本をおすすめするときの距離感「うっすらと、幸せになってほしい」

蟹ブックスに来たお客さんから「本をおすすめしてほしい」と言われることもありますよね?

花田

多いですね。

 

知らない人に合った本を選ぶってむずかしそうです。相手に興味を持つことが必要かとも考えたんですが、ちがうような気がして。

花田

プロファイリングというか。本をすすめるときには、その人に興味を持つというより、手がかりを探している感じです。

 

話し方教室では「相手に興味を持つことが大切」と聞きますが、そうではなく。

花田

初めて会った人に「本を読みました。私にも何かおすすめしてほしいんですけど」と言われたら、とてもありがたいです。でもいきなりその人のことを好きになるわけでもないですし、どんな人だろう、知りたいってなるわけじゃないですから。

ただ、限られた時間のなかでその人に合った本をおすすめできたらうれしいなと思います。 その人が「いい本に出会えたな」とか「いい時間を過ごせたな」と思えたら私もうれしいので。なるべく真面目にその人がどういう人なのかを聞いて、自分がおすすめしたい本とか、こういう本も好きかもしれないという本を選ぶようにしてます。

 

どんなことがヒントになるんでしょうか。

花田

その人の心の一番深いところを掘り下げて照らし出すぞっていうことではないです。たとえば「今仕事を辞めるかどうか悩んでるから、そういう本を読みたい」とか、「これを読んで感動したから、こういう本をもっと知ってたら教えてほしい」とか。その人の内面を深く探るというより、単純にリクエストですよね。

もちろん「仕事が辛くて」と言われれば、「どういうところが辛いんですか」とか「辞めようと思ってるんですか」って質問していくことはありますけど。そういうコミュニケーションを楽しんでいる感覚です。

「本をおすすめしてください」というやり取りは短いもので、1ヵ月後にメールしてお礼を言うみたいな関係性じゃない。でもうっすらと、幸せになってほしいと思って選んでいます。

 

押し付けない本のすすめ方

「何をおすすめしてもらえるかな?」と、占いみたいな感覚で捉える人もいますよね。

花田

そうですね。スマホに占いや心理テストが出てきたら、すごい信じてるわけじゃなくても1回やってみるかってなることありますよね。それに近い感じで、切迫した動機はなく「自分だったら何すすめてもらえるのかな?」という方もいらっしゃいます。それは別に悪いことじゃないので、おすすめさせてもらいます。

 

おすすめした本は、どれくらい実際に読まれるんでしょう。

花田

「であすす」に書いた知らない人に本をすすめる活動をはじめてから、どれだけの人が実際に読んでくれたのかと考えると、半分はいってないだろうなと思います。でもそれが悲しいかというとそうではなくて。元々私がやりたくてやっていることで、「せっかくがんばって探したのに」とかもないですし。

でももし10人に1人とか実際に読んでくれて、そのうちの何人かが「すごい面白い本だった、よかった」ってなってくれたらうれしいし、それで十分かなと思いますね。

 

人にアドバイスする行為は「クソバイス」と呼ばれてしまうこともありますよね。押し付けになってしまったなと感じたことはありますか?

花田

友人へのアドバイスになると、「あなたは絶対もっとこうした方がいいよ」と出過ぎたことを言って反省することは時々あります。若い頃は「絶対読んでほしい」って無理やり本を貸して、「まだ読んでない」と言われたら「なんで?」みたいな気持ちになったこともありますし。

でも今、本に関してアドバイスを押し付けてしまうことはあまりないかな。自分が「面白そうだから読むね」って人から借りたものの、ほったらかしみたいな本もありますし。本をおすすめするのは、もう「読みたければ」くらいのスタンス。

 

一対一なら「それってどうしてなの」と聞ける

本をおすすめするためにはコミュニケーションが必要です。花田さんはコミュ力をどう身に付けたんですか?

花田

わからないです(笑)。

ただ、大勢の飲み会とか団体行動は苦手なんですけど、一対一という関係性は昔も今も好きなんです。たとえば大勢いるところで誰かちょっと変なことを言って、冷やかされたりいじられたりすることがありますよね。でも、一対一なら「それってどうしてなの」とか「こういうときはどういうふうに感じるの」って掘り下げることができる。全体の空気で正しいとか変とか決まるんじゃなくて、自分と相手の関係性だけで話すことが好きだったので。だから人に本をすすめるということも向いているのかなって思いますし、好きですね。

 

大勢の場が苦手だと、いつ発見したんでしょう。

花田

どうだろう。大学時代か、20代のときにはもう「大勢で話すのはむずかしい」と思ってましたね。好きな雰囲気ではないなと。もちろん楽しい飲み会もあるんですけど。

 

みんなで同じノリで盛り上がることになりがちだし、1人の声は聞こえないんですよね。

花田

そうですね。元々学校のルールも「なんで靴下白じゃなきゃいけないんだろう」と気になっていたし、みんなが同じで当たり前みたいなところでは居場所のなさを感じてました。 芸術系の大学に入って少しそれは和らいで、みんなが自由にしてる場面だと自分も落ち着くんです。でも「普通は就職して結婚して子供産むもんだよね」とか「普通はこういうアイドルをかっこいいと思うでしょう?」みたいなことに対しては強いアレルギーがあって。

自分は全然いわゆる「普通」じゃないし、そういう空気のなかにいること自体が耐えがたい。ヴィレッジヴァンガードで働き出してからは「変わってるね」と言われることが一切なくなって、安心して過ごせるようになりました。それがこんなにも生きやすさにつながっていると知ったのは、すごく大きな経験でしたね。

 

ワイワイ盛り上がれて初対面の相手にも心を開ける人がコミュ力が高いと考えていましたが、コミュニケーションの形はそれだけではないですね。花田さんは出会い系サイトで見つけた人に本をおすすめしていましたが、知らない人に会うこと自体ハードルが高いです。

花田

知らない人と話すこと自体怖いといえば怖いですし、友人ならともかく初対面の人にうまくできるのか、最初は心配でした。でも、やってみたらいいものだなって。

もちろん怪しい場所で会わないとか一方的に声をかけてきた人には警戒するとか、あらゆる場面で危険かどうか細かくジャッジしていく必要はあります。ただ、知らない人だから必ず怖いことが起きるわけではないですよね。「怖い」と感じているのが実は犯罪の可能性ではなく、実は未知のものが怖いだけということもあります。

 

書店をやっていると、思いがけない出会いもありそうです。

花田

面白いことはたくさんありますね。書店で働いていていつか出版社に入って本を作りたいという人も多いですが、私はやっぱり本を売る現場が好きです。どちらに価値があるかという話じゃなくて、私は書店が好きだな、楽しいなと思います。

 
『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』のUK版と文庫版。

多くの人に会い、それぞれに本をおすすめしている花田さんにお話を伺った前編はここまで。後編では花田さんが書店「蟹ブックス」をどのように運営しているのか?店番をしてくれる人たちとの距離感は?を伺います。お楽しみに。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子