旧来的な“男っぽさ”を持った男性が人気になった。なぜ、ああいった打ち出し方をしたのかは定かではないけど、おそらくジャニーズに対して向こうを張ったんじゃないかな。「ジャニーズ的な美少年ではなく、もっと“男っぽい”方がかっこいいでしょ?」と。
たしかに、90年代後半のギャル男たちは、ギャルと同じようなファッションをしていますが、いまはより“男性的”な見た目をしている印象がありますね。あくまでも、旧来的な価値観で言う“男性っぽさ”ですが。
千葉
グローバル化の影響も大きいでしょうね。「モテる男性」の基準が、海外のそれに寄っていったのもあるでしょう。基本的に、海外のイケメン像というのはどちらかと言えば男性的で硬質だと思います。さまざまな価値観がグローバル化した結果、「モテる男性像」も変わった。
でも、個人的にはこの傾向をおもしろくないなと思っていて。やっぱり、ギャル男の時代はもっとみんながチャレンジングだったし、ラディカルだった。「強い男っていいよね」みたいな凡庸な価値観に落ち着いてしまったのは、社会の保守化が進んでいるってことだと思うし、なんだかなーって。
まともさがあったからこそ成立した「ハズしの美学」
90年代後半のギャル・ギャル男たちは、ファッションを通して、新しい女性像や男性像を模索していた?
千葉
僕はそう思っています。かつてのギャル・ギャル男たちが、あれだけ派手にやっていたことは、いまの時代を生きる若者たちに勇気を与えると思うんだけど。というのも、この前ある男性ファッション誌を見ていたら「無難が一番!」ってキャッチコピーがでかでかと(笑)。もうびっくりしちゃって。
「事を荒立てないようにしたい」「なんとか無難に生きたい」と考えている人がそれだけ多くなっているということなんでしょうか。
千葉
両極化していますよね。「とにかく無難に」と思っている人が増えている一方で、ひどいやり方でもいいから、目立つことによってお金を儲けようとしている、いわゆる迷惑系YouTuberのような人もいる。「もっといい目立ち方あるでしょ」と思っちゃう。
「いい目立ち方」が分からない人が増えているのかもしれないですね。
千葉
かっこいい「ハズし方」がなくなってしまったように感じていて。ギャル・ギャル男文化の根底には着崩す、ハズすという考え方があった。ルーズソックスも、本来的なソックスの形から、どんどんハズれて「もうそれ靴下じゃなくて、でかい袋じゃん!」みたいなところまでいって(笑)、ギャルたちはそれを接着剤で止めてまで履いていたわけだよね。
靴下だけではなくて、メイクもそうだし、洋服もそう。「一般的」「普通」から、いかにかっこよくハズすか、が問われていた。そして、そこには緊張感があった。
現在はその緊張感がなくなってしまった?
千葉
かつての緊張感って、一般的なルールや規範といった「まともなもの」からハズれるときに生じるもの。つまり、「まともな社会」があったから、ハズすこともできたし、緊張感があった。みんなが共有する「やっちゃいけないこと」がきっちりとあったわけだよね。
だけど、価値観が多様化して、いまや「何でもあり」の世の中。その分「まともさ」もなくなり、ハズすかっこよさが成り立たなくなってしまった。だから、目立とうとするとき、言い換えればハズそうとするときの緊張感がなくなり、「そんなことしてたら捕まっちゃうよ?」というようなめちゃくちゃなことをする人が増えたのではないかなと。
本当は「何でもあり」なんだから、みんながそれぞれのかっこよさを追求すればいいんだけど、それはそれで大変なことだから。
かつての流行をコピーするのではなく、解釈し直す
赤荻
いまの子たちのファッションを見ていても、「みんながそれぞれのかっこよさ」を追い求めていることを感じますね。かつてのようにマルキュー(SHIBUYA109)で全部洋服を揃えている子はもうほとんどいないんじゃないかな? ほぼファストファッションで固めている子が多い。
『egg』を復活させた2018年ごろは、コーディネートの中にいちアイテムだけマルキューに入っているブランドの服を入れ、あとはファストファッション、という子もいましたが、それから4年経ってほとんどの子が「もうブランドは関係ない。私は私の好きな服を着る」と考えるようになったのではないかと。
千葉
いまでもマルキューって、ギャルに対する影響力はあるんですか?
赤荻
そうですね。ただ、かつてと比べれば、だいぶギャルが離れている気もしますけど。昔は、「マルキュー=ギャルファッション」でしたが、いまはギャルが愛するお店が5店舗ほど残っているくらい。
千葉
昔からギャル御用達だったブランドが残っている?
