100億と1万円。取引は同じ?

人の話を聴くことに価値を感じますが、多くの場合お金を生み出しません。巨額のお金が動く世界と目の前の人と向き合う現場。両方を知っている樋口さんは、どちらが大事だと思いますか?

樋口

それは、圧倒的に後者の方が意味あるでしょ。

 

1人の話を聴くこと?

樋口

確実に。それどころか、100億儲けること自体、何の意味もないですよ。それを目標にすることも。

 

実感を持てない人も多いと思います。

樋口

規模も意味はないんですよ。その人の話を聴くのと、その人の話を聴かない代わりに1万円もらえるのとどっちがいいですかという話とあまり変わらない。 1万円を手にする方法と100億を手にする方法は、本質的には変わらないので。

ホテルの売買も小さな商店の在庫管理も、本質的には変わりません。違うのは、そこに法律や金融といった要素が付随するかどうかだけです。小さな取引に契約書はいらなくて、ホテルのときには契約書が10枚要るとか。お金を払わないと学べないような専門性は必要だし、時間もかかる。だから特別な感じがするけど、起こっていること自体は変わらない。

1万円受け取ることと1人の話に耳を傾けることのどちらが大事か。1万円は消費しちゃったらそこで終わり。一方その人の話を1時間聴くと、ひょっとしたらその人の人生にインパクトを与える可能性がある。人間として考えた場合、1万円もらって幸せになるわけがないんです。その取引によって1ミリも幸福度は上がらないし、逆に下がる可能性が高い。

 

なぜでしょう。

樋口

人の話を聴いてその人とつながりが生まれたら、その瞬間に確実に双方の幸せ度が上がるわけでしょ。だからトレードオフどころか、そもそも金銭価値に人を幸福にする価値が存在しない。お金を儲けるならどうぞ。でも人間が幸せになりたかったら、そっちを選ぶ以外に選択肢はないわけですよ。

 

話を聴くことは、なぜ大事?

樋口さんは著書のなかで、「人の話を心で聴く」と書いています。企業でも1on1(ワンオンワン)といった対話の時間は取り入れられていますが、なかなかうまくいきませんよね。

樋口

企業のために話を聴くのか、彼らのために話を聴くのかの違いじゃないかな。彼らのために話を聴くなら、自分の都合を全部手放さなきゃいけない。こちらが話そうと思ってたことに一言も言及されなくても、それを受け止める感覚じゃないと、彼らの話にはならないですよ。

だから事業と全く関係ない話をする覚悟がないと無理なんだけど、人事担当者はそれを許されてないんですよね。生産性の概念があるから、子どもの話ばかりしていると評価が下がってしまう。

 

お互いに本音を言えず嘘をつくことになりますが、わかってしまいますよね。

樋口

バレてないふりをするんだけど、バレてますね。全て。

 

仕事以外でも、損得抜きで自分の話を聴いてもらえる機会は少ない気がします。

樋口

そういうふうに接してくれる人がいないんですよね。問題は無関心だということ。話を聴くにはその相手に関心を持つのではなく、相手の関心に関心を持つことが大事です。

 

それは、樋口さん自身が話を聴いてもらえてなかった、ということでもありますか?

樋口

僕自身そういう関係性を体験したことがなかったんですね。ホテル再生で訪れた沖縄で今の妻と話したとき、それがどういうものか気付かないままものすごく心地よかったんですよね。かなり後になってから、それが「自分の関心に関心を向けられる」体験だと気づきました。

人間って言葉で理解しなくても、何が自分にとって本当に大切なものかはわかるのだと思います。そういうふうにしてくれる人が1人現れた瞬間に、とても大切な存在になる。もしそういう人が職場にいたら、かけがえのない職場になるはずです。

 

愛を探しているのに、お金を追い求めてしまう

でも、お金も必要ですよね。

樋口

世の中に、お金のために働いてる人はいないと思ってるんですよ。

 

そうでしょうか。

樋口

お金そのものを目的にしているのではなく、「上司に期待されたい」「評価されたい」という動機で動いていることが多いと思います。いわゆるハイパフォーマーですごい成績を上げてる人たちは、実は人一倍愛されたい人間なんじゃないかな。その動機だったら、頑張る理由として辻褄が合う。ただその裏側に愛があるとは、自分でも気づいてない。

上司の方もそれで人間が働くってわかってるけど、それはオットセイに芸を仕込むようなやり方。愛に見えても、正反対のものなんですよね。

 

「成果を上げないと愛されない」と思い込んでいるんですよね。

樋口

そう。持つと不安になるから、もっと欲しくなる。

僕らは常に何かを追いかけてるけど、追いかけたものを手にした瞬間って実は嬉しくも何ともなかったりするわけですよ。どれだけ大きな目標であっても。ということは、 本当にそのものではない別のものを求めてる。なぜ追いかけてるかというと、追いかけるのをやめたくて追いかけてるんです。

ある女の子が「彼氏と別れたくない」と言ってました。別れたくない理由は、彼が大事だということもある。でも一番の理由は、別れてしまったらまた彼氏を1から探さなきゃいけないから。それが恐ろしいと。 彼ができた瞬間に得られるのは、「私はもう彼を追いかける作業をしなくていいんだ」っていう安心感なんです。

 

そして、今度は「失うかも」という不安が…。

樋口

持ったその瞬間から、失う不安が生じている。不安が生じるからまた追いかけ始めるけど、追いかけるのをやめるためには達成しなきゃいけないっていう。見事な無限ループにハマってしまう。

 

人間が持つ、困った仕組みですね。

樋口

学びの仕組みとしては最高だけどね。

 

未来の不安より「今」をあきらかに

投資銀行家として実力主義の世界にいたときは、気づいていたんですか?

樋口

当時は考えたこともなかった。一生気づかないままの人の方が多いんじゃない?

 

ホテルの経営者として1人ひとりと向き合う経験をした後、売却という転機がありましたよね。仏教で言う「あきらめる」(*1)の状態に近いものがあったのでしょうか。

樋口

それは本質的な話だと思います。何かに命をかけるとき、僕らはそれを「愛している」と思っている。でもその愛が手に入らないとわかった瞬間、手放さざるを得なくなる。そのときに気づくんですよね。あれだけ執着していたものが、実は本当に求めていたものではなかったんじゃないかって。

 

不安のループから自ら抜けることは難しいです。外部的な要因がきっかけに?

樋口

強制終了みたいにね。病気や事業破綻とか、ロープを掴もうとする人にとっては最悪な出来事も、一歩引いて考えたら素晴らしい体験になることがある。痛いけど(笑)。大きな喪失ではなくちょっと風邪をひいたくらいでも、身体がリセットしてくれることがありますよね。

新しいものを見つけたというよりは、ずっと自分の中にあったもの。僕だけじゃなくあらゆる人が持っている。資本主義の世界観をずっと学び続けているがゆえに、そのことに目がいかなかっただけという気がしています。

 
樋口さんの著書『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』(ダイヤモンド社)。日本トップクラスの経営者やジャーナリスト、学者たちが集った「次世代金融講座」をもとにしている。

人は何かを得ることで満たされるのではなく、誰かとつながることで満たされるのかもしれません。ではその「つながり」を前提にしたとき、経済や組織のあり方はどう変わるのでしょうか。後編では、「こころの資本」という考え方から、その可能性を探ります。

※1:
仏教用語の「諦念」。ものごとをあるがままに観察すること

[取材・文・撮影]樋口 かおる