【後編】田中 修
植物も人間も、「みんなで咲く」のが一番大事!?
植物たちに学ぶ、個性の咲かせ方
2023.01.19
「芽が出る」「実を結ぶ」「ひと花咲かす」……人間の成長を植物にたとえた表現や慣用句は、探してみると案外たくさんあるものです。古来より人々は、季節ごとに違った姿を見せる身近な植物たちに、自分たちの人生を重ねてきたのでしょう。
一方、現代社会に生きる私たちは、植物たちにどれだけ目を向けられているでしょうか。春にお花見には行くけれど、それ以外はさっぱり……という人も多いのでは?
しかし植物たちは、注目される開花の時期以外にも、たゆまぬ努力を続けている──そう語ってくれたのは、植物学者の田中 修さん。生存戦略としての植物の個性についてうかがった前編に引き続き、実り多き豊かな人生を送るためのヒントを、植物たちの生態に学んでいきましょう。
( POINT! )
- 「偶然」生まれた性質が、植物の個性になる
- 植物の個性を支える、一人で生きられる「強さ」
- 実り多き生涯を送るためには、「仲間とのつながり」が必要
- サクラは春に咲くために、1年間準備をしている
- 時間が経ち、個性が評価される花もある
- 置かれた環境の中で、自らの能力をセーブしながら生きる植物もいる
- ときには耐え忍び、「大化け」する機会をうかがうことも重要
田中 修
農学博士。専門は植物生理学。
1947年京都府生まれ。京都大学農学部卒業。同大学院博士課程修了。
スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員を経て、甲南大学理工学部教授。現在は、同大学で特別客員教授を務める。『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』(中公新書,2012)『植物のあっぱれな生き方 生を全うする驚異のしくみ』(幻冬舎新書,2013)『植物学「超」入門 キーワードから学ぶ不思議なパワーと魅力』(サイエンス・アイ新書,2016)『かぐわしき植物たちの秘密 香りとヒトの科学』(山と渓谷社,2021)など著書多数。NHKラジオ番組「子ども科学電話相談」でも活躍。
植物は望んで個性を獲得したわけではない!?
前編では、激しい生存競争に打ち勝って子孫を残し、環境に適応して生きていくために、それぞれの個性を発揮し生きる植物たちの素晴らしさを教えていただきました。「個性のない植物なんて一つもない」というお話もありましたが、そもそも植物たちは、いかにして個性を獲得しているのでしょうか?
田中
植物の個性というのは、植物が「こういうふうになりたいな」と思ってつくり上げるものではありません。植物たちは「こんな綺麗な花を咲かせたら生きていけるかも……」なんて考えていないんですよ。
植物たちの個性を生み出すのは、言ってしまえば「偶然」です。進化の過程で突然変異が起こり、ある性質が生み出される。そしてそれが植物がおかれている環境で有利に働けば子孫を残すことができ、その性質が次の世代に受け継がれていきます。そうして脈々と受け継がれた性質が、植物の個性になっていくんです。もちろん、人が手を加えることによって生み出した個性もありますが。
基本的にはたまたま生み出された性質が、厳しい自然界を生き抜くための個性になっている。
田中
その通りです。たとえば、虫や動物に食べられないための性質として、個性的な味を発達させた植物がいます。柿や栗の持つ渋み、トウガラシの辛み、タケノコの持つえぐみなどですね。
これらの味も、「食べられないために渋くなろう」と植物たちが望んで進化したわけではありません。偶然タンニンという渋みの成分を獲得した個体が生き残ったことで、その植物の個性になったんです。
一人で生きる力を身につけ、仲間を大切にする
なるほど。どの植物にも個性があるというのは、逆に言えば、個性がないと自然界では生き残れないということですよね。厳しい環境におかれているんだなと思う反面、生きていることがそのまま個性の証明になっている点で、「私の個性って何だろう」と悩む私たち人間からすると、ずいぶんうらやましい生き方をしているように感じます。
田中
植物と人の大きな違いは「“一人”で生きていけるか否か」。植物は基本的に自分の力だけで生きていけるわけですよ。光合成をして自分で食料をつくって、自力でさまざまな物質をつくり紫外線や外敵から身を守って、自分の魅力で虫を引き寄せて、花粉を運んでもらうことによって子孫を残す。
誰かに頼らなければ生きていけない人間と違って、植物は自然の中で“一人”で生きていけるんです。だからこそ、周りに咲いている花々からの影響を受けず、個性的に生きることができる。私たち人間も個性を大事にして生きたいなら、なるべく他人に頼らず生きていくための強さが必要だと言えるかもしれません。もちろん私たちが完全に一人で生きていくことは不可能ですが、「自力本願」な植物の生き方に見習うべき部分はあると思います。
自分の個性を貫いて生きるには、周囲に迎合しない強さが必要ですよね。
田中
ただ一方で、植物はものすごく周囲と協調もしているんですよ。良い人生のたとえとして「実り多き生涯」という言葉が使われますよね。植物が文字通り「実り多き生涯」を送るために、最も重要なことって何だと思いますか?
