どんな人でも、その人らしいストーリーを「つむぎ出せる」

なぜ、話すことや伝えることを大切にしているのでしょうか?

千葉

ディー・エヌ・エーの人事部に属していたとき「学生の人生を深掘って聞く人事だからこそ、人生を語って仕事への覚悟を学生に伝える必要がある」と思い、当時の新卒採用部メンバーに自らの人生と働く意味を結びつけたスピーチをしてもらったことがありました。

ある日の朝会でそれぞれがスピーチを実施したのですが、覚悟ある言葉の数々に多くのメンバーが感動して涙を流していたことを覚えています。はじめはそこまでのことになるとは思ってなかったのですが「仲間のことが深く理解できた」と、みんなから感謝していただきました。

自らの人生を語るには、まずは自らと人生と深く向き合う必要がある。そうして作り上げられたスピーチには、その人自身が映し出される。そして、互いに自らのストーリーを語り合うことは、相互理解につながり、組織の一体感を向上させることにも結びつくのだと確信しました。こういった経験から、「伝えること」「語ること」の価値を再認識しましたね。

 

自らの人生と向き合うことから、スピーチづくりははじまると。

千葉

さらに言えば、「人生のストーリー」を見出すことが重要です。前編では、私自身の人生のストーリーをお話しましたが、あのストーリーも自らと向き合うことによって「見出した」もの。言い換えれば、点と点をつなぎ合わせて「作り出した」ストーリーなんです。

「ただ淡々と生きて来ただけだから、私の人生にストーリーなんてない」と言う方もいらっしゃいます。でも、そんなことはないと思っていて。スピーチトレーナーの仕事を通じて気づいたのは、すべての人が自らの人生を振り返り、点と点を結びつけることで、その人らしいストーリーを「つむぎ出せる」こと。そして、そういったストーリーこそが「自分らしさ」なのだと思います。

 

人生のストーリー、言い換えれば「自分らしさ」を見出すためのコツは何だと思いますか?

千葉

「お気に入りの言葉を探すこと」がヒントになるのではないかと思っています。私は言霊(ことだま)の存在を信じていまして。「こうなりたい」と口にすることによって、理想の姿を強く意識できる。好きな言葉、あるいは自分らしい言葉を考え、それらを並べて口に出してみることが「自分らしさ」を見出すための第一歩になるのではないでしょうか。

 

ちなみに、千葉さんはどんな言葉が好きなんですか?

千葉

よく使っているのは「使命」。あとは、「審美眼」や「信念」という言葉も気に入っています。これらの言葉が好きな理由は、自分の生き方を正してくれるように思っているから。ときに堕落してしまう自分の生き方を、使う言葉によって軌道修正したいんです。

また、私は自分を奮い立たせられる言葉が好きです。私自身もこれまで自分が発表するスピーチの中では、意識的に好きな言葉を入れて、自らを鼓舞していました。

 

「内容」と「話し方」がうまく組み合わさると、伝わるスピーチになる

まさに千葉さんのストーリーそのものという感じがします。スピーチスクール『GOOD SPEAK』の授業も、受講者が自らの人生に向き合うことから始まるのでしょうか?

千葉

そうですね。私たちは「話すこと」を「内容」と「話し方」に分けて考えています。一般的なスピーチスクールの場合、「内容」には触れず「話し方」しか教えないことが多いのですが、『GOOD SPEAK』では、その両方を指導しています。

そして、「内容」の質を向上させるためには、まず自らのストーリーを見出す必要がある。私たちは、話す力の学習プログラムを62項目に分けています。その中の「自らを知るためのポイント」を提示して、「今日はこのポイントについてのスピーチを5つ考えてみましょう」といった課題に挑んでもらいます。そうすると、人生に向き合わざるをえなくなるじゃないですか。

 

たしかに。

千葉

そうして、自らのストーリーを見出してもらいながら、「話し方」も指導します。たとえば、抑揚は「スピード」「大小」「高低」「間の取り方」の4要素に分けていて、「この部分では落ち着いた印象を持ってもらうために、少しスピードを落としてみましょう」、あるいは「ここはより注目してもらうために、声をやや大きくすることを意識しましょう」といった感じですね。

また、せっかく語っても聞いてもらえなければ意味がないので、聞き手の視線を引きつけるための訓練も重要です。特に大事なのが、スピーチの冒頭。『GOOD SPEAK』では、スピーチの「入り方」に関する14の型を用意しています。スピーチをする場や内容に合わせて型を使い分け、聞き手の注目を引きつけられるようになれば、伝える力がより向上します。

 

五感と感情、そして「弱さ」をいい塩梅に混ぜ込む

「内容」と「話し方」をかけ合わせて、伝える力を伸ばすサポートをしているのですね。

千葉

また、五感と感情をうまく盛り込むことも大切です。たとえば、起業家や政治家の方には、大きな震災をきっかけに現在のキャリアを歩んでいる人が多くいらっしゃいます。仮に、そのような方が「なぜ、今の仕事に就こうと思ったのか」と問われたとしましょう。通常であれば「私は震災をきっかけに多くの人を助けたいと思い、起業家・政治家になろうと決意しました」とシンプルに言ってしまうことが多い。

ただそこに五感と感情の細やかな描写を入れ込めば、想いはもっと伝わりやすくなります。たとえば、こんな感じで。

「地震が起こった当時、私は職場にいました。地面が大きく揺れ、非常に困惑していた。普段、当たり前のようになされている意思決定が、あれほどまでに難しいと感じたことはありません。いてもたってもいられずに次の日、夜行バスに揺られながら、現地へ足を運びました。土砂崩れを起こした山々。何かが焦げたような匂いも漂う中、人を助けたいと思った時、本当に助けられる人間でありたい、と心の底から思ったのです。それがこの道を志したきっかけです」。

