【前編】せきぐち あいみ
誰にも似ていない「VRアーティスト」はなぜ生まれた?
まだない仕事をつくるには
2023.09.21
「こんな仕事をしたい」「あんな風に活躍できたら」
どのような人物になりたいか考えるとき、自分と少し似た誰かのスタイルを参考にすることはないでしょうか。でも、真似すべき対象が見つからなかったら? そもそも、仕事になるのかもわからなかったら?
VRアーティストの第一人者であるせきぐちあいみさん。2021年にはNFT作品が約1,300万で落札され大きな話題となり、メタバース大国ドバイで個展を開催するなど国内外で活躍中です。でも、スタート地点は「ただ夢中になっただけ」なのだとか。VRアートという新しいジャンルで進むべき道も明らかでないなか、なぜ前例のない仕事をつくりだすことができたのでしょう。お話を伺います。
( POINT! )
- 1カ月でVRアーティストを名乗った
- 3カ月で本業に
- 評価を自分で判断するのをやめた
- アウトプットを続けて技術力を上げる
- SNSに出すことでブレない自分を持つ
- 未来のためには路線からあえて外れる
- 自信がないから行動する
せきぐち あいみ
VRアーティスト。2016年より3Dペインティングを開始し、日本、アメリカ、ドイツ、フランス、ロシア、UAE、シンガポール、タイ、マレーシアでライブパフォーマンスを行う。福島県南相馬市「みなみそうま未来えがき大使」。一般社団法人Metaverse Japanアドバイザー。2021年には作品がNFTオークションにて約1,300万円で落札され、「Forbes Japan 100」にも選出された。株式会社MUSOU代表。
はじめて1カ月で、VRアーティストを名乗る
VRアートと出会ったのはいつですか?
あいみ
2016年ですね。VRヘッドセットのOculus RiftやHTC Viveが一般消費者向けに発売され、PlayStation®VRも登場したことで「VR元年」と呼ばれている年です。
「VR」という言葉が大きく広まったときですよね。すぐに興味を持ったのでしょうか。
あいみ
最初は仕事で、たまたま触ってみる機会があったんです。VRで絵を描く体験をしたとき、すぐに「空間に立体的に絵が描けるなんて魔法みたい。すごい。楽しい」と感じました。子どもみたいな感覚ですね。「家にあるけどあんまり使ってないから」とヘッドセットを貸してくださる方がいて、ほぼ毎日描くようになりました。
360°のキャンバスに新たな世界が作りだせる面白さと、言葉では言い表せない「脳汁が出る」みたいな感覚があって。最初のうちは何時間も描いていると疲れてしまうんですけど、「体は疲れてるけど早くまた描きたい」っていう。
そこまで夢中になったんですね。
あいみ
はい。それから1カ月も経たないうちに「VRアーティスト」を名乗っていたんじゃないかな。
早い。
「自分で判断するのをやめよう」と決め、なんでも出してみるように
あいみ
多分、3カ月後にはVRアーティストが本業になってるんですよね。
本業に?
あいみ
はい。YouTuberとして「これからVRアーティストとしてやっていきます」と宣言して制作内容を変えて、周りにも「今こんなことできます」とお話しして。
スピード感があります。その頃の職業はYouTuberですか?