日当たりのよい場所に育って、たっぷり栄養を蓄える……とかですか?
田中
それだけでは「実り多き生涯」にはならないんですよ。最も大事なのは「仲間とのつながり」です。
仲間とのつながり……?
田中
植物が種子を残すためには、虫に花粉を運んでもらって、受粉する必要がありますよね。植物にはめしべとおしべがあるので、自分のめしべにおしべの花粉をつけたら種ができるだろうと思われるかもしれませんが、それでは生き残っていけないんです。
自分と同じ性質の子どもばっかりできてしまって、環境変化や病害があったときに全滅、ということになりかねませんからね。花をよく観察してみると、めしべはすうっと長く伸びて、周りのおしべの花粉が届かないようになっているのがわかると思います。
他の仲間が持っている性質を混ぜ合わせて、多様な子孫を残す。これは植物と動物に共通する生殖の意義です。ですので、どれだけ綺麗な花を咲かせても、自分“一人”で咲いていては実りには結びつきません。植物が実り多き生涯を送るには、同じ時期の同じ時間帯に、仲間の花たちと一緒に咲く必要があるんです。
植物は、普段は自分一人の力で生きている一方で、仲間と連帯することを何より大切にしていると。なんだか理想的な生き方ですね。
田中
そうですね。なので人間も、実り多き生涯を送るためには「仲間と一緒に花を咲かせること」が大事だと思います。仕事の仲間でも、趣味の仲間でもいいですけどね。
サクラは「寒さ」を経験しなければ咲かない
私たち人間が植物から学ぶべきことは本当にたくさんありますね。田中さんが植物たちから学んだ最大の教訓ってどんなものなのでしょうか。
田中
「物事を成し遂げるには、不断の努力が必要」ということですかね。このことを教えてくれたのは、たとえばサクラです。サクラの花のつぼみは、いつ頃できるか知っていますか?
4月に咲くから……1月くらいですかね?
田中
それくらいだと思いますよね。でも、正解は夏なんです。サクラは春に花を咲かせ終わったあと、夏につぼみをつくります。それから翌年の春になるまで、1年間ずっと花を咲かせるための準備をしているんです。
「夏につぼみができるなら秋に咲けばいいのでは?」と思われるかもしれませんが、コスモスのような秋に咲く草花と違って、サクラなどの花木類は花が咲いてから種子ができるまでに時間がかかるため、秋に咲くとすぐに冬の寒さがやってきてしまって、種子が残せなくなってしまう。だから、「越冬芽」と呼ばれる冬芽の中につぼみを包み込むことで、冬の寒さをしのぐんです。
サクラがそんなに前から咲く準備をしていたなんて、全然知りませんでした。でもサクラは、どうやって冬の到来を知るのでしょうか?
