【前編】渡辺 正峰×長谷 敏司
SFの世界が現実に。脳科学者が目指す「意識のアップロード」とは?
電気回路に宿る「それになる感覚」
2023.10.05
「一度きりの人生だから、悔いが残らないように」
そう思って、私たちは日々人生に向き合っています。
そんななか「AIを使った仕事術」は巷に溢れ、自動運転車の実用化もすすんでいます。「SF小説が現実になった」と感じる人も多いのではないでしょうか。
東京大学大学院工学系研究科准教授の渡辺正峰さんは、意識の科学の研究者。意識のアップロード(人の意識をコンピュータへ移植すること)の実現を目指しています。人の意識が機械のなかで生かされるのであれば、体を失っても人生が続くことに?
意識のアップロードは本当に実現可能なのでしょうか。AIと人との共生についての著作も多いSF作家長谷敏司さんと、渡辺さんの研究室を訪れました。
( POINT! )
- 専門家の話はSF小説のボトムを強固に
- 意識とは、「それになる感覚」
- 電気回路である脳に意識がわく不思議
- 目からの視覚情報がなくても夢を見られる
- 1つの頭蓋の中に2つの意識が宿りうる
- 機械と脳半球をつなぐBMIをつくる
- 研究の過程で良い影響があ
- フェアネスも進歩させていくことが必要
渡辺 正峰
東京大学大学院工学系研究科准教授。専門は神経科学、意識の科学。1970年千葉県生まれ。1993年東京大学工学部卒業、98年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。98年から99年にかけてCREST合原プロジェクト博士研究員、1999年から2001年にかけて東京大学大学院工学系研究科部助手、2001年から同助教授、カリフォルニア工科大学在外研究員、マックスプランク研究所客員研究員などの兼職を経て現職。著書に『脳の意識 機械の意識』(中央公論新社)、共著に『理工学系からの脳科学入門』(東京大学出版会、2008年)、『イラストレクチャー認知神経科学』(オーム社、2010年)など。
長谷 敏司
SF作家。1974年大阪府生まれ。関西大学卒。2001年、第6回スニーカー大賞金賞を受賞した『戦略拠点32098 楽園』で作家デビュー。2009年、初の本格SF長篇『あなたのための物語』(ハヤカワ文庫JA)で「ベストSF2009」国内篇第2位。2012年発表の『BEATLESS』(角川書店)はアニメ化された。2014年、『My Humanity』(同上)で第35回日本SF大賞を受賞した。2022年発表の『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』はベストSF2022 国内篇2位、第53回星雲賞。
SF作家は携帯を予想できなかった?
脳科学者とSF作家との接点が気になります。お二人が知り合ったきっかけはなんですか?
渡辺
イベントに一緒に登壇したとき、エンジェル投資家の方に声をかけてもらって美味しいご飯を食べました。あと、僕は元々長谷さんの作品のファンでもありまして。
そうなんですね。長谷さんは『BEATLESS』で人型AIによる社会、『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』ではAI制御の義足をつけたダンサーを描いています。未来の技術を表現するための学習も必要かと思いますが。
長谷
僕は本当に勉強が苦手で、興味があるときに興味があるものを調べないと勉強が進まないタイプなんです。SNSで気になる記事を見つけたら本を読んだりwikipediaやネット上の記事を探したりして積み重ねていって、つながるのを待つみたいな。
今日のように研究者の方とお話する機会はとても貴重なので、たくさんお話を聞いてどうにかして小説に使えないかなと考えます。
渡辺
小説の設定に使えるネタを拾うということですか?
長谷
伺ったことをそのまま使うわけではないです。ネットや本で集めた情報には自分がきちんと読解できているかわからない問題がありますが、専門家のお話を聞くと、雰囲気から「こんなベクトルなんだろうな」と感じることができますよね。この技術は別のこの情報に近接するといったことがわかるということです。
読者さんの目に直接触れるボトムの部分が強固になるので、非常に助かります。一方で、無茶苦茶に書いた方が面白くなることもあるんですが。
渡辺
『三体』(*1)の第一部だと思いますが、けっこう無茶なデバイスが出てきますよね。実現しないだろうなと思いながらも、そこは突っ込むところではないと思って読んでいます。そういう指摘を受けることもありますか?
長谷
SF作家全般に対してですが、予測できなかったことに対して煽られることがありますね。「SF作家は携帯を予測できなかった」とか。僕はわかってない人に煽られるのが嫌いだし、AIが課題を抱えていることは明らか。だから将来煽られないように。
渡辺
つぶしとこうみたいな感覚ですか。
長谷
それはあります。
「意識のアップロード」は意識の解明の副産物
渡辺さんは意識のアップロードを研究していますよね。人の意識をコンピュータへ移植することで、「不老不死」の実現を目指しているということですか?
