【後編】江崎 貴裕
ルールはなぜ失敗するのか。集団での意思決定を正しく行うには
失敗メカニズム、4つの階層
2024.09.12
「1人よりもみんなで話し合ったほうが、平和的に正しい答えに近づけるはず」
共感力が大事だとされる昨今、そう考えている人も多いのではないでしょうか。
集団での意思決定が必要になる場面は多く、組織の存続にとっても重要です。でも正しい選択を阻むリスクは多く、話し合いがかえってよくない方向に向かわせることさえあります。また、たくさんの人の意見を聞いたつもりが結局エコーチェンバーのなかで、偏った意見ばかりが集まっていたということも…。
前編に続き、東京大学先端科学技術研究センター特任講師であり、『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN』の著者、江崎貴裕さんにお話を伺いました。ルール作りの失敗が起きやすい4つのメカニズムと、特に集団での難しさについて探ります。
( POINT! )
- ルール失敗のメカニズムは4つ
- 金銭的な報酬での失敗は多い
- 個人と集団の目的はズレやすい
- 人は他人を気にしすぎる
- 通常のブレインストーミングには意味がない
- エコーチェンバーはサービスの欠陥
- 集合知効果には条件が必要
- ルール作りには失敗前提で臨む
江崎 貴裕
東京大学先端科学技術研究センター特任講師、株式会社infonerv創業者。東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、同大学院博士課程修了(特例適用により1年短縮)、博士(工学)。日本学術振興会特別研究員、国立情報学研究所特任研究員、JST さきがけ研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て2020年より現職。東京大学総長賞、井上研究奨励賞など受賞。数理的な解析技術を武器に、統計物理学、脳科学、行動経済学、生化学、交通工学、物流科学など幅広い分野の問題に取り組んでいる。著書に『データ分析のための数理モデル入門-本質をとらえた分析のために』『分析者のためのデータ解釈学入門-データの本質をとらえる技術』『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN -組織と人の行動を科学する-』『指標・特徴量の設計から始めるデータ可視化学入門』(すべてソシム)。
ルールが失敗する理由を「4つの階層」に分けて考える
前編で、個人と集団での動きは異なると伺いました。1人のためのルールもあれば学校や会社など集団でのルールもありますが、「ルールデザイン」で考えるのは両方でしょうか?
江崎
はい、両方の観点があると思います。集団も個人の集まりなので、個人のレベルでうまくいかないルールは集団でも機能しません。自分自身で「こういうルールでやろう」と思っても、守れないことがありますよね。
とてもよくあります。
江崎
そのようなものを集団に対して設定するのは、当然ながら難しいことです。『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN』では、ルールが失敗するメカニズムを次の4つの階層に分けて考えています。
1.ルール自体の問題
2.個人のふるまい
3.人間の集団的なふるまい
4.ルールと集団のふるまいによって環境(=社会)が影響を受けること
1つめは明らかに実行できないものなど、ルール自体に問題がある場合ですね。2つめの「個人のふるまい」とは、どんな問題でしょうか?
江崎
たとえ1人でも、その行動を予測することは難しいものです。人は複雑で、報酬があったとしても想定通りに動いてくれるとは限りません。
そうですね。たとえば、ボランティアでゴミ拾いをしていたけれど、一度金銭的な報酬を受け取ったことで「次からは報酬がないならやめよう」と考えるようになるとか。
江崎
元々あった内発的動機づけが金銭的報酬により外発的動機づけに切り替わることで、ゴミ拾いという行動への意欲が減退してしまったというケースですね。人の動きを誘発する場合、実は金銭的な報酬ではうまくいかないことが多く、内発的動機づけのほうが長続きしやすいです。
人は他人を気にしすぎる
3つめは「人間の集団的なふるまい」による失敗ですね。個人では問題がなく、集団では問題が起きるのはどんな場合ですか?
江崎
まず1つ、会社の偉い人たちの意思決定について考えてみましょう。会社をよくするためには、適切にリスクを取りつつ正しい意思決定をするべきです。ですがそういった人たちには、経歴を汚さず勝ち逃げしたいとか社内政治的に特定の人の意見に従わなきゃいけないといった個人の目的があるかもしれません。集団が大きくなると個人の目的と集団の目的のズレも発生しやすいので、正しい意思決定がなされにくくなることがあります。
もう1つは、「人が他人のことを気にしすぎる」という性質に由来します。これはルールデザインにいかすこともできるし、リスクにもなります。たとえばグループで議論をしていて、元々いい意見を持っていたのに、周りの話を聞いているうちにダメな気がしてきて結局凡庸な意見に流されてしまうようなことがよく起こります。また、70年代頃から定説になっていますが、普通にやるブレインストーミングにはあまり意味がないんです。いいアイディアを出すための方法として知られていますが、みんなで議論しながらやるとアイディアの幅が狭まってしまうんです。
そうなんですか。意味があるやり方もありますか?
