【前編】田中 修
「変わっている」のは、一生懸命生きている証
植物たちに学ぶ、生存戦略としての個性
2023.01.12
食卓に並ぶ米や野菜、果物。オフィスの観葉植物に、道路脇の街路樹。花壇や花屋の店先に並ぶ、色とりどりの花たち……。『世界に一つだけの花』の歌詞にもあるように、植物たちの色や形、匂いや味わいはさまざまで、「ひとつとして同じものは」ありません。
もしかしたら、植物たちの生態を知ることで、個性的に生きるためのヒントが得られるのでは……? そんな考えのもと、今回お話を伺ったのは植物学者の田中 修さんです。『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』(中公新書,2012)をはじめとする多くの著書を執筆され、NHK「子ども科学電話相談」では、植物に関する子どもたちの素朴な疑問に答えています。
植物はなぜ、こんなにも多様でそれぞれが個性的なのでしょうか。お話をうかがっていくうちに見えてきたのは、個性と多様性の裏にある自然界の厳しさと、植物たちの懸命に生き抜こうとする姿でした。
( POINT! )
- 虫に選ばれ、子孫を残すためには「個性」が必要
- 花壇では激しい生存競争が繰り広げられている
- 個性を生かし、競争を避ける
- 一生懸命生きているから「変わっている」
- 個性は、身を守ることにもつながる
- 努力の分だけ、花も果実も鮮やかになる
- 人間と共存するためにも、個性が求められる
- 個性がない植物なんてない
田中 修
農学博士。専門は植物生理学。
1947年京都府生まれ。京都大学農学部卒業。同大学院博士課程修了。
スミソニアン研究所(アメリカ)博士研究員を経て、甲南大学理工学部教授。現在は、同大学で特別客員教授を務める。『植物はすごい 生き残りをかけたしくみと工夫』(中公新書,2012)『植物のあっぱれな生き方 生を全うする驚異のしくみ』(幻冬舎新書,2013)『植物学「超」入門 キーワードから学ぶ不思議なパワーと魅力』(サイエンス・アイ新書,2016)『かぐわしき植物たちの秘密 香りとヒトの科学』(山と渓谷社,2021)など著書多数。NHKラジオ番組「子ども科学電話相談」でも活躍。
「選ばれる」ために、個性を磨く植物たち
私たちの身の周りには多くの植物がありますが、それぞれが固有の色や形、匂いや味わいがあって、「みんなが個性を持っている」と感じます。なぜ植物たちは、これほどまでに個性的なのでしょうか。
田中
植物たちが個性的である理由は3つあります。1つ目は「子孫を残すため」。植物たちは個性的でなければ子孫を残していけません。たとえば、春の花壇でいろんな種類の花が並んで咲いていると、「仲良く咲いてるな」と思われるかもしれませんけど、そうではないんです。
花は自分のところにハチやチョウなどの虫が来てくれないと、子孫を残せませんよね。なので、たくさんの種類の花が一緒に咲いている場所というのは、植物たちが虫を呼ぶためにそれぞれが個性を磨き上げて、激しい生存競争をしている場所なんです。
虫たちを引き寄せるための競争の中で、それぞれの美しい色や甘い香りが磨かれていったと。
田中
そうです。他の植物と同じ見た目や香りでは、選んでもらえませんからね。色や形、香りや味わいは人間が知覚できる個性ですけど、それ以外にも植物には「仕組み」や「性質」の個性が備わっています。
たとえば、花の咲く時期。サクラだったら3月下旬から4月上旬の10日間ほど、キンモクセイだったら10月上旬の10日間ほどと、みんなバラバラの時期に咲きますよね。さらに咲く時間帯にも違いがあって、アサガオなんかは朝早くに咲いたら、昼過ぎにはしおれてしまう。実に強烈な個性を持っていると言えます。
言われてみればたしかに。でも、なぜみんな咲く時期がバラバラなんでしょうか?
