ChatGPTが答えを教えてくれるから、ググらなくてもいい?

「頭がいい」って褒め言葉でもあるし、「頭がいいだけで使えないやつ」と悪口にも使われますね。

毛内

そうなんです。いろんな人がいろんなふうに言っている状態があるけど、少なくともIQや記憶力ではないのではないかという疑問から『「頭がいい」とはどういうことか』の企画がスタートしました。読んで頭がよくなるハウツー本ではないし、著者自身が一般的な意味で頭がいいわけでもありません。だから「本当に頭がいい人は、頭がいいとはどういうことかなんて考えないでしょう?」っていうところから本がはじまっているんです(笑)。

がんばって受験を勝ち抜いていい大学や有名企業に入ったけど、実は全然幸せじゃなかったということもあります。一方で、いわゆる学歴はないけれど幸せそうな人もいて、自分では選べないですよね。だから苦しさや矛盾を感じている人もいます。

 

高いIQや記憶力=頭のよさではない?

毛内

もちろん、それも頭のよさの1つではありますが、今回テーマとしたのはAI時代とその次の社会での「頭のよさ」なんです。VUCA時代(*)といわれる現代では、当たり前とされてきたことがどんどん当たり前ではなくなり、これまで通用していたスキルも通用しなくなってきています。

 

だからでしょうか。「頭がよくなりたい」という人が多い気がします。

毛内

効率的に物事を運んでタイパをよくしたいという需要がありますね。また「頭がよくなりたい」という願望の裏返しとして、答えをすぐに欲しいみたいなこともあると思います。最近はChatGPTが答えを教えてくれるので、Google検索しない学生も増えているんです。

 

脳は予測を作り出してくれる臓器

ググらないんですか?

毛内

検索するとたくさんサイトが出てくるから、そのなかから自分で選んで答えを見つける過程がありますよね。ChatGPTの場合は答えみたいなものを教えてくれるので選ぶ必要がなく、タイパがいいんです。答えを教えてくれる大きな存在にすがりたいという心理もあるのか、説教動画やスピリチュアルも流行っています。

でも「頭がいい」とはどんなことかと考える時、「答えがあることに答えを出す能力」とするのは疑問です。それはAIが得意とすることで、まさに受験で求められている能力。そういった問題に素早く答えを出せる知能は、これまで頭のよさだと思われていました。でも知性とは、答えがないことに答えを出そうとする営みです。答えがないとわかっていても取り組める力が重要。そうした能力は数値で測れず、「非認知能力」といわれています。

 

EQ(心の知能指数)でしょうか。

毛内

EQはその1つで、「非認知能力」には対人コミュニケーション能力のほか粘り強さやリーダーシップなどもあります。答えがないことに継続的に寄り添っていくためには脳を使うので、脳がずっと働き続けられることが必要です。それがこれからの時代求められる「脳の持久力」であり、頭のよさだと思います。

 

「頭がいい」とは「脳がいい」状態ですか?

毛内

「脳だけがいい」状態ではないです。たとえばいい筋肉があったとして、その司令塔は脳ですよね。美味しいものがわかることを「舌が肥えてる」と表現しますが、舌の細胞は2週間に1回入れ替わります。肥えてるのは舌じゃなくて脳なんです。

つまり、知覚した情報から世の中がどうなってるかわかるのは脳。そして脳は予測を作り出す臓器なんです。

 

私たちが見ているのは、脳が作り出した世界

何かを食べて舌を通して味覚情報を入手し、それについて「美味しい」「こんな味」とわかるのは脳ですよね。予測を作り出しているとは?

毛内

脳を単なる入力から出力への変換装置と考えるのは、もはや古いモデルです。脳は入ってきたものをそのまま解釈するのではなく、入ってきたものを元に自分の脳のなかにある予測モデルと照合して世界を認識しています。つまり世界そのままではなく脳で作り出した世界を見るという、ちょっとヘンテコなことをしている。だからこそ面白いんですけどね。

 

車を運転している時、視界に入るものすべてに対し判断していると道路状況がよくわかりませんが、信号や通行人の動きなど重要なものについては特に注意できていますよね。これも、そういった脳の働きのおかげ?

