よりよい仕組みを作るための「ルールデザイン」

「自由を奪う堅苦しいもの」と捉えられることが多いルールですが、江崎さんはどのように考えていますか?

江崎

何らかの目的の達成のために行動の制約を与えるもので、社会や組織はもちろん友人間や個人、様々なところにルールはあります。子どもに対して「ゲームは1日1時間まで」とするような家庭内のルールもあるし、会社には会社の、学校には学校のルールがあります。マネジメントする人であれば、よりよく動いてもらうための仕組みや決まりを作ることもあります。

ルールがなくても問題が起きなければ理想的です。でも、人が自由に行動していると利害が衝突したり、議論がタコつぼ化したりします。ルールがないことで、組織や社会の本来あるべき状態から離れていってしまうんです。いい状態をキープするためには、最低限のルールを定めたほうがいいと考えています。

 

制限するためのものというより、うまくいくための仕組みですね。

江崎

はい。でもそのルール自体が非合理的であったり、むしろ悪影響を与えたりすることも多いです。そのような「ルールの失敗」を防ぎ、よりよい仕組みを作るための学問として「ルールデザイン」を提案しています。

 

考えてみると、「ルールの作り方」を学ぶ機会はあまりない気がします。

江崎

ルールが必要になる場面は多くても、どういう仕組みを作ったらいいかについて体系的に学ぶことはほぼなかったんですよね。そのせいで機能しないルールが作られてしまい、世の中によくない影響を与えているんじゃないか。ルールとはどんなもので、どう運用していけばいいのかがわかるような教科書が必要だろうということで、構想や事例集めに10年ぐらいかけて『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN』を書きました。

 

細胞も人も、集まることで「集団現象」が起きる

「数理モデル思考」とはどんなものでしょう。

江崎

ルール作りには人の行動を分析して予測することが重要で、実はそこに数理モデルの考え方が使われていることが多いんです。コロナ禍ではよくニュースに感染症の予測図が登場しましたよね。そのような試算には、たいてい数理モデルが使われていると言っていいと思います。

私は数学や理論を使っていろいろなものを調べていて、特に「集団現象」という物がたくさん集まったときのふるまいについて研究しています。「渋滞学」の西成活裕先生の研究室出身なんですが、車がたくさん集まると渋滞しますよね。人もたくさん集まると渋滞して、これもある種の集団現象です。卒業してからは脳の研究をしていましたが、神経細胞も集まって脳という単位になると、複雑なことが起こります。そして人が集まると、社会や組織ができて社会心理が生まれますよね。

そういったメカニズムを調べるのに、数理モデル思考を用います。「モデル」は模型という意味ですが、数理モデルは、数学的な仮定からデータのふるまいを説明する強力なツールなんです。

 

研究対象が脳科学や行動経済学など分野横断的ですが、何かが集まって集団になるという共通点があるんですね。その複雑な現象から何かを抽出するのに数理モデル思考が使われていて、それがルールデザインにもいかされていると。

江崎

そうですね。私が取り組んでいる数理モデリングでは、現象の細かい部分ではなく骨組みを抜き出して、どう動いてるか調べます。そうすると、細かい部分は違うけれど似たような仕組みで動いてるものがたくさんあるとわかります。そういうことをずっとやっているんですね。

 

ルールの策定経緯を共有する

神経細胞の集まりや渋滞とルールデザインが結ばれていくのが面白いです。車でも人でも、単体と集合体で生まれる動きに違いがあるということですよね。

江崎

同じだったら集団現象として分析する必要もないんですが、個人で動いている場合と集団で動いている場合で、質的に全く違うものが出てくるというのが集団現象のポイントなんですね。車であれば、個人個人がふつうに運転してるだけなのに何キロにもわたる渋滞が生まれてしまいます。誰も急ブレーキを踏んでいなくてもです。

 

誰も問題行動をしなくても、渋滞が起こってしまう。

江崎

個人の運転速度が少しずつ揺らぐとか、たまたま少しだけ車間距離が短くなってしまうことはよくありますよね。そうすると、その波がどんどん後ろに伝わっていきます。そこに巻き込まれたのが1人なら「今ちょっと遅くなったよね」という一瞬があるだけなんですが、それが増幅されていくと渋滞になってしまう。大きなスケールで見たときの現象が渋滞でも、個々の動きからは想像できないし全然違うものじゃないですか。

それが集団現象の基本的なコンセプトで、組織にもあることだと思います。個人としては周りに意見を寄せているつもりはなくても微妙に影響し合うことで、最終的に考えていたものとは違う意見としてまとまってしまうとか。

 

よくありますね。よりよい選択のためにもルールは必要だと思いますが、無視されたり抜け道を作られたりする残念なケースがあります。なぜそうなってしまうのでしょう。

江崎

ルールが反発されてうまく運用されない理由の1つに、「なぜそのルールがあるのか」が伝わっていないことがあります。でも、ルールを作る側が「このルールはこの目的はこれで、達成するための方法はいくつかあるけれど、コスト面からこの方法を選択します」という説明を共有すると、納得してもらえることは多いです。

 

ルールを改善できるのはよい組織

たしかに、目的がわからなかったり目的に対して矛盾があったりすると「意味がないルールだ」と感じます。

江崎

ルールの目的と策定経緯を透明化していくことが大事です。そうすると、従う側が実際に手を動かしていて「このケースだとこれ意味ないな」と気づいてルールの改善にも繋げていくことができるわけです。そういう動きができるのは組織としてとてもいい状態だと思います。

 

逆に、意図が共有されていればルールを減らすこともできるでしょうか?

江崎

ルールなしで会社の売り上げが上がり、問題なく事業が成長するならルールはいらないですよね。たとえば、Netflix社には細かいルールがないことで知られています(*1)。細かいルールがないかわりに、社員一人ひとりが「Netflix社の利益になるかどうか」を基準に行動を決定します。それだけではありませんが、細かいルールを廃止することでより大きな目的が明確になっています。

 

「出張時のホテル代はいくらまで」のような細かいルールがないということですよね。実際、上限があると予算内で宿泊先が見つからなかったり、逆に上限ギリギリの金額に近づけようとする動きが生まれたりすると思います。

江崎

そうですね。Netflix社のような例では社員が正しい判断を下せることが必要であり、単にルールを減らせばうまくいくわけではありません。ただ、大元の目的達成を重視する考え方には大いに意義があると思います。

「自分はルールを作っていない」と思っている人も、サービスを考えたり人に動いてもらったりする際には案外ルール作りに携わっています。ぜひ一度、ルールデザインについて考えてみてください。

 
江崎さんの著書『数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN -組織と人の行動を科学する-』(ソシム)。

よりよい仕組みを作る「ルールデザイン」について聞いた前編はここまで。後編ではルール作りと集団での意思決定で陥りやすい失敗ポイントを伺います。お楽しみに。

※1:
書籍『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX』(日本経済新聞出版)で「脱ルール」カルチャーが紹介されている

[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太