【前編】浅古 泰史
「なぜこんな選択を?」で終わらせない。社会の謎を解く「ゲーム理論」
モヤモヤが「納得」に変わる
2025.01.09
名前は聞いたことあるけど、詳しくはわからない。そんな人も多いのではないでしょうか。そう、「ゲーム理論」のことです。ゲーム理論をざっくり説明すれば、現実の事象をゲームのように描き、そこに登場する人々の行動とその結果起こり得ることを数学的に分析するもの。
そう聞くとなんだかバーチャルなものにも思えますが、言い換えれば人を理解してこその数理モデルといえ、実際に日々のさまざまな場面に考え方を応用できます。それこそ、“あの選挙結果”を受けてのモヤモヤや憤りも、解消できるかも!?
答えのない時代といわれる現代、ゲーム理論の考え方を知って実生活にいかすには?ゲーム理論の専門家で『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』の著者、浅古泰史さんに聞きました。
( POINT! )
- ゲーム理論はミステリー小説に通じる
- 「互いに影響し合う状況」を分析
- 状況を抽象化して数字に当てはめる
- 人に寄り添うほど分析精度が上がる
- モヤモヤが「納得」に変わる
- 解決に向けての第一歩となる!
浅古 泰史
早稲田大学政治経済学術院准教授。1978年生まれ。2001年慶應義塾大学経済学部卒業。2003年一橋大学で修士号(経済学)取得。2009年ウィスコンシン大学マディソン校でPh.D.(経済学)取得。日本銀行金融研究所エコノミストなどを経て現職。専門は政治経済学・数理政治学。著書に『ゲーム理論で考える政治学』(有斐閣)、『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』(大和書房)など。
ミステリー小説のように「なぜ?」を追う
ゲーム理論は、数学的で難しそうなイメージがあります。
浅古
実生活と結びつけて考えてみると、意外と身近に感じられるかもしれません。現実社会では、複雑でわからないことがたくさんあって「なぜ、こんなことが起きるの?」「この人は、なんでこんなことをするのか」と感じる場面も少なくないと思います。そんなとき、多くの人は「なんてバカなんだろう」「愚かな人だ」といった短絡的な結論に陥りがちです。
アメリカ大統領選でトランプ氏が当選したのを見て、「なんて愚かな人たちなんだ」「トランプ支持者はだまされている」と思った人もいるかもしれません。でも現実は、そんなに単純ではないことがほとんどです。そこで、人々がなぜそうした行動を起こすに至ったかを、ゲームのように抽象化したルールの中で論理的に分析する。ゲーム理論とはそういったものです。
よく私は、ゲーム理論を私が好きなミステリー小説の一ジャンルである「ホワイダニット(why done it)」にもたとえます。ホワイダニットとは、犯人が序盤で明かされ、物語の焦点を「なぜ犯行にいたったのか」に当てるスタイルのミステリー小説です。同じようにゲーム理論でも、特定のルールのもと、その行動に至った理由を数理的に理解し、「なぜなんだ!」という疑問を解消していきます。
ちょっと身近なものに思えてきました。
浅古
実際にゲーム理論はさまざまな分野で応用され、経済学、経営学、政治学、法学、公共政策など、社会科学系の各分野でとり入れられています。イデオロギーとか民主主義といったものをふまえてマクロな視点で語るのではなく、個々人の行動分析を通して、その積み重ねである社会の動きを見るといったものです。また、動物がどんな行動や進化戦略をとるかといった観点で生物学にも応用されています。
「人々」や「社会」、あるいは「生き物」の行動を分析するのに有用な手法なんですね。
浅古
とくにゲーム理論をゲーム理論たらしめている特徴が、「お互いに影響し合っている状況」を分析する点です。たとえば政治家は、その政策によって有権者に影響を与えます。一方で有権者も、投票行動によって政治家に影響を与えています。また、市場の「売り手」と「買い手」も、互いの意思決定が影響を与え合っていますよね。より身近なところだとジャンケンがそうです。自分の出す手だけでなく、相手の出す手によって勝ち負けが決まるので。
こうして互いに影響し合うことを「戦略的相互依存」と呼びます。ゲーム理論とは、戦略的相互依存状況にあるものごとを分析することにほかなりません。
そしてもう一つ、ゲーム理論の重要な特徴が、数学を用いて分析する点です。
人々の「利得」を考え、数字化する
現実のものごとを数学で表すというイメージが、いまひとつ持てません。
浅古