渡辺
それは少しちがいます。僕は「意識を解き明かしたい」と考えていて、その副産物に「意識のアップロード」があります。
そもそも「意識」というものに掴みどころがなくて。
渡辺
意識について、一番的を得ているなと思うのが哲学者トーマス・ネーゲルの「Something that it is like to be」(それになる感覚)という定義です。
ネーゲルは、『コウモリであるとはどのようなことか』という論文でこの言葉を使っています。コウモリは自らの発する超音波のエコー(反響)で位置関係を把握し、獲物を捉えることができます。人と同じほ乳類で感覚器官が異なるコウモリにも、コウモリになった感覚があるでしょうと言っているんです。それがまさに「それになる感覚」で、僕たちの視覚も聴覚も全部、人の脳になった感覚なんです。ピンと来ましたか?
長谷
大体は。
渡辺
そこにとんでもない不思議があるのはわかりますか?
どういうことでしょう。
渡辺
たとえばスマホで動画を撮るとき、スマホはリアルタイムで顔検出をしたりピント調整をしたりします。同じような機能は人の脳にもありますが、僕たちには何かを「見ている」主観体験があり、スマホにはおそらくないですよね。
でも、僕たちの脳も基本的には電気回路に過ぎないわけです。スマホにその感覚はなく、同じ電気回路の僕たちにはなぜその感覚があるのかというのが一番の不思議で、「ハードプロブレム」といわれるものです。
目からの入力がなくても、夢は見られる
スマホのような機械にも意識をわかす(意識を持った存在にする)ことができますか?
渡辺
機械に意識をわかせるかどうか試みたとして、成功したかを確かめるには自分の脳とつなげて自分の意識をもって相手に意識があるかを確かめる必要があります。
そんなことは可能なんでしょうか?
渡辺
CCDカメラみたいなものを第1次視覚野につなげた人がいます。そして、カメラを通してなんらかの影みたいなものが見えた。でもこの場合は感覚器の代わりをしてるだけであって、カメラに意識がわいてなくても脳のほうで「見る」感覚を持てるということですね。
長谷
つまりCCDカメラはツールであって、意識自体の構成要素ではない。
渡辺
そうですね。脳に意識を宿すために最低限必要な神経回路網などを表す「NCC」という概念があります。カメラもしくは眼球は、NCCには入りません。目を閉じて夢を見ているときに外部からの視覚情報はありませんが、視覚世界はちゃんと成立していますよね。
だから、機械に意識がわいたことがちゃんとわかるようなつなぎ方を考えましょうというのが僕の土俵。機械と脳半球をつないであげるということです。
右脳・左脳のことですか? なぜ半球ごとなんでしょう。
渡辺
実は半球ごとに独立に意識が成立しているんです。
右脳・左脳ごとに働きがあると聞きます。片方ずつに意識がわくということ?
渡辺
ロジャー・スペリーがノーベル賞をとったかっこいい研究ですが、右脳と左脳をつなぐ部分を外科的に切除することで、1つの頭蓋の中に2つの意識が宿りうることが証明されました。その右脳・左脳それぞれの意識を使って、たとえば左脳と右脳の代わりをする機械をつなぐ実験をしたいと考えています。
そのためには特殊なBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)の制作が必要で、東京大学より特許出願済みです。最初の10年で300〜400億円かかるだろうと思っています。
人が拡張するとき、フェアネスも変わる
その技術が実現したら「不老不死」も可能になるということですね。
長谷
そこに辿り着く前にも、プラスの影響は十分にありえますよね。左半球の言語野や運動野をAIチップに置き換える治療で右半身の麻痺があった人が健常者として働けるようになるとか。記憶に関する部分を機械化すれば、認知症の症状を軽減できるかもしれません。
おそらくそういうものの延長上に、人格の機械化、データ化が存在するのだと思います。そのステップを踏むと考えていくと、人の全データ化は明らかに悪ではない。これから先、人が拡張していくステップの1つだと思います。
渡辺
こういった機械による拡張込みで。
長谷
そうですね。人の全データ化は大きなステップですが、けれど、寿命の枷(かせ)が外れることに今の資本主義はおそらく耐えられない。ステップごとに課題を1つずつ明らかにして、そういう世界で離陸できるようにフェアネスも進歩させていかなくてはいけないですよね。
人はより良い存在になれるはずですが、技術の使い方がおかしくなったときには、何が良くて何が悪いのかをきちんとアップデートしていくことが必要です。
その時代はもう始まっていますか?
長谷
とっくに始まってます。
機械に意識をアップロードすることができたら、人と世界はどう変わるでしょうか。後編でもお二人に伺っていきます。お楽しみに。
[取材・文]樋口 かおる [撮影]大和田 良
- ※1:
- *『三体』(劉慈欣著、立原透耶監修、大森望訳、光吉さくら訳、ワンチャイ訳/早川書房)