田中
同じときに咲いてしまうと、虫たちを誘うための競争が激しすぎるからです。だから少しずつずらしている。アサガオなら、早朝の他の花が開くまでの間に十分虫を引き寄せて受粉し、種子をつくる準備を終わらせているんですね。
なので、植物がそれぞれ個性的である1つ目の理由は「子孫を残すため」です。
ショクダイオオコンニャクが「腐ったお肉の臭い」の花を咲かせる理由
選んでもらえなければ、子孫を残せない……。植物も人間や他の動物たちと同じというか、なかなかにシビアな社会なんですね。
田中
そうとも言えるかもしれませんね。咲く時期や時間帯をずらしたり、他の植物とは違う戦略をとったりすることで、競争を避ける工夫をしているわけです。
「難を転じて、福となす」縁起物として、ナンテンとともにお正月飾りに使われるフクジュソウもそんな工夫をしている植物の一つ。フクジュソウの花は2月の寒い時期に咲くんです。その時期なら、他の植物がまだ咲いていなくて、競争が激しくないですから。ただ、フクジュソウの花は、他の花にあるような甘い香りや蜜は一切準備していないんです。
え? じゃあどうやって虫を呼ぶんですか?
田中
フクジュソウの花を見てみると、パラボラアンテナみたいな形をしています。この花は太陽を追って動くことで、中に熱が溜められるようになっていて、虫はその暖かさを求めて花に寄ってくる。よくできているでしょう?
虫の引き寄せ方にも、いろいろな方法があるんですね。
田中
あとは先日、東京の神代植物公園でショクダイオオコンニャクという植物の花が咲いて話題になりました。数年に一度、2日間だけ花を咲かす、世界最大級の花です。
すごい……! ずいぶん変わった見た目をしていますね。
田中
ええ。大きいし、咲くこと自体が珍しいから話題になったのですが、ショクダイオオコンニャクの一番の特徴は「香りがくさい」ことなんですよ。「腐ったお肉の匂い」とか、「長いこと履いていた靴下の匂い」と表現されます。
それはだいぶ臭そうですね(笑)。
田中
その匂いもやはり、競争を避けるための工夫なんです。他の植物と同じようないい匂いだったら、ハチやチョウを誘う競争に負けるかもしれない。だったらハエやシデ虫のようなくさい匂いが好きな虫を引き寄せて、花粉を運んでもらおうという戦略です。
なるほど。「変わっている」こと自体が、生き残るための戦略なのですね。
田中
そうですね。「変わっている」ということは、植物たちが一生懸命生きている証なんです。
「変わっている」のは一生懸命生きている証……。なんだか、とても励まされますね。
田中
植物たちは自分の個性をいかすことによって、できるだけ競争を避けている。もちろん、植物たちは主体的に「あいつがこの時期に咲くなら、私はこの時期に咲こう」と「思考」しているわけではありませんが、そういう風にできている。だからこそ、これだけ多様な植物たちが共存して繁栄できるんです。
美しさの裏にある、植物たちの必死の努力
自分だけではなく、生態系全体の最適を“考える”ようになっている。私たちも見習わなければなりませんね……。植物たちが個性を持っている1つ目の理由が「子孫を残すため」ということでしたが、2つ目の理由はどのようなものなのでしょうか?
田中
「自分の身を守るため」です。たとえば、植物には冬は葉が枯れてしまうものもいれば、緑のままのものもいるでしょう? それぞれが冬の寒さをしのぐために独自に発達させた仕組みであり、個性なんですね。
夏の暑さに対処する方法も植物によってさまざまです。暑さに弱い植物は、春に花を咲かせて夏に枯れ、種子の状態で過ごすことで、暑い夏を乗り切っているんです。
自然の中で生き生きとしているように見える植物にもそれぞれの悩みがあって、工夫をこらすことで弱点をカバーしているんですね。
田中
鮮やかな花の色も、植物が懸命に生きている姿の表れです。植物が生きていくには光合成のための光が必要ですが、太陽光に含まれる紫外線は、活性酸素を発生させ、老化を促します。人間も紫外線に悩んでいますが、実は植物もこの紫外線に悩んでいるんです。太陽がガンガン当たっていても、動物と違って日陰に移動することができませんからね。
植物は、紫外線をしのぐために、さまざまな抗酸化物質をつくります。アントシアニンって聞いたことありますか?