あいみ
そうですね。YouTubeは2009年、ダンスボーカルユニット「PLIME」の活動中にはじめたんです。最初は「腹筋が6つに割れるまで毎日腹筋をします!」とか、しょうもない動画ブログをやっていました。
小学生の「なりたい職業」ランキングに、まだYouTuberが登場していない頃。
あいみ
HIKAKINくんをはじめとしたYouTuberがメディアに出だして、YouTuberに対する世間のイメージが変わってきたタイミングでしたね。私はYouTuberをやりながらリポーターの仕事をしていたこともあって、自然と新しいものを見つけて紹介することが習慣になっていたと思います。3Dペンアーティストとして立体作品も制作していました。
新しいものに手を出す人は多いですが、その先につながることは少ないですよね。夢中になっただけでなく、仕事になりそうだという手応えをどこで感じたのでしょう。
あいみ
主にSNSですね。Twitter(現在はX)とInstagram、もちろんYouTubeも。
VRで制作をはじめたときは「昨日はいいと思ったけどやっぱり全然だめだ」という感じで納得できず、あまり人に見せることはなかったんです。でも、友だちに「こんなの見たことないから出してみなよ」と言ってもらえて。公開したらとても多くの反響をいただきました。
それで「自分で判断するのをやめよう」と思って、「ボツだな」「恥ずかしいな」というものも全部出すように。そうしていたら国内だけでなく海外からも反響をいただけるようになって、お仕事の依頼や問い合わせが来るようになったんです。
アウトプットに慣れることで、SNSに左右されない自分を持つ
あいみ
思わぬ反響を受けて、「ひたすら3年間粛々と描いて技術力を上げるなら、同じ期間バンバン出して傷ついたり恥かいたりしながら描き続けるほうが伸び率が高そう」と考えました。
おばあちゃんになったとき、世界を驚かせるようなものをつくることを最優先と考えたら、今この瞬間誰かに「下手くそ」と言われるデメリットって、自分が恥ずかしいことだけだなと思ったんです。
とはいえ、つい格好つけたくなるものですよね。
あいみ
そうですね。でも、はじめたときに下手なんて当たり前じゃないですか。専門学校で生徒さんたちとお話しすると、「下手な作品を見せるとネガティブな印象を持たれるんじゃないか?」と聞かれることがあります。でも、それを日々続けていけば作品は変わっていきます。昔に遡って下手だったとしても、今の評価が変わることはないと思うんですよ。
たとえば、もし舞台に立って人に楽しんでほしいと思っても、そもそも知られていなかったら誰も観に来てくれません。発信することでまずはスタート地点に立つ必要がありますよね。
知ってもらわないと、評価すらもらえない……。
あいみ
みんな発信するようになったので、チャンスをつかんだり傷ついたりすることもたくさんあると思います。でも、たくさん経験して免疫をつけておけば、他人の意見に一喜一憂せずにすみます。評価を気にしすぎて「自分の考えとはちがうけどこれがバズるから」と進んでいったら、何をしたかったのかわからなくなってしまいます。逆に評価をもらえないからとやめてしまったことが、実はいいものだったということもあります。
SNSの意見に左右されてつくっていたら、どれも同じような作品になってしまうんですよ。
自分に自信はない。だから行動する
SNSで方向性を決めるのではなく、評価でぶれない自分になるんですね。
あいみ
ウケるものや評価されるものに合わせていくと、ある程度お金につながるとは思います。でも予想を超えたところには行けませんよね。今の世界にはない考え方を別の場所からドンと持ってくるようなことをしたいなら、ビジネスとしてすでに成立している路線から1回外れることも必要だと感じていて。
私の場合は、日本にいたほうが定期的にお仕事をいただけるので生活は安定するんですね。でも、これまでお仕事をしたことがない国にも行ってみて、何の保証もないなかで試してみたい。それで日本での住居も解約して、挑戦しているところです。
それは、世界で活躍したいからですか?
あいみ
それもそうですが、主には老若男女すべての人類に届けたいという気持ちからです。
ドバイで個展やVRライブパフォーマンスを行うのもその一環でしょうか。
あいみ
いろいろな国で活動させていただいているんですが、コロナ禍で休止した海外展開を再開したとき、最初に声をかけてくれたのがドバイだったんですね。
ドバイに限ったことではないですが、特に広い視野で未来について考える文化があるのかな?と興味を持っています。火星移住計画やメタバース戦略にも積極的だし、世界各地から人間や技術が集まって成長しているところ。ドバイでの最初の個展も、きっかけは単身飛び込みでのプレゼンなんです。新しくチャレンジするのにとても向いてる場所だと思います。
最初は自ら動いたんですね。あいみさんが「やってみよう」と思って、実際に行動できるのはなぜでしょう。
あいみ
元々、自分が特別ですごいと思っていません。世の中には才能があって努力もして先に進んでいく人がいっぱいいるのに、才能のない自分が恐れていたら何もできない。私は自分に自信がないからこそ、行動で補っていきたいというのがありますね。
世界的VRアーティストであり、ライブパフォーマンスでも圧倒的な存在感を放つあいみさんは、「好きなことを仕事にする」を体現しています。でも、自分らしい働き方をするなかでの課題はないのでしょうか。後編で伺っていきます。
[取材・文]樋口 かおる [撮影]西田 香織