「現実の中にある理想」をつかむ

前編では、小国さんのキャリアについてうかがいましたが、後編ではこれまで手がけられてきたプロジェクトについて聞きたいと思っています。まずは「注文をまちがえる料理店」が生まれた経緯からお聞かせください。

小国

『プロフェッショナル 仕事の流儀』(以下、プロフェッショナル)のディレクターとして番組を作っていたときに、自分が制作した番組がある事情で取材を続けることできなくなってしまいました。

なんとかその穴を埋めなくてはいけない状況で、制作班で共有していた取材候補者リストの中に、認知症介護のプロフェッショナルである和田 行男さんの名前を見つけました。その時点では認知症に関心があったわけではありませんし、むしろ「暗い」「怖い」といった勝手なイメージを持っていました。

 

僕も小国さんと同じような先入観があるかも……。

小国

ところが、当時和田さんが運営していた認知症の状態にある方が生活をするグループホームを取材して、そのイメージは見事に覆されました。これも勝手な思い込みなのですが、認知症の方々はあまり活動的に生活していないと思っていたんですよ。でも、入居者のみなさんは掃除も洗濯も料理もお買い物も、自分でできることは全部自分でする。ただ、認知症の状態にあるから、ちょっとずつズレてしまうことはある。そこを和田さんたち福祉の専門職の方々が支えて、これまでと変わらない暮らしをできるだけ続けていこうとしていました。

さらに衝撃を受けたことがありました。僕たち取材クルーは、取材の合間に入居者のみなさんがつくるご飯を一緒に食べることがあったのですが、ある日の昼食がハンバーグだと聞いていたのに、餃子が出てきたんですね。で、「あれ?ハンバーグじゃないですけど……」と間違いを指摘しようと思ったんです。ところが施設の職員も入居者のみなさんも、誰もその間違いを指摘せず、めちゃくちゃおいしそうにパクパクと餃子を食べていた。

それまでの僕は、間違いが起きたら「それは違いますよ」と正すことしか知りませんでした。でも、みんなで受け入れてしまえば、間違いは間違いではなくなる。それを知って「こっちの世界の方がよっぽど豊かだな」と目が覚めるような思いがして。

 

後に「注文をまちがえる料理店」で来店者に提供することになる体験を、このとき経験したのですね。

小国

そうです。和田さんの施設で見た風景の中には「現実の中にある理想」が存在すると感じました。現実というのはたいてい厳しいもので、そこに理想なんてないと思い込んでしまいがちだけど、よく目を凝らしてみると、きらりと光る理想の風景を見つけることができる。

当時はNHKの職員だったのですが、「自分が心を奪われたこの風景を、そのまま多くの人に届けたい」と思ったので、個人のプロジェクトとして「注文をまちがえる料理店」を立ち上げることを決めました。

 

「前のめり12度になる瞬間」を逃さない

その後、NHKを退職して小国士朗事務所を立ち上げ、さまざまなプロジェクトを手がけることになります。プロジェクトの種はどのように見つけられているのでしょうか。

小国

「前のめり12度の瞬間」を逃さないようにしています。

 

前のめり12度?

小国

「何これ?」と思うものに出会った瞬間、多くの人の身体は前のめりになっていると思うんです。そのときの角度が12度くらいだから、僕は反射的に「なんだ?」と思う瞬間のことを「前のめり12度の瞬間」と呼んでいます。

 

なるほど。たしかに「ん?」と思った瞬間って、ちょっと前傾姿勢になっていますもんね。

小国

たとえば、「deleteC(デリートC)」というプロジェクトは、まさに「前のめり12度の瞬間」から生まれたプロジェクトです。「C.C.Lemon(シーシーレモン)」のパッケージから「C.C.」の文字が消されたデザインの商品を見たことはありませんか?

 
「deleteC」の一環として発売されたC.C.Lemon(すでに販売終了)

あります!

小国

このプロジェクトは、がんの治療法の研究を支援するためのもの。どんなプロジェクトかと言うと、キャンペーンの参加企業にブランドロゴや商品、サービス名から「C」の文字を消したオリジナル商品やサービスを販売してもらい、その売上の一部をがんの治療法の研究費として寄付する仕組みをつくったんです。

このプロジェクトの特徴は、がんに関心のなかった人にも興味を持ってもらいやすいこと。「C」を消した商品を見ると、見慣れた商品とは違うから「何これ?」ってなるじゃないですか。そういった瞬間をきっかけに、がんというテーマを身近に感じてもらえるのではないかと。

 

まさに「前のめり12度の瞬間」を作り出したわけですね。そもそも「C」を消す発想は、どこから生まれたのですか?

