一人で読んでいても、他者との関係は生まれる?

読書は1人で楽しむもののイメージがありますが、読書会や文学フリマも人気ですよね。人との関わりにもつながるのでしょうか。

桜井

読書について言いますと、本の世界に没頭することにはその世界観に浸るだけでなく、登場人物と人間関係をつくる面もあるんですよね。

 

本の登場人物と、自分が人間関係をつくる?

桜井

そうです。『読書スタディーズ』でも紹介した「パラソーシャル関係(*1)」というもので、「推し」みたいなものだと説明しています。

相互にコミュニケーションを取っているわけではないけれど、その人の心情を理解して、心の中でやりとりをする。そうした経験とも関係するのか、現実社会での他者への共感性に少しつながっているという研究もあります。これも、没頭することによって得られるものなのかなと思いますね。

 

なるほど。でも、読書が好きな人が会話も得意とは限りませんよね。コミュニケーションが得意そうな小説家もいれば、苦手だという方もいます。

桜井

面白いですね。多分、コミュニケーション能力と他者への共感性は違うのだと思います。他者への共感力が高いからといって、必ずしもコミュニケーション力が高いわけではない。小説家ではないので代弁できませんが、小説家が人物の心情まで踏み込んで書けるのは、他者への観察力や想像力が強いからなのかなと思います。

そういえば、本が好きな人にインタビューしたとき「本を介したほうが他人とコミュニケーションしやすい」と聞いたことがあります。

 

本の感想を話す、といったことでしょうか。

桜井

そうです。話題があるし、より深い話もできるという意味なのかもしれません。

 

たとえば、職場の会話が連絡事項と天気の話くらいということがありますよね。本について話すことで、自分の考えを話したり相手の考えに触れたりできそうです。

桜井

それも読書会の魅力ですよね。一般社会や会社では、天気の話ができる人のほうが「コミュ力が高い」とされますが。

先生がいて正解があるようなタイプでなく、本がコミュニケーションを媒介するような読書会は、自由な読みが許される場になります。「誤読」も含めてさまざまな読み方があるから話題が広がるし、自分の読み方についても振り返ることができます。みんなで読書体験を深めていくような場になりますね。

読書がつくる関係性って、幅が広いんです。他者がいるかどうか、またその他者とやり取りがあるかどうかでも区別する必要があると思います。感想を言い合う場合はもちろん、無言の読書会でも他者を意識することで読書の進み方が変わることがありそうで、他者性はそれ自体におそらく意味があります。さまざまな読書コミュニティの意義を整理できないかなと思って、研究しているところです。

 

朝読書をした子どもたち。その後の本との関係は

他者がいるところでの読書といえば、小学校の「朝読書」の時間がありますね。

桜井

国際比較のデータを見ても、日本の子どもは読書を楽しんでいる割合が高いんです。なぜ高いのかを十分に分析できているわけではありませんが、1つには「朝読書」のように全校で一斉に本を読む時間があることではないかと思っています。

 

朝の10分間など、学校で読む時間を確保する取り組みですね。

桜井

そうです。学校によっては読む本に制限があるようですが、もともとは好きな本を読んでいいという発想なんですよね。自分で選んで少し読んでみて、面白くなかったら、次は図書館から別の本を借りてきてもいい。読む時間があることと、好きな本を自分で選べること。それを支える学校図書館の環境も大事だと思います。

 

でも、小学校で朝読書を楽しんでいて、その後読まなくなる人もいます。何が変わるのでしょうか。

桜井

朝読書をする学校の割合が下がることに加えて、中学生は忙しいですよね。授業だけでなく部活動や塾、家での勉強や宿題もある。その残りの時間をネットやテレビ、ゲームと読書で取り合うことになります。

それから、中学生になると本を選ぶのも難しくなります。成長や好みの違いが拡がるとともに、思春期で友人の目も気になるようになる。好きならば、小学生に人気の『かいけつゾロリ』を中学生が読んでいても全然いいのに、恥ずかしいと感じてしまうこともあるでしょう。

