
【前編】山口 真一
拡大するアテンション・エコノミー。私たちの「関心」は誰のもの?
「見られる」ことの価値にどう向き合う
2025.03.06
フェイクニュースに「いいね!」してしまったり、フォロワー数やインプレッションを競ったり。私たちが日常的に接するソーシャルメディアやSNSでは、日々新たな分断が生み出されています。人と人をつなげる自由な場で、なぜ争いが絶えないのでしょう。背景には、「見られる」ことの価値の変化が関係しているかもしれません。
人々の関心をお金に変える「アテンション・エコノミー」とはどんなもので、なぜ広がっているのでしょうか。ネットメディア論の専門家で、『ソーシャルメディア解体全書』の著者でもある山口真一さんに話を伺いました。
( POINT! )
- SNSのアルゴリズムは「見られる」ための設計
- 「関心」は経済的価値に
- 個人にも広がるアテンション・エコノミー
- アルゴリズムがないと好みのものに出会えない
- システム1思考が増えている
- アテンション・エコノミーは拡大している

山口 真一
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。1986年生まれ。博士(経済学・慶應義塾大学)。専門は計量経済学、社会情報学、情報経済論。NHKや日本経済新聞をはじめとして、メディアにも多数出演・掲載。KDDI Foundation Award貢献賞、Nextcom論文賞、組織学会高宮賞、情報通信学会論文賞(2回)、社会情報学会論文奨励賞、電気通信普及財団賞、Web人賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞。著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)、『なぜ,それは儲かるのか』(草思社)、『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『ネット炎上の研究』(勁草書房)、『ソーシャルメディア解体全書:フェイクニュース・ネット炎上・情報の偏り』(勁草書房)など。他に、早稲田大学ビジネススクール兼任講師、シエンプレ株式会社顧問、株式会社エコノミクスデザインシニアエコノミスト、日経新聞Think!エキスパート、日本リスクコミュニケーション協会理事、日本テレビ放送番組審議会委員などを務める。また、内閣府「AI戦略会議」を始めとし、総務省、厚生労働省、公正取引委員会などの様々な政府有識者会議委員を務める。
「見られる」ことが価値になった時代
TikTokやInstagramなど、SNSは自由に発信できる場です。でも、たくさん「見られる」ことが目的になっている部分も大きいですよね。

山口
そうですね。ビジネスをしている人ならプロモーションとしての側面もありますし、単純に「承認欲求を満たしたい」という心理も働きます。SNSのアルゴリズムが「見られる」ことを重視する設計になっているので、ユーザーが「どうすれば関心を集められるだろう?」と考えるのは自然な流れです。
発信する内容よりも「見られる」かどうかが重要になってしまいませんか?

山口
それはありますね。かつてはメディアでなければ情報発信でお金を稼ぐのは難しかった。でも今は、動画を投稿したりバズを狙ったりするだけで個人が収益化できる時代。「見られる」ことが利益を生むんです。
しかも、SNSが「エンゲージメント(投稿に対する反応)がよい投稿ほど拡散される」仕組みになっているため、単にいいコンテンツを作るだけでなく「いかにシェアされるか?」を考えるようになっています。
なぜそうなってしまうのでしょう。

山口
インターネットが普及して情報量が指数関数的に増えましたが、人間の処理能力は急には変わりません。そこで私たちは、「目に入ったもの」や「話題になっているもの」を優先して選んでいるんですね。そのなかで人々の関心を得るためには、他の情報よりも目立っていたり興味を引いたりするものである必要があります。
「関心」を集めることに優劣が発生し、「関心」自体に経済的価値が生まれたということ。

山口
はい。メディアがページビュー数を増やして広告収入を得るという仕組みは以前からありました。個人でも同じことができるようになったというのが、今のアテンション・エコノミーの特徴の1つ。YouTubeでは動画の視聴数に応じて収益が得られますし、Xでも2023年から投稿の収益化がはじまりました(*1)。
関心を持って視聴することで広告の表示数を増やし、誰かの収益につながることがありますよね。収益化をしていない人にも関わりがあるものだと思いますが、アテンション・エコノミーとはどのようなものでしょう。

山口
アテンション・エコノミーは日本語では「関心経済」とも訳され、簡単にいえば「関心を集めることがお金に変わる仕組み」のことです。広告収益や投げ銭、インフルエンサー・マーケティングなど、関心の集め方次第で誰でも影響力を持ち、収益化できるようになりました。
単なるマーケティング手法ではなく人間の認知特性とデジタル技術によって生まれた経済法則ともいえます。そしてその裾野は今や大きく広がっています。

私たちは選んでいる?それとも選ばされている?
コンテンツも情報も多過ぎるので「選ぶ」必要があるということですね。でも、おすすめが表示されるプラットフォームが多く、自分で選べているのか疑問です。

山口
SNSに限らず、プラットフォームのアルゴリズムはユーザーのエンゲージメントを高めること、つまり「いかに多く見てもらうか」に注力して表示しています。特に上手だといわれているのがTikTok。人々が見たいショートムービーを次々に提供することで「気づいたら時間が1時間経っていた」という状況を作り上げていますよね。
おすすめが表示されているという状況では、「自分で」選んでいるとはいえませんよね?

