魚が写真を見て、自分だとわかる世界初の実験に成功

「魚が写真を見て自分だとわかる」とは、どういうことですか?

幸田

写真に映った自分の姿を見て、「あ、これは私」と認識できます。他の魚の姿と自分の姿を区別できるんです。

 

魚に直接聞くことはできませんよね。どうやって調べるのでしょう?

幸田

実験に使ったのは、ホンソメワケベラ(以下ホンソメ)という12cm程度の小さな熱帯魚です。この魚は、体についた寄生虫などを摘み取って食べるので、お掃除フィッシュと呼ばれています。この性質を利用して「写真マークテスト」という実験を行いました。

写真ののどの部分に寄生虫に見えるマークをつけて、ホンソメに見せます。写真を見て自分にマークがついていると気づいたら、取ろうとしますよね。喉を擦る行動をすれば、写真に映っているのが自分だとわかっていることになります。

 

それで、ホンソメは……。

幸田

実験をした8匹中6匹が、水槽の底や砂でのどを擦り、寄生虫のように見えるマークを取ろうとしたんです。他の魚の写真に同じマークをつけて見せても、その動きは見られませんでした。

 

写真を見る前に自分の姿を知っていたということですよね?

幸田

もちろんです。ホンソメには、事前に鏡で自分の姿を見せています。一方、鏡を見たことがないホンソメに自分の写真を見せると、攻撃しました。

 
大阪公立大学大学院・幸田正典特任教授のグループの実験を参考に編集部で作図

魚が鏡像自己認知できるのは、頭の中に自分の心象があるから

飼い猫に鏡を見せても、自分の姿だとわかっているのかどうか判然としません。猫よりもずっと小さな魚が、鏡を見て自分だとわかるものでしょうか。

幸田

魚に鏡像自己認知(鏡を見て自分だとわかる)能力があることについて、2019年に世界初の論文を公表しました。それまで鏡像自己認知ができるとされていた動物はヒトのほか大型類人猿、ゾウ、イルカ、カラスの仲間くらいだったので、大きな反響を呼んだんです。

この時の対象もホンソメです。写真ではなく体に特殊な色素でマークをつけて実験を行い、ホンソメの鏡像自己認知は決定的となりました。

 

ホンソメが特に賢いということ?

幸田

ちがいます。私たちの研究では、シクリッドという熱帯魚でも鏡像・写真自己認知ができることがわかってきています。ホンソメの寄生虫を食べる性質が、実験結果を判別するのに適していたということですね。

いろんな動物を対象とした過去のテストで鏡像自己認知の反応が見られなかったのは、その動物にとって気にならないマークを使っていたからかもしれません。不合格であった動物も、実験方法を変えることでホンソメのように合格し、鏡像自己認知が確認できる可能性があります。

 

魚の自己認知が、鏡だけでなく「写真」でも実証できたことにはどんな意味がありますか?

幸田

鏡の場合は自分と鏡の中の像が一緒に動くので、魚に自分の心象(イメージ)がなくても同調していると捉えることもできます。

写真は動かないので、同調性では説明できないんです。私たちが写真を見て「自分」だとわかるのは、頭の中に心象があるからです。魚が写真を見て自分だとわかるのも、ヒトと同じです。

写真自己認知の実験で、魚の自己認知がより確実になり、写真の顔を見ていることも特定しました。この2つが大きな成果です。

 

犬や猫でできていなかったことが、一足飛びに魚で確認されたんですね。驚きです。

幸田

もう、3馬身ぐらい世界を引き離しています。

 
鏡像自己認知ができるホンソメワケベラが鏡で自分の顔を見ている様子。奥が鏡像。©大阪公立大

同じように見えてみんなちがう。魚の顔認識

顔を見ていることは、なぜわかったのでしょう。

幸田

顔を入れ替えた合成写真を制作し、それをホンソメに見せました。自分の顔と他者の体の組み合わせなどです。自分の顔と他者の体の合成写真に対しての攻撃はなく、他者の顔と自分の体の合成写真に対しては攻撃的になりました。

それらの結果から、ホンソメは自分の顔の心象をもっており、ヒトと同じように顔を見て自分と他者を識別していることが明らかになったんですね。

 

でも、ホンソメの顔は全部同じように見えます……。毎日観察しているとちがいがわかるようになるんですか?

幸田

そんなことはありません。でも、ホンソメの顔の模様は、個体ごとに少しずつちがうんです。この模様で、仲間の顔を区別していると考えられます。

 

仲間や家族など継続した関係性を築くためには、相手が誰か認識することが必要ですよね。

幸田

はい、顔で仲間を認識しているのは、おそらく縄張りなど社会性を持つ魚です。珊瑚礁の魚は定住性が高くさまざまな社会構造を持っていますが、よく見るとみんな顔に模様があるんですよ。家庭でよく飼われているグッピーやメダカも、顔認識をしています。

動物同士だけでなく、ヒトが動物の社会を知るためにも、個体識別が重要です。ニホンザルが有名ですが、150頭のシカを顔で個体識別した研究もあります。

 

魚にもこころがあり、ひらめく瞬間もある?

ヒトと魚で、顔認識の仕組みは全く別のものでしょうか。

幸田

ヒトの顔認識には、「顔倒立効果」があります。これは、顔を上下逆さまにするととたんに認識がむずかしくなるというもの。この効果について、私たちはプルチャーでも確認しています。プルチャーは、共同繁殖を行う熱帯淡水魚です。

このことから、魚とヒトの顔認識システムはひとつづきではないかと考えています。この仮説は、ヒトが社会生活に合わせて顔認知を獲得してきたという現在主流の説を否定するものになります。

 

そうなんですね。ヒトと同じように、顔で相手を識別してコミュニケーションをとっているならば、魚には「こころ」があるのかなという気がします。そもそも、「こころがある」とはどんな状態を指しますか?

幸田

「こころ」には、意識があることが必要です。これが前提ですね。そして、クオリア(感覚的な経験や質感)があること。

鏡像自己認知ができるなら自己意識もあるといわれていますが、魚は鏡像自己認知も写真自己認知もできることが判明しました。魚には自己意識があり、自分が何をしているかもわかっています。これはもう立派なこころがあるといえます。

さらに、「ユーリカ」の瞬間もあるのではないかと考えています。

 

ユーリカ?

幸田

アルキメデスが物理の法則を思いついた時に「ユーリカ! ユーリカ!」と叫んだ逸話が有名です。「ひらめいた」「わかった」という瞬間ですね。

魚が初めて鏡に映った自分を見て、鏡像自己認知を獲得する時にユーリカの瞬間があれば、その瞬間を観察することで結果として現れることが期待できます。現在ユーリカはヒトでしか起こらないと見なされているので、研究の対象もヒトだけです。

 

魚のユーリカとは興味深いです。ヒトは「わかった!」という時に喜びを感じますよね。それが知性を磨いたりがんばったりすることにつながるのかと思いますが、もしかして魚にもそんな仕組みが……?

幸田

おそらくあると思っています。ドーパミンやセロトニンも出ているかもしれませんね。それについては、あと5年待ってください。

 

魚が鏡と写真の自分を認識する。そんな研究のお話から、ヒトの顔認知との共通点まで教えていただきました。でも、多くの能力がヒト以外にはないとされているのはなぜでしょう。ヒトと魚の脳はちがうの? そちらは後編で探っていきましょう。お楽しみに。

[取材・文]樋口 かおる [撮影]木村 充宏