毛内

そうですね。そもそも私たちは、目や耳を通して入ってくる情報すべてを意識に上らせてるわけではありません。80%とか90%くらいはもう捨ててるというか、無意識で処理してるんです。意識できて知覚に上るのはほんの一握りだし、変化しないものに関してはほぼ見えません。だから目の前にある白い壁は本来見えないものだけど、見えているのは目が動いているから。

 

知覚できないものがそんなにあると聞くと、何か見過ごしているのではと不安になります。どうしたら知覚されるんですか?

毛内

どの情報を知覚に上らせるかっていうところに、3つのフィルターがあると考えています。1個目のフィルターは自分が何に注意を向けるかという情報の取捨選択。どんな情報に注目するかは人それぞれで、これも「頭のよさ」やいわゆる「感性」に関係しています。

2個目のフィルターは、脳が予測して作り出した脳内モデルとの違いを参照する過程。そこで脳が決定した出力モデルに対し、たとえば筋肉を動かして応答するなどの過程が3個目のフィルターです。

 
「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(毛内拡著/ちくま新書)から引用。編集部で作図。

世界の見え方をクリアにする「知恵ブクロ記憶」

同じものを見てより多くのことに気づけることを、「解像度が高い」と表現することがあります。それはまず注目するポイントがわかっていて、精度の高い予測モデルと比較できるから、深く理解できるということでしょうか。

毛内

そうなんです。結局私たちは知覚に上ったものを言語化して、解釈してるわけですよね。物に対して「これが何である」ということでも、自分の感情に対しても自己認識という意味でも解釈しています。

自分の体が今どうなっているかも、よくわかる人とわからない人がいます。たとえばトップアスリートには朝起きた時の自分の体重の変化が500g単位でわかる人がいるそうですが、それは自分の体に対する解像度が高いということ。

 

ヨガやトレーニングによって自分の体への解像度が高まることがありますが、それは筋肉が成長するだけでなく、脳で行う解釈もよりできるようになるということ?

毛内

はい。解像度を高めるには、自分の体のこと以外でも世の中がどうなっているかという予測モデルをより多様にしていくことが重要なんですね。そのために役に立つ記憶を、僕は「知恵ブクロ記憶」と名付けました。

 

知恵ブクロ記憶?

毛内

記憶には様々なものがあります。百科事典的な記憶はスマホなどが外在的に保管してくれるようになりましたが、知識と知識をつなげて仮説を立てたり概念化するには、自ら持つ知識と経験が必要です。なぜなら私たちは、経験がないものについては知覚できないからです。

 

どういうことですか?

毛内

点描で描かれた絵で、最初はただの点の集合にしか見えないのに、一度何かに見えたらもうそうとしか見えなくなることがありますよね。そうして得た「これはこういうものだ」「人と話す時はこんなふうにするといい」のような記憶が知恵ブクロ記憶。たくさんあると予測モデルが作りやすくなって、ものごとへの解像度を高くしてくれます。

自分の心への解像度が低いとうつ病になりやすいという研究結果もあります。心と体の解像度を上げていくことが大切です。そのためにも世の中に対する知恵ブクロ記憶を増やしていくと、世界の見え方がよりクリアになるのだと思います。

 
毛内さんの著書、『「頭がいい」とはどういうことか―脳科学から考える』(ちくま新書)。能力を発揮し続けられるのはどんな人なのか、脳科学の観点から解説してくれる。

予測モデルを立てたうえで解釈する、私たちの脳について伺った前編はここまで。後編では、どうしたらより「脳の持久力」を高めることができるのか、そのために脳細胞はどんな働きをしているの?を伺います。お楽しみに。

※1:
Volatility(変動性)、Uncertainty (不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった、将来の予測が難しい状態を表す言葉

[取材・文]樋口 かおる [撮影]小原 聡太