キラキラに自虐も入れていく「ぽこぽこ界隈」

山内さんはメディア研究者として、SNSでの様々なコミュニケーションを観察していますよね。「ぽこぽこ界隈」が気になっているんですが、どんな人たちでしょう?

山内

「ぽこぽこ」という水が泡立つようなBGMとともに、バスルームや買い物などのVlogをYouTubeやTikTokに投稿している人たちですね。よく登場するのはテーブルのように使えるバスタブトレーとそこに並べられたヘアマスクやキャンドル、iPadなどです。

 

若い女性が丁寧に暮らすおしゃれな日常風景、という印象を持っています。「ぷくぷく界隈」も基本的には同じですか?

山内

はい。同じだと思います。「界隈民俗学」で「ぽこぽこ界隈のフォークロア」(*1)という記事を書きました。自分が影響を与えたというとおこがましいし、もちろん様々な影響があると思いますが、メディアで取り上げられることで言葉が界隈以外の人にも広まるにつれ、元々「ぽこぽこ界隈」という言葉を使っていた人たちがちょっとそれていく。そういう現象があるのかもしれません。

 

言葉が広まるとそういう動きが生まれますね。「#スタバなう」で検索するとラーメンばかり出てくるみたいな。「ぽこぽこ界隈」は言葉としても面白いし、おしゃれで高そうなコスメが登場することもあるので「なんかキラキラした人たち」と思われている気がします。

山内

ただ、ぽこぽこ界隈はある種の自虐でもあるんですよね。

 

自虐ですか?

山内

「爆買いしちゃいました」「お金使っちゃった」とか。「家に似たようなものがあるのに買っちゃったよ」みたいな自虐のニュアンスが含まれていることもよくあります。「おしゃれでキラキラ」なだけじゃないところも面白いと思ってます。

 

不安定な経済状況も関係しているのでしょうが、自虐があることで見る人も親近感を感じられますね。

山内

Vlogは1人行動を映してるものが多いです。彼氏との休日動画を撮ってる人もたくさんいますが、基本は1人でどこかに行くとか、日常生活してますみたいな。そういう「自分だけじゃない」という感覚を表現しやすいのがVlogなのかなと思います。爆食いする人もよくYouTubeショートやTikTokで動画を上げてますが、それも「友だちが食べてるみたいな感じ」があるんですよね。たとえば「ラーメン二郎でドカ食いするのって私だけじゃないんだな」 という共感が生まれたりします。

 

どこにでもいる「私」を匿名のまま発信していく

ぽこぽこ界隈は「風呂キャンセル界隈」があることで生まれた現象という気がします。お風呂に入れない・入らないことと真逆のようですが対立はしていなくて、「ぽこぽこ界隈を見習って風呂キャンをキャンセルする」という人もいますよね。

山内

そうですね。「界隈」には自虐が含まれていることが多いですが、「風呂キャンセル界隈」は特にそれがわかりやすいです。「いや私、お風呂入らないんだよね」と、ダメな自分をネットで表明することには、「普通じゃない」みたいなニュアンスが入っています。それを使って人とつながりたいという言葉の使われ方でもあるけど、ポジティブな感情だけでつながろうとしている言葉ではない感じがします。実はぽこぽこ界隈の人たちも、風呂キャンしてたりするんですよ。風呂キャンしたから、次の日はていねいにお風呂に入りましたって動画を投稿しています。

 

ぽこぽこ界隈という素敵な世界を見せつつ「実はちょっと風呂キャンしてます」みたいなことを織り交ぜるのも、「完璧ではない自分を見せる」現代らしさがあります。

山内

ぽこぽこ界隈の素敵さは編集が前提なので、当然演出はされています。お風呂場だって画面に映っていないところはゴチャッとしているのかもしれないし、部屋だって一部分だけが綺麗に整えられているのかもしれません。そのなかで、「できていない自分」を演出的に入れているのは面白いところです。

それは共感されるポイントでもありますが、「演出されたダメさ」だと気づく人ももちろんいて、嫉妬やいけすかなさも呼びます。だから辛辣なコメントがついたりすることも多いんです。

 

そうなんですか。「特定してやろう」という動きもありそうですが、基本的には匿名での投稿ですよね?

