Z世代という定義があいまいな日本

竹田さんはご著書の中で、Z世代を語る際のアメリカと日本の違いに関して発信されてきました。改めて両者の違いを教えていただけますか?

竹田

アメリカの場合は、日本における「令和」「平成」「昭和」という元号もないし、「氷河期世代」「ゆとり世代」「さとり世代」といった、外的な要因に基づいた表現もありません。

アメリカの場合の「〜世代」は、生まれた年代によって10〜15年単位で連続性を持って区分していて、Z世代はだいたい1990年代後半から2010年頃までに生まれた人たちのことを表現します。日本ではそれを広告代理店の人たちが最初に使い始めたわけですが、定義が曖昧なままに「今時の若者」みたいな感じでざっくり受け入れられているようなイメージがあります。

 

そもそも、その概念が成立した社会背景が違うということですね。

竹田

アメリカのZ世代は、初の黒人大統領の就任や、同性婚の合法化といった出来事を経験していて、人種、ジェンダー、セクシュアリティが多様な社会の中で育ってきました。またデジタルネイティブとして、SNSを通じて深刻な社会問題をくらしの中の「現実」として触れている。気候危機、銃乱射事件、不景気、パンデミックといったかなり切羽詰まった社会問題を、子どもの頃から目の当たりにしなければならなかった世代です。ベビーブーマー世代(1946年〜1964年の間に生まれた世代)のように、努力さえすれば家を買ったり家族を余裕でもてたり、お金持ちになれるみたいなアメリカンドリームも存在しません。

「今更どうすることもできないよね」という絶望の中に、「世界をより良くするために声を上げなきゃ」「今だったら変えられるかもしれない」といった希望が混在しているような感じがありますね。

 

日本とアメリカ、単純な比較が難しい理由は?

アメリカの若者は日本の若者と比べると、政治や社会課題に対して活発に議論を行なっている印象があります。

竹田

アメリカと日本を単純に比較して語る、っていうのがすごく難しいんです。よく「アメリカで起きたことは10年後に日本で起こる」みたいな言い方もされるので、アメリカの方が進んでいるように見えたり、美化されたりすることもあると思うんですが、そう単純な問題でもないと思います。

アメリカは救急車を呼んだら数十万円するし、救急医療に入ったら保険があったとしても大金を請求される。金額の交渉をしようにも1日中電話に張り付いていないといけなくて、仕事をしている人には難しい。国民の平均借金が一人あたり1500万円以上、学生ローンだけで1人500万円というのは当たり前です。ホームレスの割合も日本に比べると高く、「普通に仕事」をしていても、家賃が高すぎて車での生活を余儀なくされるなど、簡単に誰でもホームレスになってしまう国です。公立大学ランキングで上位に入る名門大学でも、学生の10%がホームレスとも言われています。

正直、社会として成り立っていない状況があるので、アクションが起こるのはそこに必然性と緊迫感がある。ブラック・ライブズ・マターも、まさに黒人の「命」が脅かされているという問題でした。

 

置かれている環境の違いがありますね。

竹田

「アメリカの若者は頑張っている」という捉え方も表面しか見ていないことになりますし、ましてや「それに比べて日本の若者はダメだ」なんて単純に言われたら、私が日本に住む若者だったら嫌です(笑)。

わかりやすい対比構造に落とし込みたくなる気持ちもわかるんですけど、私は安易に「アメリカはすごい」「日本はまだまだ」みたいな構図には絶対に加担しないように気をつけています。

 

サバイバル意識が作り上げる空気感

なるほど、一つの事象だけ取り上げて、わかりやすく対比構造で捉えようとしていた自分に今気づきました。
また、「アメリカのZ世代は社会問題に対する意識が高い」というイメージの背景に必然性と緊迫感があるという事実は、日本の発信ではスルーされているかもしれません。

竹田

根底にあるのがサバイバル意識なんですよね。だからアメリカではその分「社会的責任」というものも強く問われます。影響力のあるセレブなら尚更です。セレーナ・ゴメスはインスタグラムで最大と言われる4億人を超えるフォロワーを抱えていますが、「なんで今ガザで起きていることについては何も発言しないんだ?」と言われてしまう。テイラー・スウィフトやビヨンセも、日頃から政治や社会問題についても発信することで知られるセレブですが、世界中でBDS運動(※Boycott, Divestment, and Sanctionsの頭文字。イスラエルでのイベントの中止やボイコット運動)が加熱する中、彼女たちの映画がイスラエルで上映されることにも批判が集まっています。

インフルエンサーと呼ばれるくらいですから、「インフルエンス(影響力)」を持っているわけですよね。じゃあなんでそのパワーを「社会をより良くする方向に使わないんですか?」と常にフォロワーに尋問されるんです。

 

「アーティストは政治的発言をしないでほしい」といった声があがることはないのでしょうか。

竹田

「この人たちは歌を歌うことが仕事なのであって、そういう政治的なことに言及するのは本分じゃないでしょ」という反論も常にあります。

 

表面的ではなく本質的な話がしたい

アメリカのインフルエンサーが日本よりも積極的に社会問題について発信するのは、チャリティや寄付文化が進んでいるからだというイメージがありました。

竹田

アメリカって一言で言っても、複雑な国ですからね。「国」は人々の集合体でしかないし、地域ごとに全く状況が違います。そもそもアメリカのチャリティ文化って、基本的にはお金持ちが税金を逃れるためにやるものを指します。

エリート層であればあるほど、受験や就職の時に「あなたはどんな社会貢献をしていますか?」ということを常に問われます。小学校の段階で、「アフリカに行って井戸を建てた」とか「フィリピンに車椅子を何千個寄付した」とか、そういうことをアピールしないといけない文化があるんです。あんまり綺麗な話じゃないです。

 

日本にいると海外の事例などを美化しがちです。もちろん、見習うべきことも多いと思うんですが。

竹田

「〇〇はすごい」「だから〇〇すべきだ」断言するのは簡単ですが、「意見」と「議論」と「正解」って、本当は全部違うじゃないですか。

私の立場でできるのは、「アメリカの若者は〜」「日本の若者は〜」という表層的な話をするんじゃなくて、いろんな状況を丁寧に伝えて、本質的な情報を届けることだと思っています。今のネット上でそういう面倒なことをするのって難しいんですけど、状況が許す限り時間をかけて深い話をしていくべきなのかなと思ってます。

 

日本では定義が曖昧なZ世代ですが、アメリカの社会背景から丁寧に理解すると現代社会の読み解くヒントも見えてきます。後編では、アメリカのZ世代当事者の考えにもう一歩踏み込むとともに、情報発信にかおける竹田さんの思いや考えについても伺っていきます。お楽しみに。

[取材・文]清藤 千秋 [編集]樋口 かおる [撮影]中山 京汰郎