山口
ユーザーには様々な好みがあります。無数に動画が並んでいるところにいきなり放り投げられても、見たいものにたどり着けません。そこでその人がそれまで見た記録や属性、トレンドから分析して「これが見たいでしょう?」というものをプラットフォームが用意するんです。それによってユーザーは自分に合ったコンテンツに辿り着けるし、プラットフォーム側には広告収入が入ったり有料会員になってもらったりするメリットがあります。
また、自分で選ぶ場合も適切に選べているかはわかりません。
どういうことでしょうか。

山口
自分が注目するコンテンツを選ぶ過程には、思考のパターンが2つあります。1つめが「速い思考」といわれるシステム1。パッと目を引かれて注目するという形。2つめが「遅い思考」といわれるシステム2で、よく考えて選ぶ形です。特にインターネット上では刺激に対してシステム1が反応し、すぐに飛びついてしまうことがとても多い。
なるほど。アテンション・エコノミーの裾野が広がっているそうですが、市場規模は拡大しているのでしょうか。

山口
どこまでをアテンション・エコノミーに含めるか定義する必要があり、市場規模の定量化は難しいところです。広告収入だけではなく投げ銭のようなものもありますし、支持を増やすことで別のところから資金を得るなど、アテンション・エコノミーには様々なものが含まれます。
しかし、近似的ではある広告市場は成長しています。インターネット広告はすでにテレビ広告を超えています(*2)し、私の研究では「インスタ映え」のために人々が年間約7,700億円も追加消費を行ってました(*3)。アテンション・エコノミーは拡大しているといえるでしょう。国内だけではなく海外からも参入してきていますね。

「怒りの感情は拡散されやすい」
人目を引いて商品やサービスを売る手法は昔からありますよね。たとえば「イベントを行うので店頭に告知ポスターを貼った」場合も、アテンション・エコノミーの一環といえるでしょうか?

山口
かなり広くとらえれば入ると思います。ただ店頭ポスターには地理的な制約があり、目にする人が限られます。一方ソーシャルメディアは拡散性が高く、一瞬で大量の人に届くこともあります。
関心を集める方法が、インターネットとともに進化してきたんですね。

山口
かつてはマスメディア広告によるシングルメッセージが一般的でした。「いいものだから誰にでもおすすめ」という単純なPRですね。1990年代には属性によるセグメンテーションが増え、2000年代には個人に向けたターゲティング広告が活発に。2010年代以降は個人間でのシェアを前提としたバイラルマーケティングが欠かせないマーケティング手法になっています。
テクノロジーの進化とともに多様な個人に向けての発信が可能になり、個人が拡散力を持ったことで個人間の伝達も重要に。

山口
個人にエンパワーメントしたということですね。アテンション・エコノミーそのものは、個人が収益化できない時代から存在しています。それからプラットフォームがとてつもなく大きな力を持つようになってそこにいる個人みんながエンパワーメントされ、誰でも参入できるようになっているのが現代です。
以前は個人が作品を発表する場は限られていましたが、インターネット上に誰でも投稿できるようになり、多様な人が多様な手段で自分のコンテンツを発表することができるようになりました。すると当然バズるようなことも起きます。それは当人にとってプラスなだけでなく、バズによってクリエイターに出会えたファンにとってもメリットがあります。
よい面もありますが、個人による情報拡散には正確さにおいて不安も感じます。

山口
もちろん、私たちはプラットフォーム事業者に「アテンションを奪われてしまう」という見方もできます。実際、「スマホをすぐ見てしまう」といった問題は広く起こっています。また、ソーシャルメディアで特に拡散されやすいのは「怒りの感情を含んだもの」や「センセーショナルで目を引くもの」。インターネット上のアテンション・エコノミーでは、過激なコンテンツやフェイクニュースを発信しようというインセンティブが働きやすくなることが考えられます。たとえば誰かを攻撃して目立つことでアテンションを得ようという動きも活発化してしまうということですね。
表現の自由を損なわずにフェイクニュースや侮辱的な発言を抑制するなどの環境改善はバランスが難しいところがありますが、プラットフォームに委ねるだけでなく、多くの視点から今後より考えていくべき課題だと思います。

「見られる」ことを経済的価値に変えるアテンション・エコノミーについて伺った前編はここまで。後編ではアテンション・エコノミーが広まっている背景とその課題などについて伺います。お楽しみに。
- ※1:
- 2024年からはプレミアムユーザー限定
- ※2:
- 電通調査, 2024
- ※3:
- 山口真一, 佐相宏明, & 青木志保子(2019)「インスタ映え(SNS 映え)」の経済効果に関する実証分析 GLOCOM Discussion Paper, 19(1), 1-23.
[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太