ただ、都道府県別に見ると、朝読書を実施する小学校の割合が高いところほど中学生の段階でも読書が好きな割合が高いという比較もあります。

 

何を読んでいるかで「どう見られるか」も意識しますよね。本を読んでること自体はどう思われているんでしょう。

桜井

大学生に聞くと、読書をする友達について「かっこいい」「頭がよさそう」とポジティブな評価を聞くことが多いですね。一方で実際に読書するかどうかは、読書友達がいるかどうかも大きいと思います。本の感想を言い合ったり貸し借りしたりして、本がコミュニケーションの道具になる場合もあるんです。

 

図書館はどうなんでしょう。大学の図書館は、本に出会う場になっているのでしょうか。

桜井

実は、大学の図書館は話せるスペースを広げています。グループワークに使うなど、本を読む場所というより勉強する場所になってきている感じはありますね。学生に聞くと、図書館には行くけれど本は読まないと言うんですよ。「図書館の本は難しいので読めません」と言われたこともあります。

本がたくさん並んでいることで勉強する気分は上がるし入り口にはなっているけれど、読書への橋渡しができていないという課題はありますね。

 

ネットでつながれる時代に、本を介して集まる意味

若者は本を読まないと言われることもありますが、グループワークでの図書館の活用やBookTok(*2)など、新しい本との関わりが生まれている気もします。

桜井

そうですね。ネットのアルゴリズム次第で簡単にコミュニティのあり方が変わってしまう問題はありますが、同じような思考の人たちと集まりやすくなっていますね。ただネットだとどうしても出会える本の幅が狭くなるので、アナログな場のほうが思ってもみなかった本に出会える確率が高いと言われています。

対面で本を紹介してもらうことや読書会のよさには、実際に人がそこにいる存在感やある程度閉じた場でやりとりできる親密さがあります。拡散される心配をせずに話せる安心感もありますよね。

 

炎上リスクもあり、若者は自分の趣味を表現することにセンシティブになっているとも聞きます。その場にいる人に向けて話せる安心感はありそうですね。

桜井

昔は「リアルで言えないからネットで誰かに聞いてもらう」ということがありましたが、今は逆転しています。「ネットで言えないことをリアルで言う」という感じになっていますよね。

 

自分でつくったZINE(*3)などを手渡す場にも人が集まっています。そこでは何を共有しているのでしょうか。

桜井

自分の考えや体験をまとめた本を出しているZINEも多く、それを交換する場にもなっているのかなと思います。物を介して関わるということですよね。独立系の書店も、読書コミュニティづくりに関わっています。即売会で一冊ずつ売ったり新刊や大手出版社にこだわらず選書したりすることで、本を売る経路としても違う流れができています。

 

そう聞くと、電子書籍より形のある紙の本の方を手に取りたくなります。

桜井

最近は、特にフィクションでは電子と紙で理解度にあまり差がないという研究が増えてきています。一方、教科書や人文書では、読み返しやすい紙のほうが理解度が高まるという結果もあります。読むものや場面によって使い分ければいいですね。

昔の子どもたちがしていた漫画の貸し借りがやりにくくなって、今の子どもたちは漫画を読まないとも言われています。家の本棚に本が並んでいるのを見られるのも紙のよさ。そういった体験や手触り、表紙の美しさなど含めて、本の価値をもう一度考えてみてもいいのかなと思います。

 
桜井さんの著書『読書スタディーズ――本好きはどうつくられるのか』(明石書店)。「自分に合った本に出会えない」「集中して本が読めない」といった問題をさまざまな視点から検証しており、新しく本を読みたくなる本
※1:
芸能人や架空のキャラクターなど、実際には面識がない相手につながりを感じる心理状態
※2:
TikTok上で本を紹介したりレビューしたりするコミュニティ
※3:
大量生産ではなく、個人や少人数のグループがテーマや形式を自由に決めて作る自主制作小冊子。各地で即売会などが開かれている

[取材・文]樋口 かおる