要は、世の中の事象を単純化・抽象化するということです。とても複雑な人々の関係性や意思決定の中から見たいものを決め、それ以外のところはできるだけ単純化することで数学的な関係性に落とし込みます。
たとえば、Aさんが食事をすることになりました。Aさんはインド料理よりイタリアンが食べたいと思っているとします。それを数値化すると、Aさんの食べたい度は(インド料理-3・イタリアン2)や、(インド料理3、イタリアン5)などにできます。より好ましい方に、高い数値を置くわけですね。「利得」とか「効用」と呼ばれます。このように数値を与えれば、「数値(利得)を最大化する行動をとるだろう」と想定して数学的に分析ができます。
ここで戦略的相互依存な状況では、相手の行動が自分の利得に影響を与えます。「ジャンケンで勝ちたい」のならば、勝つことによる利得が、あいこや負けの場合より高いことになります。そして、「パー」を出す利得は、相手の手によって変わります。相手が「グー」なら利得は10だけど、「パー」なら5、「チョキ」なら0となるなどですね。こうすれば、自分の利得を最大化できるような手を、数学的に分析していくことができます。ちなみに、解いていくと、「それぞれの手を3分の1の確率で出す」ことが最適だと解けます。まさにポーカーや7並べなどのカードゲームのように単純化し互いの手が影響し合う状況を数字を用いて分析することから、“ゲーム”の名がついています。
そう聞くと、ゲーム理論は損得を重視するもので、損得とは違うところで動く人を分析できないのかなとも感じてしまいますが。
浅古
確かにゲーム理論では、各プレーヤーの利得を数値化して考えます。でも数理モデルの設定次第で、損得以外の原理で動く人たちの分析も、同じように行えます。たとえば災害が起こったときに、仕事を休んでボランティアに駆けつける人は、金銭的に見れば損かもしれません。でも、その人がボランディアで役に立つことの方がいいと感じるのであれば、そのように利得を設定すればいいわけで。
また「ゲーム理論で分析できる対象はまともな人間で、愚かな人はセオリー通りに動かないので分析できない」と思われることもあります。でもこれに関しても、モデルの設定次第でなんとでもなるんですよね。
イヤなことを“憤慨”で終わらせない
浅古
たとえばお金欲しさに犯罪を犯した人を見て、捕まった時の不利益を考えればそんなことをするのは愚かすぎると思うかもしれません。一方で、生活の困窮からくる辛さに比べれば多少リスクを冒しても犯罪をする方が利得が高いと考えてしまう構図もあるでしょう。それもモデル化する形次第です。
ゲーム理論は数学的で人間味とは対局にあるようにも感じられますが、むしろそこに登場する人たちに寄り添って彼らのことを理解することが、いいゲーム理論モデルを作るうえでとても重要なんです。
その人のことをよく考えた上で、それを抽象化して、論理的に分析するものであると。
浅古
ただ残念ながら、ゲーム理論があれば人々の意思決定がすべて可視化され、それをいかせば万事うまくいくというわけではありません。もしそうだったら、世のゲーム理論家たちは、全員大成功しているはずです。
一方でゲーム理論によって、日々感じる疑問やモヤモヤに対して理論的に考え、ある程度「納得」することはできるのではないでしょうか。たとえば子どもを保育園や学童保育に入れられないとか、なぜ自分よりアイツばかり評価されるのか、なぜあんな政治家が当選するのか、あんな政党を支持する意味がわからないといった日々の疑問や鬱屈に対してですね。
まさに、仕事や生活をしたりニュースやSNSを見たりするなかで頻繁に感じることです。
浅古
それに対して「どうかしている!」と憤慨して終わるのではなく、きっと裏には何か事情があるんだろうなと思いを馳せたり調べたりしながら、そこに登場する人の利得がどんなものかを考えてみる。そんなふうにゲーム理論的アプローチをとり入れることで、日々の「なぜ!?」をある程度理解したり納得したりできるんです。
そこからさらに解決にこぎつけるには、具体的な方法論や哲学・倫理観などが関わってきて、また別の議題になります。ゲーム理論的な視点をとり入れることで、すぐに生活が豊かになるわけではありません。でも、疑問を感じる対象について理解することは大切で、それがモヤモヤを軽くしてくれたり新たな視点を持たせてくれたりする。それこそが、解決に向けての第一歩になると思います。
『この社会の「なぜ?」をときあかせ! 謎解きゲーム理論』の著者、浅古さんにゲーム理論について伺った前編はここまで。後編では巷のさまざまな問題をゲーム理論の視点でとらえ、解決の方法がないかを探ります。お楽しみに。
[取材・文]田嶋 章博 [編集]樋口 かおる [撮影]工藤 真衣子