「すぐわかる」「役に立つ」は必要?

実は堀元さんのことをちょっと怖いと思っていたんです。

堀元

なんでですか?怖くないですよ。

 

堀元さんの著書に『教養(インテリ)悪口本』があるので、自分もインテリな悪口を言われるのではと不安になりました。でも、堀元さんの本は誤解されることありませんか?教養に対する悪口の本だと思われてしまうとか。

堀元

SNSにそう書かれてたことはありますね。『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』も「著者が主張するのはまず自分で試してみるのが一番大事ということ」ってまとめられていたことがあります。元々ビジネス書をバカにしたいと思っていて、100冊読んで矛盾する教えを並べ立ててパニックになる記事を書いたことで生まれた書籍だから、そんな格言みたいなこと全然書いてないのに(笑)。

 
堀元さんの著書。左から『教養(インテリ)悪口本』(光文社)、『ビジネス書ベストセラーを100冊読んで分かった成功の黄金律』(徳間書店)、水野さんとの共著『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(バリューブックス・パブリッシング)。

正しく伝わってない人もいるということですよね。今「すぐ答えにたどりつけるコンテンツが人気」「動画の時代、最初の3秒が重要」と聞きます。堀元さんの著作もYouTubeの『ゆる言語学ラジオ』も、それとは違うような。

堀元

答えをすぐ言う方がウケるのは当然だと思いますし、実際そうですよね。そして「動画の時代が来た」みたいな話は、おおむねショート動画とかの話をしてる気がするんですよ。TikTokをスワイプし続けて無限のドーパミンループに陥れられるみたいな。

僕らがやってるのは多分それじゃなくて。『ゆる言語学ラジオ』の視聴者はめちゃくちゃ本を読む人が多いだろうし、テキスト的なコンテンツなんだと思います。

 

「ビジネスパーソンなら知っておくべき」と不安を煽ることもないですよね。煽らないにしても、役立ってほしい気持ちはありませんか?たとえば、私はこの記事を読んだ人に何か役に立ってほしいと思っていますが。

堀元

「役に立ってほしい」は教養から一番遠いなという気がしますね。僕らが大事にしているのは「実利をうたわない」ことなんで。

 

読者、視聴者をなめたコンテンツが蔓延っている

本当に伝わっているかどうか自信がないので、せめて何か1つでも役に立ってほしいと思うのかも…。

堀元

クリエイティブ論みたいな話でいうと、読者や視聴者をなめたら終わりだなっていうのはいつも思っています。

「みんなこういうので喜ぶだろうから、俺はくだらないと思うけどこれやろう」とか、「読み手の顔もちゃんと読んでるかもわからないから、何か役に立った気持ちになってもらった方がいいんじゃないか」みたいな。ちょっとうにくえさんをディスるみたいな言い方になっちゃいましたけど。

 

ディスられてますね(笑)

堀元

そういう意図じゃなくて一般論として、インターネットでコンテンツ作るときの王道の失敗パターンがそれだなと思って。

僕はブロガー出身で、「さっと流し読むだけでいい気持ちになれるようなものを書こう」「見出しには強い言葉を使おう」みたいなことを思ってた時期もあるんですよ。ブロガー界隈のノウハウでそう言われていたから真に受けてやってたけど、ずっと苦しくて。

いいものを作ってる手応えもないし、評価も得られないしで嫌だなと思って。だから僕は20代半ばぐらいで心を入れ替えて、読者のことは「全くもう知らん」と。

 

知らん!?

堀元

記憶を全部なくした僕が3年後に偶然たどり着いたときに、素晴らしい記事だと絶賛できるものだけを書こうって思って。それ以来そういうものしか作ってこなかった結果、フォロワーも増えていいものも作れているという循環になりました。

読者はこういうのが好きだろうから、こうやって媚びようみたいなことを考えるべきではないと。僕はインターネットに限らずあらゆるコンテンツ全般に対してそう思ってます。そういうものが蔓延っているので。

 

大学の教科書を漫才に構成し直す

読者がわからないかもしれないからと平易な言葉を使うことがありますが、それもなめてます?

