文系・理系の壁を超えた問題解決能力を

「正解のない時代」を生き抜くには、多様性から生まれる問題解決力が必要だと前編で伺いました。文系・理系で分断されてしまう状況は、どうしたら変えられるのでしょうか?

長内

相互乗り入れしていくことですね。

 

相互乗り入れ?

長内

文系の人は「技術は自分に関係がない」、エンジニアは「戦略や経営は自分の仕事じゃない」と考えがちですよね。そうではなく、自分ごととして考えられるような会社は強いです。

たとえばセンサーを手がけるキーエンスでは、文系出身の営業担当者もしっかり技術を学び、お客さんのもとへ行きます。そうすることで、相手のエンジニアと同じ温度感で話ができるようになる。また、技術を担当する人を「エンジニア」と呼ばず、文系理系問わず全員が「開発担当者」。そうした相互乗り入れによって、お客さんのニーズをうまく吸い上げたり、より売れるものを考えるときの選択肢が増えたりするんです。

専門的な知識や能力だけではない問題解決能力の幅広さ、いわゆる「T字型の能力」を育てているわけです。自分の専門領域を深める縦の力と、それ以外の領域を幅広く知る横の力。その両方で自分で解決すべきか他の部門に任せるべきかが判断しやすくなり、最適解が見つけやすくなります。

世の中は変わっていくので、最適解も毎回変わります。視野を広げれば多様な解決策が見えてきます。そういう会社は、業績もいいんです。

 

自主性にまかせるのではなく、組織のほうで働きかける仕組みが必要ということですか?

長内

そうですね。日本には、教育や訓練をしっかりやるカルチャーがあります。そのよさをいかして、より総合力を高めるトレーニングができるはずです。

 

イノベーションには「どう儲ける?」という価値獲得も必要

配置転換のないジョブ型雇用が広まりつつあります。担当外の仕事を自分ごとととらえにくくなりませんか?

長内

ジョブ型にも一長一短ありますね。スキルの高い人を活用できますし、成果を明確にして報酬を支払えるのでモチベーションが上がりやすい。でも、分断が進まないような仕組みは必要です。それはジョブローテーションとは限りません。

先端的な研究者など、専門能力を深める必要がある人もいます。ジョブローテーションが開発パフォーマンスを下げるという研究もあるので、そういう人たちには現場にいながらビジネス的な視点を養ってもらいます。

台湾の半導体企業がここ10〜20年で急速に成長した背景にも、こうした考え方があります。エンジニア一人ひとりに、「技術を経済価値に変えるのが自分の仕事だ」という意識を徹底的に育てている。政府系の研究機関でも、「どうやって儲けるか」をエンジニアにしっかり考えさせる指導が行われているんです。

 

文系・理系という枠組みを超えていくには、ビジネス的な視点も欠かせないと。

長内

その通りです。そうした幅広い視点が、柔軟に課題へ対応する力につながっていきます。

 

でも、何の役に立つかはわからないけど100年後に役に立つかもしれない物質について、企業の中で研究できなくなってしまうのでは?

長内

そんなことはありません。重要なのは、将来のゴールを描きつつ、その途中でどんな成果を出せるかを考えることです。

パナソニックは光ディスク(*1)の基本技術を30年かけて開発しました。でも、30年も商品化できない技術を研究し続けるのは難しい。そこで彼らは、最終的なゴールである「録画できるDVD」へ至る前に、途中の成果をビジネスにいかす寄り道をしていったんです。

たとえば、録画できるほどではないけどフロッピーディスク100枚分ぐらいの容量を保存できる光ドライブを開発し、パソコンに搭載することを提案しました。これは研究所の方からの提案だったそう。

研究所自らがビジネス視点を持つことで研究を守り、DVDやブルーレイの時代が到来したとき業界をリードできました。少し幅を広げて考える力が成功を後押ししたんです。イノベーションには「価値創造」だけでなく、作ったものでどのように儲けるかという「価値獲得」プロセスも不可欠なんです。

 

「答えが決まっていない」から面白い

専門性だけに閉じていると、価値獲得につながりにくいんですね。

長内

だからこそ、多様性が必要なんです。様々な意見とものの見方を取り入れることが、不確実性に対する一番の武器になります。ただし、多様性と効率性はトレードオフの関係にあります。多様性を重視すると効率が落ちるので、効率性を重視する立場からは、多様性は「敵」に見えてしまいます。

でも効率だけを重視して多様性を失うと、イノベーションが起きにくくなります。これが「生産性のジレンマ」です。多様性がないと変化に対応できず、長期的には戦えないんです。今アメリカでは極端に効率性が求められ多様性に逆風が吹いていますが、いずれ揺り戻しが来ると思っています。

 

日本の産業は「弱くなった」と言われます。多様性が失われたことも関係ありますか?

長内

あると思います。「失われた30年」という時代も、経営の効率性だけを重視し続けた結果、多様性が削がれてしまった部分があるでしょう。

 

若い世代はその時代を知りませんし、働くことへの意識も上の世代とは違いますよね。

長内

2000年前後には、携帯電話を出していた日本のメーカーは11社ありましたが、いま残っているのは3社で、シェアもごくわずかです。「日本は負けた」と思われがちですが、実は今のスマートフォンの半数以上には、日本製のカメラ用イメージセンサーが使われています。この分野では日本は今も強い。物づくりでしっかり利益を出している企業もありますから、決してすべてに負けたわけではないんです。

若い世代についても、私は非常にポジティブに受け止めています。古代エジプトの時代から「最近の若者は…」という言葉が使われてきましたが(笑)、今の若者は特に多様性への感度が高い。そこには大きな可能性を感じています。

 

多様性や自分らしさを大事にすることから、「仕事はそこそこでいい」という人も増えていますよね。そんな時代にビジネスや経営について考えることは、誰にとっても意味があるのでしょうか。

長内

不確実性が高まるほど、すべての人が経営戦略を考えることは企業にとってプラスになります。先が読めた時代であれば、将来の予測に基づいて対策を立てる「計画的戦略」で十分でした。でも今はそうはいきません。

変化を最初に察知するのは、研究開発やマーケティングなど現場の人たち。その現場の気づきを起点に戦略が立ち上がっていく「創発的戦略」が、これからの時代には必要なんです。

 

企業だけでなく、小さな組織や個人にも経営の視点は役に立ちますか?

長内

もちろんです。経営学は「組織の科学」ですが、人が2人以上集まればそれはもう組織です。個人で事業をしていたとしても、仕入れ先やお客様がいれば組織。飲み会だって1つのプロジェクト組織です。

そういうミクロな場面でも、経営の知識は役に立ちます。また経営学で扱う組織は、常に環境の影響を受けます。だからこそ毎回新しく考える必要があり、正解が1つではない。その「答えが決まっていない」面白さを伝えたくて、YouTubeを始めました。

組織には何らかの目的があり、持続的に成長することでその目的に近づけます。結果として、関わる人たちも幸せになれる。そういう状態こそが、望ましい経営のかたちだと思っています。

 
実際のビジネスの世界での競争に勝つための経営学の要点を分かりやすく解説する、長内さんのYouTubeチャンネル「長内の部屋」。時々登場する緑の鍋は台湾の定番万能調理器「大同電鍋」。
※1:
CDやDVD、ブルーレイディスク。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