小国

このプロジェクトは、僕の友人で、がんのステージ4の状態にあった中島 ナオさんから、「がんを治せる病気にしたい」という想いを聞かせてもらったことがきっかけで始まりました。「自分にできることがあるのだろうか?」と悩んでいたときに、中島さんが何気なく「そういえば、こんな人とお話したんです」と、あるアメリカのがん専門病院の先生の名刺を見せてくれました。

運命の瞬間が訪れたのは、そのときです。名刺には「MD Andersen Cancer Center」という病院名が記載されていたのですが、「Cancer(がん)」の文字だけが赤線で消されていました。それは「がんをこの世から無くしたい」という、センターで働く人たちの意思表示でした。

この名刺を見たとき、「何これ?」と思った瞬間、Cを消すプロジェクトを作るアイデアを思いつきました。あのときの僕は、まさに「前のめり12度」になっていたと思いますね(笑)。

 

違和感は宝物。多くの人を巻き込むために「素人であり続ける」

そんなきっかけがあったのですね。企画の種になる「前のめり12度になる瞬間」や「現実の中にある理想」を発見するために、小国さんが普段から意識していることはありますか?

小国

素人の状態でいることを大切にしています。ある世界の“常識”に馴染んでしまうと、その世界が本来持っているよさに気づきにくくなってしまうことがあるからです。

たとえば、ラグビー日本代表の試合って観たことありますか?

 

はい。何度か観たことがあります。

小国

僕が初めて代表戦を観たのは、日本で開催されたラグビーワールドカップ2019を盛り上げるための「丸の内15丁目プロジェクト」に関わることになったのがきっかけでした。プロジェクトが始まる前、ある方に日本代表の試合に連れて行ってもらったんです。そのとき、試合を観ながら「どっちが日本代表ですか?」とその人に聞いてしまって(笑)。

 

たしかに少しわかりにくいかもしれないですね。

小国

ラグビーって国の代表チームになるための条件が野球やサッカーなどとはかなり違うんですよね。たとえその国の国籍を持っていなくても、「その国で出生した」「両親または祖父母の内の一人がその国(地域)で生まれた」「プレーする時点の直前の60ヶ月間、継続してその国(地域)に住んでいた」「通算10年以上、その国(地域)に住んでいる」といった4つの条件の内、一つでも満たせば代表資格が得られます。

いまでこそ、そういった事情を知っていますが、当時の僕は「素人」だったので、そんなことはまるで知らずに試合を観たんですね。だから、いろいろな国籍の人が集まるチームを見て、それが日本代表だとはすぐにわからなかった。

 

僕は何度かラグビーの代表戦を観ているので、多国籍なチームであることが当たり前になっていますが、初めて観たときは「あれ?」と思った記憶があります。

小国

企画の種になるのは、まさにこういう違和感です。ラグビーを素人として学ぶ中で感じた違和感は、ラグビーをあまり知らない人たちに、その魅力を伝えるための企画を考える際にとても役立ちました。

一つの分野に長く携わっていると、その分野にだんだん詳しくなってしまうことは避けられません。でも、何かに初めて触れたときに覚えた「ん?」という違和感は、きちんと記録するようにしています。自分が素人だったときのみずみずしい感覚の方が、その分野のことを知らない多くの人たちの感覚に近いと思うので。違和感は宝物ですね。

その違和感を大事にしていたからこそ、「丸の内15丁目プロジェクト」は100万人もの人を集め、大いに盛り上がったのだと思っています。

 

D&Iを一歩進めて、「E&J」へ

小国さんのプロジェクトには、人を巻き込む力があると思います。多くの人が参加したくなる企画作りのポイントは何でしょうか。

小国

おおげさでかた苦しいメッセージを届けるよりも、アクションにフォーカスすることが大事だと思います。たとえば、「deleteC」では「Cのないパッケージの商品を買ってね」だし、「注文をまちがえる料理店」では「おしゃれで、おいしいご飯食べに来てくれればいいから」というアクションを全面に押し出しています。

「がんの治療研究の応援」とか「認知症への理解促進や共生社会の実現」といった大義や意義は、体験を通した後に現れればいいと。

プロジェクトの目的を強調しすぎると、どうしてもおかたくなってしまって、多くの人からの共感や共にプロジェクトを推進する仲間は思うように集まりません。でも「誰でもできるライトな経験」をしてもらうことによって、プロジェクトの輪は大きく広がります。

 

「メッセージに共感してもらって、アクションに移してもらう」のではなく、まずアクションしてもらうことが大事だと。

小国

最近ではD&Iという言葉をよく耳にしますよね。これは、ダイバーシティ&インクルージョンの略で「多様性に富んだ、すべての人が包括される組織や社会を目指す」姿勢を示す標語です。とても大事なことだとは思いますが、たとえば会社の人事が「D&Iを推進しよう!」と何かしらの施策を押し出してきたら、どう感じます?