堀元

「人をなめない」というのはそういう表層的な話ではなくて、根本的なマインドの話です。

それはそれとして、語彙レベルを下げようみたいな工夫はあっていいと思います。多くの人に届ける、いいコンテンツを作るための工夫は素晴らしいですよね。おもしろくない言い方よりはちょっとでもおもしろい言い方を選ぶっていうことも当然やるべきだし、僕らもめちゃくちゃやってます。

 

どんなことでしょう。

堀元

たとえば『ゆるコンピュータ科学ラジオ』にデータベースを解説する回があります。

今、インターネットに限らずコンピュータが使っているデータベースはたいていリレーショナル・データベースといわれるもので、本質的に中身は表なんですよ。その説明は大学の教科書では当たり前のものとして1行で済まされてしまうけど、「コンピュータのなかで最も扱いやすいのは古代から存在する《表》というのはおもしろい事実なのでは?」と思って、クイズにしたんですよね。

「コンピュータサイエンスの天才が後年とりつかれた魅力のあるテーマが、いかにしてデータを整理するかということです。彼がたどり着いた最強の技術とは何でしょう?」と相方の水野(太貴さん)に聞いて「何だろう」と泳がせた後に「答えは表です。表にまとめると、情報は整理しやすいです!」って言うと、相方は「カスのノウハウです」と。漫才になりますよね。

大学の教科書を漫才の構成に直すというのは、わりと僕の仕事かなと思いながらやってます。

 

おもしろいです。それでも伝えにくいことってありますか?

堀元

もちろんあります。『ゆる言語学ラジオ』の統語論(文法論の一部門)の回は知識の積み上げが必要なので、4時間半という長尺動画になりました。ゆるくない「ガチ言語学」なので振り落とされる視聴者も出てくるけど、4時間半の動画に対して「だいたいこんなことを学びましたよ」という1時間の動画もある。元々こういう話があって捨象してわかりやすく伝えるとこうなるっていうビフォーアフターが、知的作業の痕跡として見えるおもしろさがあると思います。

 

利益のためにコンテンツは作らない

堀元さんたちの動画はすぐに答えがわかるコンテンツではないし、制作にも時間がかかりそう。タイパとはあまり縁がなさそうです。

堀元

そうですね。1個のシリーズ構成のために水野が30冊ぐらい本読んで再構成してみたいなやり方をしているので、準備にとても時間がかかります。

 

時間をかけず、とにかくたくさんコンテンツを作る戦略もありますよね。

堀元

量を作るための戦略という言い方をするとかっこよく聞こえるけど、単にできない人が多いんじゃないですかね。自分で切り口を設定して構成を考えるって難しいことなので。

だからバズるためにっていうより、単にみんなできないし手も抜きたいからそうやってるんじゃないかなっていう気がします。どちらが見られる確率が高いかといったら、大量のリサーチのうえで切り口を独自に作ったものだと思うんですけど。

 

『ゆる言語学ラジオ』でそれができているのはなぜでしょう。教養がいかされている?

堀元

教養とは無関係なおもしろくする能力が高いんだと思います。お笑いが好きで、こうすると笑える構造になるみたいなことを僕も水野もずっと考え続けているんで。

僕と水野に共通しているあまり世の中で明文化されてないスキルで、「人の話をすぐに適切に別のもので置き換えられる能力」もありますね。初めての情報を聞いたとき、普通の人って相槌をうつことしかできないので、話を理解しているかどうかが相手にわからない。置き換えができると、空返事に慣れてるようなアカデミアの方に気に入ってもらえます。

 

抽象化が構成力につながっているのかなと思います。コスパはどうでしょう。

堀元

コンテンツを利益にはしたいけど、利益第1では作っていません。おまけをくっつけることで何とかしたいっていうのをずっとやっていて。それは20代後半ぐらいから露骨にうまくなりました(笑)。

 
YouTube「ゆるコンピュータ科学ラジオ」の『コンピュータ科学の天才がたどり着いた、最強の情報整理とは?【データベース1】#87』より

『ゆる言語学ラジオ』とコンテンツ作りについて堀元さんに伺った前編はここまで。後編では「露骨にうまくなった」というコスパ問題と、池袋に「ゆる学徒カフェ」をオープンしてどうなった?を伺っていきます。お楽しみに。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]野間元 拓樹