赤荻
はい。あるブランドは、一時期ギャルではない子をターゲットにしたラインナップになっていたんですけど、最近ギャル出身の子がプロデューサーになって、またギャル寄りになってきた印象がありますね。
千葉
そうすると、ギャルファッションが復活しつつある?
赤荻
アニマル柄だったり、厚底だったり、90年代に流行ったデザインのリバイバルが増えている印象ですね。それに、ルーズソックスもまた流行りだしていますし。
千葉
本当ですか? いつくらいから?
赤荻
ここ1年くらいですかね。ルーズソックスを履いているギャルは90年代以降ずっといたのですが、いまはギャルではない子たちが文化祭やディズニーランドに行くときなど、ちょっとしたイベントのときに履くようになっている。あと、HIP-HOPカルチャーが好きな子たちが、日常的に履いているみたいですね。
かつての「伸ばしたら2mくらいあります」みたいなものではなく、もっと短めのものですが、取り扱っているお店も徐々に増えています。5年前はルーズソックスを見つけること自体が難しかったんですけどね。
かつてのギャルたちは制服にルーズソックスを履いていた印象ですが、私服に合わせる人が増えている。
赤荻
そういう意味では、かつての流行の単なるコピーではなく、それをアレンジしていまのファッションに取り入れている印象ですね。
自らの欲望にしたがって、激しく生きる
では、もしかするとギャルファッションの復権を起点に、文化自体が盛り上がる可能性もあると。ギャルカルチャーを今後「こうしていきたい」といった野望のようなものはありますか?
赤荻
実は『egg』の編集長は2022年3月に退任して、これまでやれていなかったことをやりつつ、自由に過ごそうかなと思っているのですが、ギャルカルチャーとのつながりが切れるわけではありません。
どういった関わり方になるかはまだ分かりませんが、ギャルカルチャーを世界に広げていきたいなと思っているんです。すでに、日本以外にもギャルに興味を持ってくれている人はたくさんいるのですが、これからはもっと見せ方を工夫して、「ギャル」を全世界の共通言語したい。
より具体的に言えば、ファッションもそうなんですが、ギャルのマインドをもっと広めたいと思っていて。前編で、ギャルとして大事なことは「自分が一番イケてると信じて疑わないこと」と言いましたが、そういったギャルマインドを伝えて、一人でも多くの人をハッピーにしたいんです。
先輩たちが、赤荻さんにそのマインドを教えてくれたように。
赤荻
私も後輩たちに身を挺して教えています(笑)。「自分が一番イケてる」と思って、とにかく私がやりたいと思うことをやっていますし、後輩から「ちょっと遊びすぎじゃないっすか?」と心配されるくらい、遊んでいるし。これからも「いまを全力で楽しむ、こんな生き方もあるよ!」と伝えていきたいですね。
でも、多くの人がいきなり「自分が一番イケてる」と思えるわけではないでしょうし、後先を考えず好きなことをやる生き方をするのって難しいと思うんです。やりたいことはあるけど、なかなか一歩が踏み出せない人にアドバイスを送るとしたら?
赤荻
「失敗してもよくね?」ですかね。少なくとも、私は常にそう思っています。とりあえずやってみて「ワンチャン成功したらラッキー!」みたいな。どうせワンチャンスしかないんなら、失敗して当たり前だし、何も怖くない。そんな「ワンチャンマインド」が大事だと思いますね。
千葉
ファッションでもなんでも、とりあえずやってみることは大事ですよね。形からでいいから、とにかくやっちゃう。「こうなりたいなー」と思う姿があるなら、そこに思いっきってジャンプしてみればいい。
僕自身そういう経験があるから。いかにもガリ勉だった僕がギャル男ファッションに身を包むようになって、いきなり性格が変わったわけではないけど、コミュニケーション力はついたと思うし。小さいころからよくしゃべる方ではあったけど、人間関係はファッションを変えてから変化したと思います。
ギャルカルチャーについていろいろなお話をうかがってきましたが、このカルチャーから現在を生きる私たちが持ち帰るべきものがあるとすれば、どんなことでしょう?
千葉
激しく生きること。ギャルカルチャー全盛期は、みんなが自らの欲望に正直に、激しく生きていたと思う。その欲望の形は「とにかくいまを楽しみたい」といったものから「自分のスタイルを貫き通したい」といったものまでさまざまだった。
いまの社会からはそういったいろんな形の欲望がなくなってしまって、すべての欲望が「儲ける」につながってしまっている気がする。承認欲求でもない、金でもない欲望にしたがってアツく生きることを、ギャルカルチャーは教えてくれるんじゃないでしょうか。
[取材・文]鷲尾 諒太郎 [撮影]須古 恵 [編集]小池 真幸