江崎
まず、喋らない状態で個別にアイデアをひたすら出してもらいます。そこで出たアイデアを後で議論するなら、思考の幅が狭まらずに済むかもしれません。
なるほど。SNSにおける「エコーチェンバー」も集団のなかで生まれるものですよね。自由に発言できるはずのインターネットで、偏った意見ばかりに囲まれてしまう現象です。ルールデザインで改善することはできますか?
江崎
ある程度はできると思います。でもXなどでエコーチェンバー現象が起きてしまうのは、そもそもサービス側の欠陥です。悪い意味で集合知が効かないような仕組みになっているんです。
エコーチェンバーは「集合知」ではない?
集合知が効かない?
江崎
集合知というのは、テレビ番組「クイズ$ミリオネア」での「オーディエンス」による回答のように、多様な人々がそれぞれちゃんと判断した結果を平均したものです。一方、Xでのリポストは流れてきたものを反射的にクリックしていることが多い。みんながいいと思ってるもの、バズってるものをより拡散させているんですよね。
それでも、多くの人がいいと思うなら集合知効果があるのではないでしょうか?
江崎
集合知効果に「みんなで相談する」イメージを持つ人もいますが、人は影響されやすいので、人の意見を気にしすぎないようにすることが重要です。集まって相談することで正しい結果を選べなくなることがあるんです。また、回答する人に多様性があることも集合知のポイントで、Xのポストがバズることはこれには該当しませんよね。つまり、偏った情報でも拡散されてしまうリスクを持ったサービスだということです。
ただ、最近ではXのポストにコミュニティノートが付けられたり、Yahoo!ニュースのコメント欄に「コメント多様化モデル」というAIが導入されたりして、エコーチェンバーのなかで盛り上がりすぎないようにする動きもあります。さらに、エコーチェンバーの外側にいる人をフォローしやすくする仕組みを取り入れたSNSも研究されています。そういったことも対策の1つになるかもしれません。
意見をまとめる時の定番ツール、多数決も集合知でしょうか?
江崎
必ずしも集合知ではありませんが、多数決は条件を満たせば優秀な意思決定の方法になるということですね。
多数決は便利な方法ですが、重要な意見を見落としてしまうことがあるかもしれません。
江崎
あらかじめ選択肢を用意しておくとそれ以外の回答は得られないし、自由回答方式にすると集計が大変です。この問題に対応できる面白い仕組みがあります。「グラフクラスタリング」という数学的な手法を使って、自由記述された回答の近い意見同士をまとめることができるんです。従来の方法では気づけなかった意見を見つけられる可能性がありますね。
ルール作りは失敗するのが当たり前
ルールが失敗するメカニズムの4つめは「ルールと集団のふるまいによって環境(=社会)が影響を受けること」。これはどんなことですか?
江崎
たとえば少年犯罪を減らすために厳罰化したところ、社会復帰が難しくなって再犯率が上昇してしまうといった、ルールが外部に与える影響や社会の変化によってルールデザインが失敗してしまうケースです。
4つのメカニズムは順に防ぐことが難しくなっていき、またどの階層が欠けても失敗の可能性が高くなってしまいます。
ぼんやり捉えていたルール作りへの課題がクリアになりましたが、改めてルールデザインの大変さを感じます。
江崎
そうだと思います。ルールデザインではルールが失敗するパターンを体系的に整理していますが、自分が作りたいルールで何が引っかかって失敗するかは、結局やってみないとわからないんです。だからできないということではなくて、「失敗するのが当たり前」だと思ってほしいんですね。失敗前提でルールを運用していれば、変えることもできるので。
「大体こんな感じにしておけばいいでしょう」という甘い考えだと、ルールを作ってそのまま放置するようなことになってしまいます。それはルールを作る側にとっても守る側にとっても損で、そういうことが世の中には多いです。
だから「ルールを作ることって難しいことなんだ」とわかっていただければ、第一段階はクリアだと思っています。
[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太