見る人に興味を持ってもらうために。ベースにあるのは思いやり

あいみさんはVRアートに出会って、それまでにない仕事をつくり出しています。真似はできなくても、自分の好きなことを仕事にしたい人やまだ市場がない商品を開発したい人の参考になる点も多いと思います。

あいみ

VRアーティストという職業自体一般的ではないですし、衣装を着てライブパフォーマンスをすることも他の仕事には応用しにくいですよね。でも、私の仕事もVRという技術の発展によって生まれたもの。これから新しいジャンルの仕事も生まれるだろうし、「これまでにあった仕事だけど働き方は新しくなる」といったこともあると思います。

 

VRが一般市場に登場した頃は先行者利益がある一方、そもそも市場ができていない状況でもありましたよね。

あいみ

VR業界に限ったことではないと思いますが、面白いことをしていたけれど市場が整っていなくて潰れてしまった企業とか、時代より先に行きすぎて業界からいなくなってしまった人の話はよく聞きます。でも創作や表現はそもそも仕事として成り立ちにくいものなので、大変だという覚悟は最初から持っていました。

「こんな仕事がある」という前提はなかったけれど、自分の心がとても動いたのでやりようによっては人の心も動かせるはずだし、なんらかの形になるだろうという確信もありましたね。

 

「やりよう」とは、たとえばパフォーマンスの際の銀髪ウィッグに黒いキャットスーツの衣装とか? とても目を惹きます。

あいみ

VRヘッドセットを使うと新しい世界がわっと広がりますが、他の人からは全然わからないじゃないですか。初めてVRのイベントに行ったとき、どのブースも似たような感じに見えてしまって。面白いものなのに、人に興味を持ってもらいにくいと感じました。

そこでライブパフォーマンスの方法を考えて、衣装も含め今のようなスタイルに。今日着ているのは新しい衣装で、キャットスーツの他着物やドレスのときもあります。

 

どんな商品もサービスも、魅力を伝えるのは大事だけどむずかしいこと。「興味を持ってもらうための努力をしないのは怠慢」のような発言を見かけたことがありますが、耳が痛いなと……。

あいみ

言ったかもしれません(笑)。どんな格好でもいいし、もちろんそれぞれの見せ方でかまわないけれど、見てくれる人がちょっとでもワクワクできるようなきっかけをつくれたらいいと思うんですね。結果的にブランディングにもつながりますが、ベースにあるのは「思いやり」です。

 
VRペインティングのライブパフォーマンスを行うするせきぐちあいみさん(株式会社MUSOU提供写真)

これまでにないものを生み出すには、世間の希望から離れることも必要

相手に楽しんでもらいたいという、思いやりですね。

あいみ

私にも足りていないものだと思いますが。全身全霊で作品をつくっているとか、絵を描いている人はたくさんいます。でも「ここまでがんばれば見てもらえる」というものではないですよね。多くの人に伝えたいのであれば、+αのできることをするのは自然だと思います。仕事にしたいのであればなおさら。

 

仕事として継続するためには、対価も必要です。その点でも、NFT作品が約1,300万で落札されたニュースはインパクトがありました。あの出来事をきっかけに変わったことはありますか?

あいみ

反響はとても大きかったですね。金額もですが、自分のつくった作品を買っていただいたこと自体うれしかったし、驚きました。というのも、デジタルアーティストの仕事ってクライアントワークが多いんです。依頼を受けて制作して、お金をいただくという流れ。それ以外に、完全に自分の着想からの作品をつくりたい気持ちもありました。

クライアントワークにも自分の思考を入れられるし、楽しいんです。でも、そればかりだと知らず知らずのうちに世間に喜ばれることを意識しすぎてしまいます。これまでにないものをつくるには自分だけでつくらなくてはいけないと思って、空き時間にコツコツとつくり続けた作品がそのとき落札された「Alternate dimension 幻想絢爛」。アーティストとしてのスタートラインに立たせてもらった気がしました。

 

器用貧乏でも、点がつながれば個性の形に

見せ方のスタイルや作品づくりの方向性はセルフプロデュースなのでしょうか。

あいみ

会社も運営していますし、グローバル展開のためエージェントにもお世話になっていますが、活動内容についてはすべてセルフプロデュースです。稀に「プロデューサーがいるのでは」と思われることがありますが、今はそんな時代ではないですよね。

 

見せ方とアーティストとして作品にどう向き合うか、両面を並行して考える必要がありますよね。

あいみ

それは実際、課題ではあります。個々のプロジェクトで協業したり相談したりできる相手はいても、活動すべてを横断的にわかってもらうのはむずかしいんですよね。1人でがんばりすぎてしまった反省点もあるので、これからゆっくりとでも、チームづくりを考えていきたいなと思っています。

 

どんな能力があればサポートできますか? VRの知識があって英語や中国語も使えるとか……。

あいみ

それはもちろんありがたいですが、VRのことがわからなくてもいいと思うんです。ただ、興味は持っていてほしいですね。

 

1人でがんばってしまうのは、器用だからでしょうか。

あいみ

むしろめちゃくちゃ不器用ですね。不器用だからなんでもやってみるんだろうと思います。VRペインティングを使ったステージづくりも、調べて方法が見つかるようなものではなくて。やりながら現場で学んできました。体当たりした分、そこはちょっとだけ人より器用になっているかもしれません。

いろいろ手を出すことで「器用貧乏」とも言われますが、VRの世界を16:9の比率ですぐに動画にできたのはYouTubeの経験があったから。バラバラでも真剣に向き合ってきたので、点と点がつながって自分のパーソナリティになっているのだと思います。

 

それぞれちがう幸せを、VRで実現する

あいみさんは「好きな仕事」にやりがいを感じていると思います。でも「仕事は仕事、やりがいはいらない」という意見もありますよね。

あいみ

そうですね。私にとって仕事はやりがいがあるもので、生きがいでもあります。だから誰に強制されるでもなくがんばってしまうし、それが幸せです。でもそこまでやりたいことに出会えること自体幸運なことで。家族を支えるためにそれほど好きではない仕事をする選択ももちろんあっていいし、それぞれの感覚で優先順位を決めたらいいと思います。

「お金の心配はいらないから仕事をやめてくれ」と言われて喜ぶ人もいれば、私のようにストレスを感じる人もいます。私にとって、VRはやらずにいられないものなので。

 

あいみさんにとってVRとはなんでしょうか。

あいみ

人に新しい驚きや気づきを与えてくれるものですね。旅行に行ったり誰かに会ったりする体験は、リアルが一番いいです。でも、同じ場所に留まらなくてはいけない人も、学校に行けない子どももいます。年齢も距離もルッキズムを超えて、VRでどこにでも行けることは本当に素晴らしいと思います。

VRは私の世界を広げてくれて、想像力を解放してくれたもの。これからも、その魅力の発信を続けていきたいと思っています。

 

[取材・文]樋口 かおる [撮影]西田 香織