山内

元々有名なアカウントが「ぽこぽこ界隈に参加してみる」という動きももちろんありますが、基本的には顔は映さずに匿名で、アカウント名も記号的な名前なことが多いです。

 

記号的な名前?

山内

ニックネームでもなく、抽象的というか。たとえば「あやかちゃん」というアカウントが人気です。そういうふうに「ひらがな3文字」とか、どこにでもありそうな名前が多いんですよね。

 

なるほど。SNSで覚えてもらおうと思ったら検索で見つけやすいよう被らない文字列を選ぶものですが、ごく普通の名前なんですね。

山内

そうです。だからフォロワー数とかもあまり重要ではないのかなという気がしています。たくさん閲覧されれば収益につながるので、フォロワー数も大事ではあります。ただ、視聴する側で考えると、そのショート動画にどれだけインプレッションがついているかとか保存数はパッと見ることができます。でもそのアカウントのフォロワー数は、わざわざ1回クリックしないとわからないんですよね。

フォロワーが多い大手のアカウントだからおすすめに流れてくるというわけでもなく、本当にフォロワーが少ない「最近はじめました」みたいなアカウントの投稿も流れてきます。そういう状況もあって、より匿名性が強くなっている感じがしますね。

 

つながるためではない「界隈」

今のSNSのアルゴリズムはそうなっていますよね。TikTokが顕著ですが、フォローしているアカウントかどうかは関係なく、ユーザーが興味を持ちそうな投稿を表示しています。

山内

そうですね。だから特に「個人」を前面に出さなくてもムーブメントに参加できたり急にインプレッションが爆伸びしたりする面白さがあります。

 

SNSで「○○界隈」という言葉が使われることが増えて(2*)、風呂キャンセル界隈のほかに長時間歩く「伊能忠敬界隈」も話題になりました。メンタルヘルスが関係していることもあるので言葉の軽さが批判されることもありますが、そもそも「界隈」って何なのでしょうか。

山内

私自身が「界隈」という言葉を意識するようになったのは「自撮り界隈」です。2018年ぐらいからあったと思いますが、「自撮り界隈」ってつけて自撮りを一緒に載せるというものですね。

 

風呂キャンやぽこぽこなどはコロナ禍を経た生活重視目線もあって生まれたのかなと思っていましたが、「○○界隈」はその前からあるんですね。

山内

地下アイドルの文脈だったり特定のアニメ作品と結びついていたり、コロナ禍以前からそういう使われ方はありました。私は「うたの☆プリンスさまっ♪」(3*)が好きだった時期があるんですが、当時も「うたプリ界隈」という言い方をしてましたね。オタク×ネットカルチャーみたいなところから出てきた言葉ではあると思います。

今も若者の流行語に昔の2ちゃん用語やなんJ(4*)語が入ってくることがありますが、それに似た感じで由来とは関係なく若い世代に使われるようになり、短いスパンで移り変わっていくのが今のネットカルチャーですね。

 

「推し活」という言葉には「自分の好きを肯定しよう」 というイメージを持っているんですが、「界隈」も同じように「好きなものでつながる」ということでしょうか?

山内

「推し」もオタク用語から一般化したもので、オタクが「好き」を表明するために「界隈」を使っていた時期もあります。重なる部分はありますが、今はそこから広がっています。ネット上でゆるくつながる場でもありますが、つながるための言葉ではないと思います。

元々「上野界隈」などある程度限定的なエリアを指す言葉だった「界隈」は、ネット上でなんらかの趣味や特定のトピックを限定して指す言葉として使われるようになっています。ある種の何かを囲っているものなので、私はそれを「結界」ととらえています。単なる「好き」ではなく領域を隔て、ダメな自分も含めての避難場所として、機能しているものです。

 

関係のない人からしたら「ただの変わったムーブメントでしょう?」で片付けてしまいがちなぽこぽこ界隈が、どのような現代性を反映しているかを伺った前編はここまで。後編では、ぽこぽこ界隈がどんな時代背景から生まれたのかをより深く探ります。お楽しみに。

※1:
集英社新書プラス『界隈民俗学
※2:
「界隈」を含む検索人数年次推移は、2024年は2019年の約2倍に増加(ヤフー・データソリューション)
※3:
2010年に発売された女性向け恋愛アドベンチャーゲーム。2011年よりアニメ化された。
※4:
5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)の板「なんでも実況J」のこと

[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太