ブルーベリーに含まれる成分だと聞いたことがあります。
田中
そうです。赤や紫色の花や果実の色素成分の多くはアントシアニンで構成されていて、これは代表的な抗酸化物質なのです。黄色い花の場合は、カロテノイドという色素が、抗酸化物質の役割を果たしています。なぜ花や果実がこれらの抗酸化物質を持っているのかと言えば、大切な種子を紫外線の害から守るため。
紫外線が強ければ強いほど、これらの抗酸化物質がつくられ、花や実の色はますます濃く鮮やかになる。逆に、紫外線を吸収するフィルムの貼られたビニールハウスや温室では、花や野菜の色は悪くなります。なので、花や実の鮮やかな色は、それだけ強い紫外線と戦っている証なんですね。
植物と人間が共存していくために
花や果実の鮮やかな色も、植物が過酷な環境を生き抜こうとする努力の証であると。それを知ると、植物に対する私たちの目も変わりますね。野菜や果物を食べるときのありがたみも増すというか。
田中
そうですね。そして、色とりどりの花を咲かすことは、植物が個性を持つ3つ目の理由にもつながります。その理由とは、「人間と共存・共生するため」です。人間は特別な生き物で、いまや地球全体を支配しているようなものですから、植物たちは「綺麗」とか「美味しい」とか「役に立つ」とか、何かしらの個性を持っていなければ人間に選んでもらえず、生きていけません。磨き上げられた植物の個性というのは、私たち人間にとっても魅力的に映るわけですからね。
たとえば、サクラのソメイヨシノなんかは、人間に選ばれたことによって生きている植物の典型です。ソメイヨシノは江戸時代に生まれた品種なんですが、自分と同じ性質の種子をつくることはできません。「綺麗な色の花がたくさん付くから」と人間が接ぎ木し続けることによって、1本の木から全国に広がったんです。
ソメイヨシノの個性が、日本人の美的感覚にマッチしたわけですね。でも、裏を返せば、人間に選ばれないと生きていけず、消えてしまう植物もある……?
田中
その通りです。たくさんの植物が生き延びるために、私たち人間にしかできないことがある。だからこそいま、盛んに「生態系の多様性を守れ」ということが言われているんです。人間からすると「雑草」とされる植物も、生態系を支える上で重要な役割を担っている。
たとえば黄色い花を咲かすカタバミ。人間からしたらいわゆる雑草ですけど、もしカタバミが絶滅してしまったら、カタバミを食草としているシジミチョウも生きていけなくなってしまいます。みんなつながっているんですよ。
私たち人間は、「見た目が綺麗」とか「食べると美味しい」といったわかりやすい個性だけを評価するのではなく、植物の果たしているさまざまな機能にもっと目を向けて、自然を守っていく必要があると。
田中
そうですね。ともすれば私たちは、わかりやすい個性を持った植物ばかりに着目してしまいがちです。しかしそういった植物は全体のほんの一部で、一見すると地味に見える植物も、実は驚くような個性を持っている。個性がない植物なんていないくらい、みんな個性たっぷりなんですよ。
そしてその個性を極限まで磨いて、工夫をこらしながら一生懸命に生きている。まずはそのことを知ってもらえたらいいなと思います。
厳しい環境の中で生き抜き、子孫を残していくために、それぞれの個性をいかして懸命に生きている植物たちのすごさについて語っていただいた前編はここまで。後編でも引き続き、さまざまな植物たちの生き方をうかがいながら、私たち人間が個性をいかして生きるためのヒントを探ります。植物と人間にとって、個性を大事に、実り多き生涯を送るために最も重要なこととは? 後編もお楽しみに!
[文]藤田 マリ子 [取材・編集]鷲尾 諒太郎