田中
いい質問ですね。サクラは葉っぱで夜の長さを計ることによって、季節の移ろいを知るんです。夏、秋と季節が進むにつれて、夜の長さはだんだん長くなり、12月の冬至に最も長くなりますね。
つまり、夜の長さを知ることができれば、季節の変化を知ることができる。サクラの葉っぱは、夜の間にアブシシン酸という物質をつくります。夜が長ければ長いほどアブシシン酸が生成され、それがつぼみに溜まると越冬芽が形成されます。
そうして、春になり暖かくなるとつぼみが開く。
田中
でもね、気温が高くなれば花が咲くということでもないんですよ。単に一定の温度を超えれば花が咲くなら、秋の時点で花が咲いてしまいますよね。秋の気温は春とだいたい一緒ですから。実際、本来春に花を咲かせるはずの品種のサクラが、秋に花を咲かせてしまうことがあります。なぜそういったことが起こるかというと、夏の間にケムシに葉っぱを全部食べられてしまったから。
葉っぱがないサクラは夜の長さを計れません。アブシシン酸を生み出せず、越冬芽がつくれないということですね。先ほど言ったように、サクラの種子は秋の時点ではできていませんから、秋に咲いてしまったサクラは子孫を残せません。
サクラがきちんと春に花を咲かせるためには、「寒さ」を経験しなければならないんです。一年の中で最も夜が長くなるのは12月下旬だという話をしましたが、最も気温が低くなるのはいつごろでしょうか?
1月下旬から2月上旬ごろですかね?
田中
おっしゃる通りです。つまり、「寒さ」は「夜の長さ」から1〜2ヶ月遅れてやってくる。そして夜の長さに比例して増えるアブシシン酸は、寒くなればなるほど分解されていくんです。
なるほど。単に気温が上がるだけでは花を咲かせる準備は整わず、秋頃から大量に生み出されるアブシシン酸が2月ごろの寒さによって分解されることで、ようやく花を咲かせられる状態になる?
田中
そうです。蓄積されたアブシシン酸が分解され、暖かくなってくると今度はジベレリンという物質が増えてきて、4月に花が咲くんです。
1年かけていろんな物質をつくっていくことで、ようやく花が咲くんですね。
田中
入学試験に合格したことを「サクラ咲く」という言葉でたとえることがありますが、この言葉もサクラの生態を知ると味わいが増しますよね。「ひと花咲かせるためには、努力し続けなければならない」ということを、サクラが教えてくれたように思います。
植物だって「石の上にも三年」!?
今日は植物を見る目が本当にガラリと変わりました。植物ってすごいですね。
田中
そう言ってもらえて何よりです。昨今は植物たちと共存・共生することが重要だと言われていますが、そのためには植物たちへの理解が欠かせません。植物の中には、長年ずっと嫌われてきたけれど、最近になって改めてその価値が認められ、人間の役に立ってくれているものもいます。
たとえばヒガンバナは、お墓の周りに生えているので、ずっと「気味悪い花」と言われ続けてきました。実はお墓を荒らされないようにと、昔の人が植えたからなんですけどね。ヒガンバナにはリコリンという有毒物質があり、それがネズミやモグラなどの動物を遠ざけるんですよ。
そんなヒガンバナも、近頃は「気味が悪い」というイメージがなくなってきて、「綺麗な花」と言われるようになり、秋には多くの人がその群生地を訪れるようになりました。さらに最近は、ヒガンバナに含まれるガランタミンという物質が、アルツハイマー型認知症の薬としても使われるようになっています。
人間との共存の形も、時代とともに変わっていくのですね。人から何と言われようと、自分の持ち味をいかして咲き続けることで、いつかはその美しさと価値が認められる。ヒガンバナは、そんなことを教えてくれているような気がします。
田中
そうですね。植物たちは、私たちの目には見えていないだけで、本当にすごい力を持っています。
たとえば水草のホテイアオイは、金魚鉢に入っているときは小さな植物ですが、野生化すると一株の全長が2mにもなって池中に広がり、綺麗な上品な花を咲かせるんですよ。それからトマトも、露地栽培では人の背丈ほどにしかなりませんが、水耕栽培で育てると木のように育ち、何千という数の果実を実らせます。
自分が置かれた環境に適応する力を持っていると。
田中
その通りです。植物も人間も、時と場合によっては自分の能力を発揮できないことがある。そんな時期をじっと耐え抜き、自分の能力を発揮できるチャンスが来たときに、ホテイアオイやトマトのようにワーッと“大化け”できたらいいですよね。
植物たちは、私たち人間と同じくさまざまな悩みを抱えながら、その悩みを解決するために懸命に努力して生きています。ぜひ植物たちの生き方に思いをめぐらせつつ、人生を豊かに生きるためのヒントを得ていただけたらと思います。
[文]藤田 マリ子 [取材・編集]鷲尾 諒太郎