スピーチの内容をクライアントと考える際は、時系列を整理しながら「その時々に五感を通して感じた感覚と、感情をできるだけ細かく思い出してください」とお願いしていますね。

 

五感と感情を交えることで、「その人ならでは」の答えになると。

千葉

あとは、自らの弱さを語ることも大事です。輝かしい経歴や大きな成果ばかりの内容だと、聞き手の共感が得られづらくなり、聞いてもらえなくなってしまう。だから、あえて自らの無力さを感じた経験や挫折経験を盛り込むことで、親近感を抱いてもらえるような内容にしていく。

ただし、そういった弱い部分ばかりを語ってしまうと、今度は逆に信頼が得られなくなってしまう。両者のバランスが大事なので、細かな調整を加える必要があります。聞き手に伝わるよいスピーチは、そういった細かな計算の上に成り立っているんです。

 

なぜ日本にはスピーチ教育者が少ないのか?

スピーチライター・トレーナーという仕事の一端を知れた気がします。特に人前でスピーチをする機会が多い人たちに、とても大きな価値を提供していると感じたのですが、日本ではあまり一般的な仕事とは言えません。なぜ、日本にはスピーチ教育者が少ないのでしょうか。

千葉

あくまでも私の推測なのですが、文化的に周囲と足並みを揃えることを重視してきたからだと思っています。言い方を変えれば「個人が意見を主張すること」が良しとされて来なかった。

あとは、言語的な理由もあると思っています。日本語って、あまり肺活量を必要としない言語なんですよ。つまり、そこまではっきりと発音しなくても、言葉が伝わる。街を歩く中で外国語が大きく聞こえるような経験をしたことがある人は少なくないと思うのですが、それは日本の街中で頻繁に聞かれるいくつかの外国語が、大きくはっきりと発音することを前提としているから。

文化的/言語的な背景から、「はっきりと大きく言葉を発し、しっかりと意見を伝えること」が重視されてこなかったからこそ、日本ではスピーチ教育者が一般的な存在になってこなかったのではないでしょうか。

 

アメリカの元大統領であるバラク・オバマさんはスピーチの名手ですが、その影にはジョン・ファブローというスピーチライターがいたことも有名ですよね。政治の世界では、伝える力もかなり重要な要素だと思うのですが、日本ではあまりスピーチライターの力を活用している方は少ないのですか?

千葉

まったくいなかったわけではありませんが、アメリカほど一般的な存在だとは言えません。アメリカの政治家の多くは、文章を書く専門家、表情に関するアドバイスや訓練をする専門家といったスピーチに関する複数のプロフェッショナルを雇い、伝える力を向上させるための環境を整えています。

私の知る限り、日本にはそういった環境を整えている人はいません。ただ、それは伸びしろが大きいということでもある。これから日本のスピーチ教育を担う人たちの役割は大きくなるのではないかと感じています。

 

「自らを語ること」は、人生を肯定することにつながる

千葉

それに、今後は日常的に人前でスピーチをするわけではない方々にとっても、「伝える力」の重要性は増していくと思います。なぜならば、コロナの影響もあり、直接話す機会が減っているからです。

会社組織においても、同僚と直接会って話す機会が少なくなったことによって、帰属意識が薄れているといった話も耳にします。コロナが流行する前は、オフィスでの雑談などを通して相互理解を深め、それが信頼関係を築くことにつながっていましたが、現在そういった機会は少なくなっていますし、今後も完全に元通りとはいかないでしょう。

だからこそ、私たちはこれまで以上に「人とのコミュニケーション」を意識しなければならない。そして、人との強い結びつきをつくるために重要な役割を果たすのが「自らの言葉をもって伝える力」だと思うんです。自分がどんな人間で、何を考えているのかをしっかりと伝えることで、本当の意味でのつながりを持てると信じています。

 

「伝える力」を磨くための第一歩は、自らと向き合いストーリーを見出すこと。そして、ストーリーに五感や感情を交えること、ですよね?

千葉

加えて、自らのビジョンを決めることも大切です。抽象的なものでも、具体的なものでもいいので、ビジョンを定めると「この行動はビジョンの達成につながるのか」と考えられますよね。言葉も一緒だと思うんです。自らの核となるようなビジョンを決めることで、どんな言葉を語ればよいのかが見えてくるはず。

自分のことを話すのが苦手な人もいると思います。でも、「話す力」を左右するのはセンスではなく、技術なんです。つまり、訓練をすれば誰だって話す力はつけられる。大事なことは、「話すこと」に関する適切なノウハウを、適切な順番で学び、成功体験を積むこと。

とにかく話す機会を増やすことも大切ですが、何度繰り返しても「君の言いたいことが分からない」と言われたら、やる気がなくなっちゃいますよね。だから、正しい手順で学ぶ必要がある。そうすれば、誰だって「伝えられる人」になれるんです。これは、人前で話すことに対する「自信」にもつながっていきます。

 

「話す力」を向上させることは、その人の人生に何をもたらすのでしょう。

千葉

自分の人生を肯定することにつながると思っています。自らのストーリーがどんなビジョンにつながっているのかを知り、それを語ることを通して、私たちは自分が大切にしてきたもの、そして、これから大切にすべきものを知ることができる。

「自分にしか語れないものは何か」「このことについて、自分の視点からは何が言えるか」……それを考え続けることは、「自分らしさ」に気づくきっかけになり、自らの人生の豊さを教えてくれるはずです。

 

[取材・文]鷲尾 諒太郎 [撮影]高橋 団 [編集]小池 真幸