 

うーん……大事なのはわかるけど、なんか難しいこと言っているなーと思うかもしれないですね。

小国

多くの人がそう思う気がするんです。真正面からD&Iというテーマに取り組もうとすると、盛り上がりに欠けてしまう。でも、メッセージを強調するのではなく、誰もが楽しめる経験を提供することによって、結果的にD&Iに近づくということがあると思うんです。

 
小国さんの著書である『注文をまちがえる料理店』(あさ出版)と『笑える革命』(光文社)。今回の取材でもうかがった小国さんのキャリアや想い、企画づくりのヒントが詰まっている。

どういうことでしょう?

小国

2021年に三菱地所さんと「E&J ラボ!」(エンジョイ アンド ジョイン)というコミュニティを立ち上げました。このコミュニティは、D&I を「あかるく、たのしく、おもしろく」みんなで考え、未来の多様性について考えることを目的としたもので、僕はフェローとして参画しました。ちなみに、コミュニティの名前には、「D&Iを一歩進めよう」という想いが込められています。どういうことかというと……。

 

……あ! アルファベットのDの次はE、Iの次はJということですね!

小国

そういうことです(笑)。このコミュニティの中からクイズ大会をやってみようというアイデアが出たんです。丸の内エリアで働く会社員が、企業の枠を超えて「鉄道王決定戦」や「アイドル王決定戦」といったクイズ大会に参加するといったもので。

 

なにやら楽しそうですね(笑)。

小国

会社員の方たちは、同じ会社の人のことを役職や職務で認識しがちですよね。でも、「部長の○○さん」あるいは「エンジニアの○○さん」である前に、みんな一人の人間じゃないですか。役職や職務ではない、人間としての一面を知ってもらうことがD&Iの推進のためには大事だと思うんです。

クイズ大会を通して「○○さんって、あんなに鉄道に詳しいの!?」と、共に働く仲間に意外な一面を知ってもらえると、一人の人間として見てもらいやすくなると思います。そうしたことから、社員同士がお互いをリスペクトし合えるようになったり、会社の風通しが良くなったりするかもしれないと考えました。

このアイデアのポイントは「一見ただのクイズ大会なのに、実はD&Iにつながっている」こと。「D&Iのイベントです」と言われるよりも「ただのクイズ大会です」と言われた方が、ちょっと参加してみようかなという気持ちになりますよね?  多くの人を巻き込むためには、なぜそのプロジェクトがあるのかと言う「why」よりも、気軽なアクションをうながす方がいいと思っています。

 

おおげさな目的ではなく、「理想の風景」をそのまま届ける

「注文をまちがえる料理店」や「deleteC」、「E&J ラボ!」といったようなプロジェクトを見ると、小国さんは多様性のある社会を目指して活動しているのかなと思いました。どのような想いを込めてさまざまなプロジェクトに取り組んでいるのですか?

小国

うーん……たしかに、多様性のある社会をつくることは重要だと思うのですが、それを意識して企画を作っているわけではないんです。「多様性のある社会を!」といった想いをプロジェクトに込めているわけではないというか。

「注文をまちがえる料理店」も、「多様性のある社会を作ろう」とか「寛容な社会を作ろう」と思って企画を立ち上げたわけではありません。自分が感動した「現実の中にある理想」の風景を、ただ多くの人に見てもらいたかっただけなんです。間違って餃子が出てきたことを誰も指摘せず、みんなで美味しそうに食べている。その風景をどう解釈するかは、見た人にゆだねたいんです。

仮に「注文をまちがえる料理店」を「多様性のある社会をつくろう」というメッセージを全面に押し出したものにしたとしたら、来店した多くの人に「多様性って大事だな」と感じてもらえたかもしれません。でも、同時にそれ以外の解釈を排除することになっていたのではないかと思うんです。

 

何か一つのメッセージを受け取ってもらうために、プロジェクトを推進しているわけではないと。

小国

そういうことです。そもそも風景には、いろんな情報が含まれていて、そこから多様な意味を引き出せるはず。ある風景の意味を一つに規定して届けようとすると、その意味以上のものを伝えられなくなってしまうのではないかと思うんです。目的と手段を一対一の関係にしてしまった瞬間に、豊かだった風景はやせ細っていく。

僕のモチベーションは「自分が心を動かされたこの素敵な風景を見てもらったら、みなさんはどんな風に解釈してくれるだろう」というワクワク感なんです。これからも、そういった想いを持ってさまざまなプロジェクトに取り組んでいきたいと思っています。

 

[文]一本 麻衣 [撮影]高橋 団 [取材・編集]鷲尾 諒太郎